イノベーション 2021.11.29

目指すは2050年。交通事故死者ゼロに向けたHondaの安全の取り組み

目指すは2050年。交通事故死者ゼロに向けたHondaの安全の取り組み

交通事故を引き起こすリスクは、どこに潜んでいるのでしょうか?事故の原因を分析していけば、スピードの出し過ぎや前方不注意、ブレーキとアクセルの踏み間違いといった操作ミスなど、さまざまな事柄が挙げられます。

しかし、それらはあくまでも最終的に事故に至った原因に過ぎません。本当のリスクは、運転中の「不安」にあるのです。「加害者になりたくない」「自分や家族が心配」「もらい事故から遠ざかりたい」など、きっと誰もが、さまざまな心配を抱えています。こうした不安を抱きながら運転することで、操作のミスにつながったり、視野が狭くなってしまったりといった影響が出てきます。

Honda社長の三部敏宏は「2050年に、全世界でHondaの二輪・四輪が関与する交通事故死者ゼロを目指す」ことを宣言しました。死亡事故を“減らす”のではなく、“ゼロにする”ためには、リスクそのものをなくしていかなければなりません。

Hondaが目指すのは、人々が不安なく安心して移動できる社会――。そのために必要だったのは、クルマやバイクのメカニズムだけではなく、「人」を支える技術でした。

事故のない社会を作るには「安全」だけでは足りない

現在の安全技術は、「先進運転支援システム(ADAS)」として、クルマに搭載されたセンサーやレーダーでクルマ内外の状況を検知して、ブレーキやハンドル操作をサポートしています。こうした技術の研究開発は急速に進み、2021年11月からは国内で発売される新型車へ衝突被害軽減ブレーキの搭載が義務化されるなど、急速に普及が進んでいます。また社会の変化やインフラの整備などの中で、令和2年(2020年)の交通事故死者数は2,839人。ピークとなった昭和45年(1970年)の1万6,765人から5分の1以下まで減少しています。

交通事故死者数の推移(昭和23年~令和2年) ※令和3年1月4日発表 警察庁「交通事故死者数について」より

一般的に安全技術は、ADASのように、ぶつかる瞬間やその直前の場面での対策と考えられています。すなわち、ぶつかることを避ける、もしくはぶつかってしまったとしても被害を軽減するための技術。もちろん、こうしたクルマ側の技術を磨いていくことは重要です。

しかし、世界のあらゆる場所から交通事故による死者をなくすためには、クルマ・バイクの技術や、環境整備だけでは不十分。なぜなら、事故を起こすのは「人間」だからです。「“人”の不安をなくすことで、事故のリスクから解放し、安心して自由に移動できる社会を作る」。この本質的な課題を解決するために、Hondaの技術者は「人と向き合う」ことから始めました。

事故のない社会を作るには「安全」だけでは足りない

リスクからの解放には自動化だけでなく「自信」が必要

本田技術研究所 先進技術研究所 エグゼクティブチーフエンジニアの髙石秀明(たかいしひであき)が、研究の出発点を振り返って話してくれました。ここから、どんな技術につながったのでしょうか。

髙石秀明

本田技研工業株式会社 経営企画統括部 安全企画部長
株式会社本田技術研究所 先進技術研究所 安全安心・人研究ドメイン
エグゼクティブチーフエンジニア
髙石秀明(たかいし ひであき)

1987年入社。初代オデッセイのプロジェクトリーダーなど量産車開発や、米国への駐在を経て、2011年に経営企画部へ。2021年4月より安全企画部長を務める。Hondaの安全技術開発を牽引してきた第一人者。

高石

スタートは、お客様がどんな困り事や不安を抱えているのかを考えることからでした。当たり前ですが、不安に感じることは多種多様で、一人ひとりの状況によって異なるものです」

高石

「この9つの項目を見てください。皆さん、日常運転でこうした不安を感じたことがあるのではないでしょうか?運転ミスや注意力不足を生み出す原因です。つまり、事故が起こる前から、不安によってすでに事故リスクが高まっているんです

高石 「これをなくした状態が『安心』。事故のリスクに近付かなくて済む状態ですが、極端に言うとリスクがあることすら感じない状態を作り出したい。『安心』を追求することこそが、Hondaの目指す交通事故死亡者ゼロの社会につながっていきます

この「安心」を実現するために、Hondaは人についての研究を徹底的に行いました。

高石 「Honda内で議論するだけでなく、未来学者など外部の専門家の皆さんとも話し合って、これからの社会がどうなるかを考えました。その中ではっきりしたのは、人の意識の中にある、『自分の意志で行動したい』という欲求が今まで以上に高まってきているということです。ということは、一人ひとりの想いや希望に寄り添った技術でなければ受け入れられない。だから、モビリティを完全に自動化して事故を起こさないようにするだけではないんです。Hondaの目指すゴールは、自信を持って運転できること。それこそが安心できる状態です」

運転に自信のない人でも、自分のミス「ヒューマンエラー」がなくなるように技術がサポートしてくれたらどうでしょう?これを実現する技術の一つが、「知能化運転支援技術」です。

高石 「MRIを使用して、人の脳の動きを研究しました。運転中に脳がどんな活動をしているのか、リスクのある行動との関係を解析した上で、AI(人工知能)を使って、リスクに近づかせない、リスクを見落とさなくなる技術を開発しています。具体的には、運転操作ミスや見落としや予知予測ミスをしないように、運転席での表示や、音・振動などでリスクを分かりやすく伝えたり、AIが操作を支援したりする技術です」

