製品 2021.02.26

新型N-ONEのテーマ「継承」と「進化」に迫る。モータージャーナリスト山田弘樹さん×新型N-ONE開発者対談

新型N-ONEのテーマ「継承」と「進化」に迫る。モータージャーナリスト山田弘樹さん×新型N-ONE開発者対談

2020年秋に発売された、新型「N-ONE」。
2012年の初代N-ONEを象徴する「タイムレスデザイン」を踏襲し、エクステリアデザインをほぼ変えないフルモデルチェンジという、非常にチャレンジングな道を選んだクルマです。

その選択に込めた開発チームの想いは? 開発者たちはこれまでのN-ONEをどう捉え、これからのN-ONEをどう見据えているのか?
モータージャーナリストの山田弘樹(やまだ こうき)さんに、新型N-ONEの開発責任者やデザイナーへのインタビューを通して、紐解いていただきました。

山田弘樹さん プロフィール

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経て、現在はフリーのモータージャーナリストとして活躍している。独立後はスーパー耐久などのレースにも参戦。その経験を活かしてSUPER GTなどレースレポートの執筆も務める。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

山田弘樹さん プロフィール

“カタチ”そのものに価値を感じてもらえるクルマ

山田 「早速ですが、この今までにありそうでなかったモデルチェンジのあり方を選んだ理由は、どこにあったのでしょうか?」

宮本 「N-ONEをフルモデルチェンジするにあたって、当然のことながら先代オーナーを始め、たくさんの方々から意見を聞きました。そしてわかったのは、このクルマに求められている価値だったんです。当然そこにはNシリーズの『M・M思想※』がもたらす広々キャビンや、パワートレインがもたらす走りのよさ、燃費のよさといった実用性も伺うことができたのですが、特にこのN-ONEは情緒的な価値に対する声が多かったんですね。それはこのクルマに乗ることで『自分を表現できる』とか、『ひとりの時間が楽しめる』といった声でした。

新型N-ONE開発段階のスケッチ 新型N-ONE開発段階のスケッチ

そのため、N-ONEを購入いただいているお客様のほとんどが“指名買い”です。『このクルマを下さい』『私はこのクルマを好きなので買いにきました』というお客様が、ほかのHonda車と比べても非常に多かった。市場調査でもかなり早い段階から、FacebookやインスタグラムなどのSNSで、クルマとオーナーが楽しんでいる様子をたくさん見ることができたんです。つまりこの“カタチ”そのものに価値を見いだして頂いたんだなぁ……と実感できたんです。モデルチェンジだから形を変えるという手法もあるのですが、N-ONEの場合はコンセプトそのものが崩れてしまう。まずは形そのものに意味がある。その『タイムレスデザイン』が、時代とともに進化していければいい、という方向性に決まったんです」

※「人のためのスペースは最大に、メカニズムは最小に(マン・マキシマム/メカ・ミニマム)」という、Hondaが掲げるクルマづくりの基本思想。

山田弘樹さん
N-ONE開発メンバー

画面を通して問いかける写真の 山田弘樹さん
モニター左が新型N-ONE開発責任者の 宮本渉
右上がインテリアデザイナーの 田中丈久
右下がエクステリアデザイナーの 江田敏行
時勢を鑑みてオンラインでの座談会となった

山田 「ではそもそも初代N-ONEは、タイムレスデザインを意図していたのでしょうか?」

宮本 「初代N-ONEも当初よりタイムレスデザインと言っていました。N360という原点を考察して、時代の変化に左右されず、愛着を持って長く使える、シンプルでハイクオリティなデザインにしたつもりです。そしてそのデザインが、我々が考えていた以上に受け入れられて、今回のフルモデルチェンジで踏襲されることになったんです」

	1967年発売のN360 Honda初の軽乗用車として知られている 1967年発売のN360
初の軽乗用車として知られている

山田 「全く違うデザインや、コンセプトの提案はなかったのですか?」

宮本 「そうはいっても一般的なクルマの開発、フルモデルチェンジだと普通はデザインを変える。“そうはいっても”というところがあると思います。ただN-ONEの場合は既に『丸いヘッドライト』、どっしりとした横からの『台形シルエット』、『四角い後ろ姿』と、非常に特徴的な要素があって、これを軽自動車という枠の中で表現しようとすると、自ずと形は決まってくるんですね。この辺りの苦労は、ぜひデザインの2人に聞いて下さい(笑)」

