イノベーション 2021.03.04

自動運転レベル3「レジェンド」発売。Hondaが自動運転技術で目指す「事故ゼロ社会」とその先にある「自由な移動の喜び」とは

自動運転レベル3「レジェンド」発売。Hondaが自動運転技術で目指す「事故ゼロ社会」とその先にある「自由な移動の喜び」とは

2021年3月4日、Hondaは自動運行装置「トラフィックジャムパイロット」をはじめ、5つの機能を含んだHonda SENSING Elite(ホンダ センシング エリート)を発表。さらにトラフィックジャムパイロットを搭載し、世界初となる自動運転レベル3に対応した「LEGEND(レジェンド)」を発売いたしました。

Hondaは、ただ単に「自動」であることが価値だとは考えていません。自動運転技術をはじめとする安全技術や企業活動を通して「事故ゼロ社会」を実現することで、「すべての人が心から安心して、どこへも自由に移動することができる」、そんな喜びある未来を築いていきたいと考えています。

Honda SENSING Eliteの開発を指揮した株式会社本田技術研究所 先進技術研究所 エグゼクティブチーフエンジニア 杉本洋一(すぎもと よういち)は、何を想い、自動運転の研究を続けてきたのか。新技術開発の舞台裏をお届けします。

愚直に安全と向き合う、Hondaのフィロソフィー

Hondaは「2030年ビジョン」を定め、「すべての人に『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」という全社共通の目標を掲げました。その中で目指した方向性のひとつの「事故ゼロ社会」実現には「事故ゼロ技術」、つまり運転支援や自動運転の技術が必須となります。

杉本 「Hondaの目指す安全のゴールは、シンプルに事故を減らすという数値上の話ではありません。Hondaと出会ったお客様が『好奇心』に導かれ、外へ外へと行動範囲を広げることに、真の意義を感じています。リアルな世界の彩りを五感で感じ、移動した先々でさまざまな発見を繰り返し、豊かな人生を楽しんでいただきたい。すべての人に自由な移動の『喜び』を届けたい。だからこそHondaは、より安全なモビリティ、より安全な社会をつくるために、誰よりも頑張らなくてはいけないと思っています。

株式会社本田技術研究所 先進技術研究所 エグゼクティブチーフエンジニア 杉本洋一 株式会社本田技術研究所 先進技術研究所
エグゼクティブチーフエンジニア 杉本洋一

Hondaの安全に対する向き合い方の特長は『愚直さ』です。安全に対して真摯に向き合い、ひたすら真面目に考え抜くという企業文化が若手社員にまで浸透しています。
今回の自動運転技術の開発でも、その初期段階で、安全に関わる基本的な部分にしっかり向き合い、根幹となる構想を固めることにかなりの時間を費やしました。
まさに『ウサギと亀』の亀のようなもので、その段階では外から見るとHondaの技術開発が遅れているように思えたとしても、結果としてそれが一番早いやり方だったと思っています。自動運転を世界に先駆けて実現できたわけですからね。
さらに、個人的には、“最初の一歩”を踏み出すことも大事だと思っています。特に安全技術は、少しでも早く世に出すことで、それだけ多くの事故や被害を減らしていくことができます。例えば、目の前でたくさんの人が溺れているとして、その全員が救えないから何もやらないというのは違います。その中の一人でも二人でも救えるなら、やるべきです。“安全について愚直に取り組む”ことと、“少しでも早く、最初の一歩を踏み出す”こと。この相反する課題を両立させることが、自動運転技術を実現する上で難しい点でした」

世界に先駆け、数々の安全運転支援技術を実用化

事故ゼロ社会を実現するために、Hondaはモビリティメーカーとしてどのようにアプローチしていくべきなのか。杉本は、2つの技術的なアプローチを両立させることが必要と話します。

杉本先進技術を進化させることと、その技術を多くのお客様に普及させること。このチャレンジを両立させることが必要だと考えています。技術革新がなければ、そもそも技術の進化はありませんし、先進技術があったとしても、それが普及しないことには現実の事故は減りません。これを踏まえ、Hondaは安全運転支援技術の研究・開発に、世界に先駆けて取り組んできました。そして基礎研究をもとに、実用化技術として、安全支援や運転支援の機能を市販車に適用してきたのです」