「次世代の運転支援による3つの提供価値」 「次世代の運転支援による3つの提供価値」

この技術は、ドライバーに自信をもたらします。前を見ることで精一杯になってしまう運転初心者に対して、他のクルマや歩行者が横から近づいてきたことを知らせたり、年齢を重ねたため反応に自信がなくなってしまった高齢ドライバーの操作をアシストしたりといったサポートを行うことで、安心してハンドルを握ってもらうことができるようになります。

こうしてドライバー一人ひとりの不安をなくし、自信を持つために支援していく一方で、道を使うすべての人に向けた取り組みもHondaは考えています。そこで開発が進んでいるのが、人・モビリティ・インフラが通信でつながることで、多様なリスクを回避する「安全・安心ネットワーク技術」。

これは、すべての交通参加者が繋がり、共存するための技術です。Honda独自の研究により道をつかうすべての人の行動、状態を推定し、その情報を統合的に判断することで、道路環境におけるリスクを予知・予測します。この先読みしたリスクを、それぞれの交通参加者の状況に合わせて知らせることで、事故が起こりうる手前で未然に回避し、誰もぶつからない交通社会の実現を目指します。
その一例として、歩行者飛び出し抑制システムを紹介します。これは通信によってドライバー、ライダー、歩行者が繋がり、歩行者が飛び出しそうになったら、それをスマートフォンへすぐさま通知して抑制し、クルマのドライバーにもその危険を知らせます。さらには、死角になっている箇所に潜む危険も予測して共有するなど、人が認識できない情報も共有して安心を高めます。

高石

「Hondaの安全スローガンは『Safety for Everyone』。『すべての人の安全を目指して』という思いが込められていますが、『Safety for ALL』とはなっていないんですね。これは、『ALL=全体』に対して一律で何かを当てはめて安全を作り出すのではなく、『one=一人ひとり』の意志を尊重しながら、『Everyone=みんな』が安心できる社会を作り出すのが、Hondaの目指す姿だよ、という意味なんです」

世界から交通事故死者をなくすためには?

2050年、Hondaの製品が関わる交通事故死者を“世界中で”ゼロにする――。二輪・四輪を合わせると、世界で一番多くのモビリティを生産しているHondaは、地球上のすべての人に安心を提供していくことを目指します。

日本という国は、交通安全について世界の中でもトップランナーの一つです。世界初の「自動運転レベル3技術」の市販車搭載が実現したのは、日本の法律がそれに対応したものになっていたことがその一因ですし、冒頭で触れた衝突被害軽減ブレーキの義務化も、欧州では2024年7月からとなっており、日本では3年以上も早く導入されたことになります。ここに先進技術が加わっていくことで、より安全で安心な社会へ向けて歩みを進めていくイメージは持ちやすいかもしれません。

一方で、世界へ目を向けると、一番の課題は新興国でのバイクの事故です。アジア市場を見てみると、インドでは年間2000万台以上、東南アジア諸国では1500万台以上の二輪車が販売されており、その数は日本の比ではありません。

こちらは、タイでの事故分類調査の結果ですが、交通事故死者のうち二輪車が関与したものが全体の約4分の3を占めています。その背景にある課題の一つが、教育の不足です。日本のように教育機関でバイクの操作方法を学ぶ習慣がなく、ほとんどの二輪ライダーに受講経験がありません。

さらに、バイクの特性として、安価で丈夫であり、耐用年数が長いことが挙げられます。長く使っていただけるがゆえに、先進技術を用いても、新しいバイクに入れ替わるサイクルが長いために効果が出るまでに時間がかかるのです。しかし、世界中で爆発的に普及し、新しい商品に替わるサイクルもとても速いデバイスがあります。

それが、皆さんの多くもお持ちのスマートフォンです。二輪車に安心して乗ってもらうために、通信技術の進化を活用。「安全・安心ネットワーク技術」で、すべての交通参加者が繋がれば、二輪ライダーや歩行者を守っていくことが可能になります。

そして、スマートフォンを利用して、安全教育の普及も加速していきます。Hondaは、新興国を中心に世界38カ国で「交通教育センター」を開設していますが、センターに来られない人に向けて、オンラインで交通安全教育を学べる仕組みを開発中です。それが、「Honda Safety EdTech」。AIを活用した技術で、バーチャルトレーニングや運転コーチングなど、一人ひとりに合わせたカリキュラムを組み、スマートフォンを通じて時間や場所を問わずに学びを深めていくことができます。

Honda Safety EdTech

こうして、単に交通のリスクを排除するだけではなく、その先にある「自由な移動」ができる社会を目指すため、クルマ・バイクの性能だけを見るのではなく、ネットワーク技術も活用して、一人ひとりの「安心」を高める社会作りを進めていきます。

2050年、自由な移動の喜びの世界へ

交通事故死者ゼロが実現すれば、安心な移動が保証され、思い通りに出かけられる『リスクから解放された自由』がすべての人に訪れます。それが、Hondaの描く未来の社会です。

高石

「『自由』の意味についても、たくさんの議論がありました。もちろん、自由は『好き勝手』ではありません。周りのことを考えずに振る舞えば、そこには危険が生まれますよね?私たちの考える『自由』とは、『自律』に近いのかもしれません。自分の力で動けるからこそ、自身の責任でしっかりと制御する。この『自律』のイメージは、初めて自転車に乗れるようになったときの、浮き立つようなあの気持ちです。好奇心に導かれ、外へ外へと行動範囲を広げていった先には、五感で感じられるさまざまな発見があり、その発見を繰り返すことで豊かな人生を楽しんでいただける。そう考えています」

子どもの頃、自分の足でペダルをこぎ、どこまでも行けるような気がした、あのワクワク感。その気分を、世界中のすべての人に味わってほしい。今は絵空事に聞こえるかもしれませんが、交通事故死者ゼロを実現するための道筋を描きながら、一歩ずつ前に進めています。