「継承」したエクステリアにも、「進化」した部分がある

江田 「もちろん、いろいろな検討がありました。N-ONEに限らず、『Nシリーズの中で象徴するべきものは何なのか?』という議論を活発にしましたね。その中で、N-ONEはどのように進化させようかと検討しました。その上でN360の真髄を受け継ぐという結論に至ったんです」

山田 「N360の真髄とは、具体的にいうとどういうものでしょう?」

宮本 「当時の時代背景からいうとN360は、家族4人が乗って、遠くまで無理なく移動できることを目指したクルマでした。ただ、その考え方って今のNシリーズと全く同じなんですよ。ですから改めて考えると今Nシリーズが表していることは、N360のコンセプトそのものであり、Hondaの考え方そのものなんですね。クルマがなかなか買えなかった時代から、一人に一台という時代になった。すると当然、そのあり方も進化してくるじゃないですか。つまりN360を根っことして、いろいろな用途に細分化したのが、Nシリーズなんだと思います。その中で、N360の愛らしい形を受け継いだのがN-ONE。真髄は、そこにあると思います」

N360のタイムレスデザインを受け継ぐN-ONE N360のタイムレスデザインを受け継ぐN-ONE

山田 「なるほど。そこからタイムレスデザインのコンセプトが出来上がったということですね。ところでそんなN-ONEに対して、『変わらないこと』を単なる『流用』だとみなす意見もあると思います。実際、2代目N-BOXのプラットフォームに初代N-ONEのアウターパネルをあわせることは大変だったのですか?」

江田 「2代目N-BOXのプラットフォームにN-ONEのボディを置けば、簡単に作れると思うかもしれません(笑)。しかし、そのままではホイールベースの関係からタイヤの位置がずれるんです。N-BOXとではフロントオーバーハングの長さが違うので、ノーズがぺちゃーんと潰れ、お尻が間延びしたN-ONEになってしまう。そこでリアのオーバーハングを削って、フロントに分けてあげるような作業をしたんですよ。寸法が当初の想定から変わるだけで、計算もすべてやり直しになってしまいました。ただ、こうした苦労をしてでもきちんと変更した方が、N-ONEとしての魅力が伝わるという意見は一致して、みんなが協力してくれました」

宮本 「確かに『変わってない』というコメントも結構頂きます。ただ一方で、変わっていないことに対して歓迎する声も非常に多く頂いています。外観は変わらずとも中身を進化させているという、そのコンセプトを理解して下さった方たちは好意的ですし、初代N-ONEをご存知でない方にとっては、新たにN-ONEを知るきっかけになっています。また、変わっていない中でも実は変わっているところもあるんです」

山田 「具体的にはどんなところですか?」

江田 「たとえばN-ONEは新型になってHonda SENSINGを搭載しましたが、前後にセンサーを備えると必ずデザインにも影響が出るんですね。それであれば、デザインとしても形で安心感をちゃんと表現したいと思いました。バンパーには開口部の外側部分にセンサーが入っている黒いエリアの形をしっかりスクエアにしています。ヘッドライトを目だとすると、フェンダーをほっぺのようにつないで、バンパー部分で踏ん張り感を出しています」

山田「なるほど、ここが『ほっぺ』なんですね」 「なるほど、ここが『ほっぺ』なんですね」(山田)

山田 「ということは、これはHonda SENSINGが江田さんに意識させた“クチ”ということになるんですか?」

江田 「そうですね(笑)。リアもバンパーのセンサーが入っているところと、赤いリフレクターが入っているところを踏ん張って見えるようなデザインにして、テールランプも四角い輪郭がくっきりと光って、存在を主張するようにしました。それがイメージだけでなく、お客様の安全にもつながると考えました」

山田「確かに、小さなN-ONEがドシッ! と見えてきます(笑)」 「確かに、小さなN-ONEがドシッ! と見えてきます(笑)」(山田)

