モータースポーツ・スポーツ 2021.03.24

F1開幕!日本人ドライバー角田裕毅選手と最終年に懸けるHondaの情熱

F1開幕!日本人ドライバー角田裕毅選手と最終年に懸けるHondaの情熱

2021年、世界最高峰のレースであるF1に弱冠20歳の日本人が挑戦します。その名は、角田裕毅(つのだ ゆうき)選手。日本人としては7年ぶり、Honda育成ドライバーとしては13年ぶりのF1フル参戦。今季限りでのF1参戦終了を発表したHondaの最後のシーズンを、ともに戦うことになりました。デビューを控える角田選手にインタビューするとともに、現場で戦う山本雅史マネージングディレクターと田辺豊治テクニカルディレクターが今季の展望を語ります。

現代のF1で、シートをつかむためには?

現在、F1に参戦するのは10チーム、各チームにドライバーは2人ずつ。世界で20人しか手にすることができないF1のシートをつかむためには、何が必要なのでしょうか?

山本MD

「Hondaとしても育成プログラムを設定して、そこに多くのドライバーが参加しています。そして、すべてのドライバーが平等にチャンスを手にしているんです。その同じ土俵で、与えられた機会をフルに活用して、結果を出していくことが重要です」

Hondaの育成プログラムでは、SRSを卒業したドライバーを中心に、まずは国内のF4へ参戦。そこで成果を出せれば、F3や海外レースへの挑戦へと道が開け、さらに上のカテゴリーへのチャレンジが続いていきます。スタートラインは皆同じ、参戦のチャンスを手にしたレースで残した結果で評価され、ステップアップできるかが決まっていきます。

日本のF4選手権でチャンピオンを獲得して欧州に渡った角田選手ですが、F3で所属したチームは、前年表彰台獲得なし、そして自身にとっては初めて経験するサーキットばかりと、競争力という点で見れば厳しい環境でした。しかし、そこに甘んじることなく、徐々に結果を改善していきます。シーズンを振り返ると、序盤はノーポイントが多かったものの、シーズン折り返しを迎えてからは、7レース連続入賞。さらには、3レース連続表彰台に優勝と、文句なしの結果を残します。

山本MD

「もちろん、速さには天性のものがあると思いますが、努力も人一倍です。僕が見てきたドライバーの中で、一番トレーニングを積んでいる一人です。ランチに誘うこともありますけど、彼は『そこはトレーニングの予定があるので、明後日にしてください』という感じで、絶対に自分のペースを崩さないんですね。自分に必要なことは何かを見据えて、それを実行するためには遠慮しない。いい意味でのマイペースさがありますね」

F2では、F1参戦に必要なスーパーライセンスを得るための条件が、ランキング4位以上でした。シーズン中盤ではコンスタントにポイントを重ねてランキング3位につけるなど好調でしたが、後半にはノーポイントが続き、ランキングが6位まで落ちてしまったこともありました。

山本MD

「ノーポイントが続いたのは、マシントラブルなどが原因でしたが、このとき本人は『チームに助けられた』と語っていました。モータースポーツというのは、自分の速さだけでなく、やはりチームの総合力が欠かせません。チーム全員を味方にしてサポートを引き出せたという点も素晴らしいですね。面白いデータがあるんですが、昨年のF2で、予選とレース1の結果※2だけでポイントを計算すると、角田選手がチャンピオンなんです。世界中の四輪レースの新人ドライバーが対象の『FIAルーキー・オブ・ザ・イヤー』など、数々の賞も得て、自分の実力を証明してみせましたね」

※2 F2は2レース制で、レース2のスタート位置は、レース1の上位8台がレース結果と逆の順で並ぶ「リバースグリッド」を採用している

山本MD

「F1に至るまでのレースキャリアの中で、ドライバーはさまざまな分岐点に遭遇します。その一つひとつで、正しい方向に進めるか、そのために結果を出せるかがカギです。目の前にきたチャンスを有効に使うために、徹底的に考え抜く。そこで正しい結果を出し続けた先に、世界最高峰の舞台が待っているのではないでしょうか」

角田選手はどんなドライバー?