Hondaは、1971年には現在の衝突軽減ブレーキにつながるレーダーブレーキの研究に着手。以降、国内外のプロジェクトに積極的に参加しながら技術を養い、世界初の追突軽減ブレーキをはじめとする多くの機能をいち早く実用化してきました。
2014年には先進の安全運転支援システム「Honda SENSING (ホンダ センシング)」を発表。すべてのHonda車への標準装備化を推進し、2020年には国内新車販売台数の95パーセント以上にまで、その適用率を高めています。

「リアルワールド」の分析に基づく安全技術開発

Hondaは「リアルワールド」という言葉をよく使います。現実世界で起きていることを徹底的に調べ、その上で技術開発に着手することが、Hondaの安全に対する基本スタンスだからです。

杉本 「リアルワールドで起きた事故の発生状況を調べれば調べるほど、その一件一件、内容が異なっていることが分かってきます。だからこそ、リアルワールドの事故分析を地道にやっていかないと、同じ場面で事故を未然に防いだり、被害を軽減したりできる技術は生まれません。
今の運転支援技術には、特定条件下では作動しないというような注記がたくさん付いています。正直、これには忸怩たる思いがあります。しかし、今後もリアルワールドの事故分析を愚直に行い、一つひとつの制約を潰していけば、いつかはその注意書きをなくすことができると信じています。
リアルワールドで起きた交通事故の原因を調べると、そのほとんどがヒューマンエラーであることが分かります。このヒューマンエラーをカバーできるという意味で、自動運転や運転支援技術が重要だと考えています。非常に難しいチャレンジですが、そこにチャレンジしないと、次のステージには上がれません。この一歩を踏み出すために大きな苦労を伴いましたが、踏み出したからこそ、次のHonda SENSINGの進化にも繋がっていくと考えています。

高速道路事故発生時の人的要因 高速道路事故発生時の人的要因
「高速道路」とは、高速自動車国道及び指定自動車専用道路をいう。第1当事者が自動車である事故件数を集計。
出典:交通事故総合分析センター

事故ゼロ社会に向けた、先進安全技術の第一歩

Hondaは新しい先進安全技術の第一歩として、自動運行装置「トラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)」を実現しました。これを搭載した新型LEGENDは、2020年11月11日に国土交通省より自動運転車レベル3の型式指定を受け、自動運行装置を備えた量産車両として、世界で初めて走り出したのです。

しかし、そもそも自動運転レベル3とは、何を意味するのでしょうか。

杉本 「日本政府は『運転自動化レベルの定義』として、レベルを5つに分類・定義しています。現在、量産車に適用されているレベル1から2の機能では、運転操作の主体はあくまでもドライバーにあり、システムは運転支援に留まります。レベル3、 4、 5が自動運転となりますが、レベル3では高速道路渋滞時など特定の走行環境条件を満たす限定された領域で、システムが周辺の交通状況を監視するとともに、ドライバーに代わって運転操作を行うことが可能となります。

この、レベル2と3の間には乗り越えなければならない、とても大きな壁があります。それは“合理的に予見される防止可能な人身事故を引き起こさないこと”、わかりやすく言えば“自動運転車は自ら事故を引き起こさない、ぶつからない”ということです」

安全性と信頼性を最重視したシステムの実現

Honda SENSING Eliteの開発、中でもトラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)の実現においてHondaが最も重視したのは、リアルワールドの中で安心してお使いいただける安全性・信頼性の高いシステムを確立することでした。

トラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)作動時の表示例 トラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)作動時の表示例

この高い壁を乗り越えるために、信頼性を格段に向上させるシステム構成、高度な認知・予測・判断アルゴリズム、安全な運転交代を実現する機能、そして安全性を網羅的に検証する仕組みを作り上げました。

杉本 「今回の技術では各5つのレーダーセンサーとライダーセンサー、フロントセンサーカメラを2基搭載し、自車周辺360°の状況を検知し、車両周辺の状況を詳細に把握することができます。これらのセンサーで得た外界情報、さらに高精度地図や自車位置情報を、メインECUが統合して認知・予測・判断を行い、最適な走行ラインを算出。メインECUの行動計画に基づき、アクセル、ブレーキ、ステアリングを高度に制御して走行させます。
また、それぞれのシステムに冗長性を持たせることで、万一の故障時にもできる限りの機能を維持する、高い信頼性を確保しています」