山田 「こうした細部にも、たくさんの気持ちとデザイン言語が詰め込まれているのですね」

江田 「なるべく言葉で言わないでも、伝わるようにしたいのですが(笑)」

山田 「今回、インテリアではどういう思いを込めてデザインをされたのですか?」

田中 「N-ONEのデザインをする上でN360のことをいろいろと調べたのですが、当時としては『くつろげるくらい広い』と言われていたんです。単純に4人を乗せるのではなくて、ゆっくり会話ができたり、当時としては少しリッチな価値観が盛り込まれていたりしました。なおかつ、ドライバーは機能的で使いやすく運転が楽しめる。だからその考えをインテリアにも入れていこうとしました。ただインテリアはエクステリアと違って、継承するというよりは“進化”させないといけなかった。Honda SENSINGも搭載されたし、N-WGNが出たことでN-ONEは軽自動車のスタンダードから、スペシャリティという立ち位置に変わったんです。それを踏まえて今回は、4人というより“2人”のためのN-ONEを作りました。前席側でいえば夫婦やカップルが、お互いのびのび楽しく過ごせる空間にしたい。単に継承するのではなく、その価値をしっかり見いだして進化させることを強く意識しましたね」

ベンチシートからセパレートシートへと内装は変化
ベンチシートからセパレートシートへと内装は変化

山田 「ユーザーがくつろぐための空間を、作り手は感覚を研ぎ澄ませて、攻めの姿勢で作っていたというのがとてもおもしろいですね!」

田中 「そうですね! そこで『ミニマル』という手法――“削ぐ”という意味なのですが――を徹底しました。江田さんが外観を変えなかったので、本当に室内寸法が“キュウキュウ”だったんですよ(笑)。本当にあと少し空間があれば! という状態だったんです。でも外観デザインを継承することは大事だったので、その中でどれだけひじの空間を取れるか、ひざの空間を広げられるか? ということを真剣に考えて。実際の開発ではクレイモデルをノコギリでガンガン削いで、最後はクレイを抑えているベニヤ板まで切りました。もう『何コレ!?』って言われるところまで削って、最後はそれをミニマルな少ない線でつなぎました。N360に乗ったときに感じた、研ぎ澄まされた感覚を表現したつもりです」

レイアウトが成立するギリギリまで、クレイモデルをそぎ落とした
レイアウトが成立するギリギリまで、クレイモデルをそぎ落とした

山田 「自分たちの世代ではない、昔のモノを見ると、すごくカッコよさを感じたり、新しさを感じたりしますよね」

田中 「そうなんです。私が初めてN360を見たとき、まさにカッコよさを感じたんですよ。すごくシンプルで、使いやすそうで、小さいのに助手席に座るとすごく落ち着く。旧車ってそういうミニマルさがすごくあって、『これを表現したい!』と思いました。ですからWebでN360の資料を買ったり、コレクションホールから資料を持ってきたり。スタジオ内でも『資料もってる人いませんかー!』って呼びかけると、たくさん出てきた。それをみんなで読み込んで、コレクションホールからも実車を取り寄せて、いいところに付箋を貼ったりして。いろいろ議論して価値を形にしていく作業は、とっても新しかったです。普通は既存のデザインを壊していく作業が多いのですが、価値を探して、掘り当てて作っていく開発の仕方が、おもしろかったですね」

山田 「このコロナ禍にあって、多くの人がミニマルなものに価値を見いだし始めてきています。N-ONEのインテリアは、まさにこうしたコンセプトなんですね」

山田「ラブラブシートじゃなくなったのは少し残念だけど(笑)腕も足もしっかり伸ばせますね」
「ラブラブシートじゃなくなったのは少し残念だけど(笑) 腕も足もしっかり伸ばせますね」(山田)

田中 「はい。単にシンプルではなくて、削ぎ落としたことによって『くつろげそう』とか『運転が楽しそう』と、お客様に想いが伝わるインテリアになればいいなと思っています!」

長く愛される、生活の中の相棒のような存在であってほしい

山田 「N-ONEは、N-BOXやN-WGNと比べると、同じNシリーズでも決して販売台数の多いクルマではないと思います。それでもあえて二代目を登場させることは、社内的に大変ではなかったのでしょうか?」