いよいよF1でのデビュー戦が近づく角田選手。レースを見る際には、どんなところに注目するとよいか、解説してくれました。

山本MD

「一番の見どころは、角田選手のブレーキングと、抜き方ですね。ほかのマシンと並んでコーナーに入ったときに、ブレーキを遅らせて、ズバッと前に出る場面がきっと見られると思います。これは天性のものかもしれませんが、彼はレースを俯瞰して見ているんです。レース全体の動向を眺めることができているというのかな。だから、ほかのマシンの動きを想定して攻略できてしまうし、抜きにかかるときにも、このコーナーでこのくらい差を詰めて、ここでプレッシャーをかけて、最後のブレーキングで前に出る、というような組み立てが可能になるんです。あとは、タイヤの使い方も上手です。F2では、ほかのドライバーがタイヤを目一杯使って走っているときでも、自分はセーブしながら他車を上回るペースを見せてくれていました」

そして、角田選手にはF1の中でもトップで活躍するドライバーとの共通点があると言います。

山本MD

「一般的に、人間が行動するときには、目や耳から情報が入り、それをもとに脳が身体へ指令を送って、腕や足が動きますよね?でも、角田選手の場合には、情報が脳を経由しないというか、目の前で起きた事象に反応してダイレクトに身体が動くような感じで、全く迷いが出ません。こうした走りができるのは、マックス(フェルスタッペン)選手や、チャンピオンのルイス・ハミルトン選手など一流ドライバーと共通する部分ですね」

今季のF1は、史上最多の23戦が予定されており、さまざまな特性を持ったサーキットが登場します。角田選手の得意コースはあるのでしょうか?

山本MD

「開幕戦の舞台となるバーレーンは、昨年のF2で最後尾の22番手からスタートして、6位まで追い上げたコースで、相性はいいと思います。でも、彼はどのコースに行っても速いんですよ(笑)。昨年のF2では予選最速のポールポジションを4回取っていますが、最初は高速コースのレッドブル・リンク(オーストリア)、2回目は高速・中速・低速がバランスよく揃ったスパ・フランコルシャン(ベルギー)でしたが、全然違う特性で90度コーナーが連続するソチ(ロシア)で3回目のポールポジションを決めたときは、驚きましたね。もちろん、ホームGPとなる鈴鹿も楽しみの一つだと思います」

今季、Scuderia AlphaTauri Hondaで角田選手のチームメートになるのは、日本でも人気の高いピエール・ガスリー選手。全日本スーパーフォーミュラ選手権での活躍を経てF1へステップアップし、昨年はScuderia AlphaTauri HondaでF1初優勝を成し遂げ、大きな話題になりました。

山本MD

「ピエール選手もとても速いドライバーで、経験も豊富ですが、2人揃ってQ3へ進むことがあれば、角田選手はいい戦いをするんじゃないかなと見ています」

F1の予選は、全20台が参加するQ1から始まり、上位15台によるQ2、そしてトップ10のみが進出できるQ3と、段階的に台数が減っていきます。

山本MD

「セッションが進んでいくごとに路面にタイヤのゴムが載っていくので、コーナー速度が上がってタイムが向上します。しかも、Q3はわずか10台ということでコース上の混雑もほぼ起きないし、新品タイヤでのアタックということもあり、タイムを出すための条件がすべて揃った環境になります。こういうときの角田選手は素晴らしい走りをするので、ピエール選手を上回る可能性もあるんじゃないかな」

また、レース現場でHonda F1を束ねる田辺豊治テクニカルディレクターも、角田選手加入の意義を語ってくれました。

田辺TD 「日本人のドライバーがHondaのPUでレースをすることになり、我々のモチベーションも一層上がります。角田選手と直接話したのは、昨年のアブダビテストのときくらいでまだ少ないのですが、担当エンジニアから話を聞くと、熱心に学ぼうとする姿勢があるし、自分が何をすべきかを理解しているので、学習速度も速い。数回のF1テストで大きく成長しているようです。AlphaTauriも精力的にサポートしていて、開幕戦では”真のF1ドライバー”としてデビューさせるべく、旧型マシンでの走行機会をかなり作ってくれました。シーズンが始まってから学び始めます、という感じではなく、ある程度仕上がった状態でデビューして、そこからさらに成長していく姿を見せてほしいですね」

開幕戦に臨む角田選手に聞く

3月12日~14日の3日間、開幕戦の舞台であるバーレーンで行われたF1公式テスト。ここで、角田選手は世界中を驚かせました。最終日の3日目で、全体2番手のタイムを叩き出したのです。しかも、首位のフェルスタッペン選手とはわずか0.093秒差。そんな角田選手が、開幕前の忙しい時間を縫ってインタビューに答えてくれました。

―チームの雰囲気には慣れましたか?

「イタリアのチームらしく、フレンドリーでファミリー感が強く、(チーム代表の)フランツ・トストさんを中心に、それぞれの仕事に取り組み、チーム全体がお互いを信頼し合って動いているなと感じます」

―F1マシンの操作は複雑ですか?

「エンジニアに聞きながら操作を覚えました。テストの段階では、全く不安のないくらいに操作できるようになりました。ただ、ほかのマシンを相手にしながらの操作というシチュエーションはまだ経験していないので、レースはまた別かもしれません。レースまでにできることはやって、少しでもボタン操作に慣れた状態で実戦に臨みたいと思います」

―ドライバーとしての強みはなんでしょう?