センサー配置図 センサー配置図
ライダーセンサー(フロント)
ライダーセンサー(リア)
分解能に優れたライダーセンサーを前後計5台備える

この、レベル2と3の間には乗り越えなければならない、とても大きな壁があります。それは“合理的に予見される防止可能な人身事故を引き起こさないこと”、わかりやすく言えば“自動運転車は自ら事故を引き起こさない、ぶつからない”ということです」

約1,000万通りのシミュレーションと、約130万kmの公道検証

安全に寄与するためのシステムが、自ら人身事故を引き起こさないこと。トラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)の開発においては、自ら事故を起こさないことはもちろん、それを客観的に証明することが課題でした。

杉本 「自動運行装置の基準や評価方法が世界的に確立されていない中、私たちは独自の検証プロセスを構築しました。どのようなケースで事故が起きるのかを網羅的に、漏れなく、可能な限り想定外がなくなるように挙げていく。網羅性を上げるようとするとシミュレーションのパラメータが増え、さらにその掛け算であっという間に膨大なパターン数になっていきます。そのパターンをシミュレーションするため、スーパーコンピュータを使える開発環境も整備して、とことんやりました。
開発の初期段階で想定ケースを洗い出してシミュレーションを行い、それでも挙げきれていない想定外を減らすために、実証実験車を使って高速道路を約130万km、地球30周以上にもなる距離を実際に走りました。そこで得たデータに基づいて、またシミュレーションを行う…ということの繰り返し。約1,000万通りという膨大なシミュレーションを行いましたが、この作業は安全性が確認されるまで続くことになります。

実証実験車を使い、公道でこれらのテスト走行が実現できたのは、日本政府や関係省庁の皆様のご支援なくしては、あり得ませんでした。日本は法整備が遅れているという声を聞きますが、警察庁は道路交通法、国土交通省は道路運送車両法と、この2つがセットで改正、整備されたのは世界に先駆けて日本が初めてです。制度整備を進めていただいた関係者の皆様に、改めて御礼申し上げたいと思います」

自動運転技術開発で得たものと、今後に向けて

「自動車」の語源は、「自ら動く」という意味を持つ「automobile」に由来するといわれています。自動車が誕生したのは1769年のこと。「自動」とはいえども、これまでの自動車は、人が動かすものでした。
2021年、自動車は本当の意味で「自ら動くクルマ」として、新たな歴史を刻みました。この250年の間に、移動の歴史は大きく変わり、技術も目を見張るような進歩を遂げました。
しかし、Hondaの想いは不変です。

杉本 「自動運転が世の中に受け入れられるか、つまり社会的受容性は、社会的観点でこの技術のベネフィットがリスクを十分に上回ることが、受容される条件となります。だからこそ、まず一歩を踏み出すことで、それを現実に証明したいと考えています。それでも万に一つ、想定外の要因で事故が起きてしまう可能性は排除できません。そのときに、さらなる改善を行って、事故を防ぐ技術を更に前に進める。この技術を、社会と一緒になって育てていく。ここが大事だと思っています。そのために我々モビリティメーカーは、“合理的に予見される防止可能な人身事故が生じないこと”に対し、徹底的に考え抜き、やり尽くす責任があると考えています。
今回確立した自動運転レベル3技術の開発で、さまざまな技術と知見が蓄積できました。例えば、これまでのHonda SENSINGに比べて大きく進化した認知技術、周囲のクルマの動きを予測・判断するアルゴリズム、スーパーコンピュータを使って事故の可能性があるケースを網羅的に検証する開発環境、そしてこの開発に携わったエンジニア一人ひとりの知見…。これらが今後のHonda SENSINGに活かせる、大きく寄与できるということは大きな収穫でもあります。自動運転技術を確立したモビリティメーカーだからこそできる進化があると思っています。

技術をもって誰かを喜ばせたい、世の中の役に立ちたい。
創業者である本田宗一郎から受け継ぐこの志は、社会や環境が変わり、技術がどれほど進化しても不変のものです。
私たちは、この志を胸に、これからも技術革新に努めます」

※新型コロナウイルス感染症対策を実施した上で取材・撮影を実施しています。
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