「自分のベースとなっているのは、昔から培ってきたブレーキングです。これを活かしてドライビングしていきたいと思います!」

―日本からの声は届いていますか?

「SNSは結構見ています。TwitterやInstagramでメッセージをいただくことも多くて、『開幕戦が待ちきれない』とか『鈴鹿で待っています』という声をいただくのは本当にうれしいですし、僕も本当に楽しみにしています」

―開幕戦の舞台はバーレーン。得意なコースですか?

「得意・不得意というのは、あまり意識していないのですが、初戦のバーレーンは好きなコースの一つです。コーナーとしては、下りながら左に回り込むターン10。すごくロックアップしやすい場所で、このサーキットの中でも特徴的な部分ですが、ブレーキングの難しい、このテクニカルなコーナーが好きですね」

―将来、未来のF1を夢見る ドライバーへ一言!

「僕の走りの特徴を見て、少しでも感じてくれる部分があったらうれしいです。この先も、日本人ドライバーがF1に乗るチャンスは必ずあるはずです。一つひとつ成長していけば、必ずこの舞台に近づけると思います。僕を超えられることはないでしょうけど(笑)」

こう言ったあとに、「ウソです!」と満面の笑みを見せた角田選手でしたが、F1デビューに向けて自信がある様子は伝わってきました。公式テストを終えて「F1マシンで全開アタックをして2番手に入るというのは、最高の気分です。もちろん、まだテストに過ぎないので先走ってはいけませんが」と冷静に振り返りました。

最後のシーズンに挑むHonda F1

そして、 レース現場でHonda F1を束ねる田辺豊治テクニカルディレクターに話を聞きました。Hondaは、昨年10月、Hondaは今季限りでのF1参戦終了を発表しました。最後のシーズンに臨むHondaのパワーユニット(PU)は、「RA621H」。昨年型から構造を一新し、どのような開発が進められてきたのでしょうか “新骨格”と紹介されていますが、それがどんなものなのか、田辺TDに聞きました。

田辺TD

「開発の責任者である浅木さん(泰昭、F1プロジェクトLPL)から『新しい骨格で』との話があり、導入を決断しました。PU単体で見ると変化の度合いはつかみにくいかもしれませんが、従来のものを搭載したマシンと21年のものを並べて見ると、車体の後部が明らかに違います。小さく、コンパクトになっていて、車体のパッケージングにも寄与できていると思います。この新骨格は、Sakuraとミルトンキーンズにいる開発部隊が最終年にかける情熱を表すものですし、Honda F1の意地とも言えるものです」

2021年に対する、Honda F1メンバーの熱い思いを代表して語ってくれた田辺TD。常に冷静沈着な印象ですが、エンジニアとしての姿勢は、Honda入社当初から一貫していると語ります。

田辺TD

「Hondaに入って、最初に量産車のエンジン開発を担当したとき、まず先輩から言われたことは『エンジンはウソをつかないぞ』ということでした。量産車もF1も、構成部品の根幹は同じですし、燃料を入れて燃焼させて出力に変えるということも一緒です。それはすべてデータに現れるので、きちんと解析して、いいものを作るために活かす、そしておかしなところは改善する、それを徹底していくのみです。開発期間の非常に短いF1でも、そのサイクルをしっかりとかつ早く回していくことが重要です。かなりの高速で走るマシンですから、わずかなトラブルがドライバーを危険にさらすことになってしまいます。そういった不具合が絶対にマシンの上で起こらないということも思って取り組んでいます」

田辺TD

「先輩方が取り組まれたこのプロジェクトを受け継ぎ、自分たちの技術を信じてPUを開発してきて、2019年、2020年と勝利も挙げられるようになってきました。この2021年がプロジェクトの最終年となるわけですので、関わる一人ひとりが悔いのない形で、最後の年をやり切った、と思えるシーズンにしたいと思います。
悔いなく戦いきるためにどうするかということを考えたときに、昨年は、データ上でトップに対して及んでいないのは明らかでしたから、2021年、ライバルと同等、そしてその上に行くためには、今回導入した新骨格が重要だと思っています。これでマシンのトータルパフォーマンスを上げる。そのための準備をしっかりとした上で2021年に臨む、それが我々の決意です」

静かに、そして力強く語ってくれた田辺TD。最後のシーズンに向けた熱い想いが込められていました。これまでいただいた多くの声援に応えるべく、Honda F1メンバーは一致団結し、戦闘力向上を目指して開発を進めています。

We Race To The End | 最後まで、走り切る | Powered By Honda

※新型コロナウイルス感染症対策を実施した上で取材・撮影を実施しています。