宮本 「ビジネス的なことを言うと、おっしゃる通り(笑)。Nシリーズは4つのシリーズがありますけれど、実用性や価格設定からみても、N-ONEは決してメジャーな位置にはいません。『だからといってなくしてよいのか?』というと、ドライにそう言う人はいなかった。逆に『どうしたら残せるのかを考えよう!』という声が社内でもきちんとあったんです。売れるクルマだけを作ればいいという考え方も、もちろん間違いではない。しかしN360の意志を継いだクルマとして作ったN-ONEを一代でなくしてしまうのは、もっと違う。何より、お客様からも継続を望む声をたくさん頂けた。こうした背景があって、どうやって合理的にN-ONEをフルモデルチェンジできるか挑戦することになりました。
具体的に言うと、プラットフォームは既に出来上がっていたわけですし。“キビキビ走る”という側面ではS660やN-VANのマニュアルトランスミッションの部品を活用した。……といってもこれは実際にやってみると、かなり大変だったのですが(苦笑)」

山田 「Nシリーズの中でも一番コンパクトなだけに、既に走りに関しても高い評価を得ていますが、開発に苦労はありましたか?」

ジャーナリストならではの視点で、鋭い質問を投げかける山田さん
ジャーナリストならではの視点で、鋭い質問を投げかける山田さん

宮本 「もともとNシリーズが持っている資産があったので、そこはスムーズに運びました。N-ONEは重心も低いですしね。ただそこにあぐらをかいてはいけないと考えたときに、他のNシリーズにはないこだわりとしてリアのスタビライザーを用意したり。サスペンションやダンパーなど、変えたところにはきっちりと意志を入れてチューニングしました」

山田 「RSグレードでの6MT搭載や、クラッチの操作性向上など、かなりこだわっていますよね」

宮本 「6MT化は、やってみると意外と大変でした。素材としてはS660とN-VANの部品があったので、楽にできるんじゃない? とみんな思っていたのですが。実際、S660はミッドシップですし、N-VANは自然吸気エンジン。実はFFターボとしての6MTは初めてだったので、取り組みを進めていく中で『構造的にも課題が多いよね』と。狭いエンジンルームの中にターボ用の6MTを入れるのは、マウント類の変更などを含めてとても大変でした。また室内では、シフト位置を決めることからデザイナーと相談しました」

外から見えない場所にも試行錯誤が詰め込まれている
外から見えない場所にも試行錯誤が詰め込まれている

山田 「そこまでして6速MTを搭載した理由は、どこにあるのですか?」

宮本 「お客様からの要求もありましたが、HondaとしてもMTモデルを残したいという話になりました。現状だとN-VANとS660、そしてシビック TYPE Rがありますが、そこに加わるのは、HondaのアイデンティティとしてもN-ONEがいいだろう、という話になったんです」

山田 「ターボモデルでMTなら、もっとエンジンのキレ味を出してもよかったのでは? という声も一部で聞きましたが」

宮本 「N-ONEは、S660やN-VANとは違うキャラクターであるべきだと思っています。ましてやシビック TYPE Rとも違いますからね。TYPE Rはエンジンの出力も違うし、足まわり専用で、すべてに尖っているクルマです。対してN-ONEの『RS』はロードセーリングですから、街中を颯爽と走ってもらいたいんです」

N-ONE開発メンバー
山田弘樹さん

山田 「では最後に、出たばかりのN-ONEですが、今後このクルマをどういう風に育てていきたいと思っていますか? そのビジョンは何かありますか?」

宮本 「長く愛されるという意味では、今後デザインを変えてしまうと方向性がブレてしまう部分もあるので、そこは踏襲していきたい。問題があるとすれば、それは技術的な進化だと思います。また、軽自動車は近距離用の移動手段になる時代が来るのかもしれませんね。中期的な見方でいうと、軽自動車は地方での移動手段として確立されています。ですから高齢者の方々にも配慮した乗りやすさや装置などを考えていきたいです」

江田 「N-ONEはHondaの中で一番コンパクトなクルマなので、パワートレーンが変わってもそれを維持して、生活の中の相棒としてあり続けてくれれば幸せですね。私もこのN-ONEは欲しいなと思っていて、6MTのRSを考えています(笑)。日常の買い物や趣味で使う中でも、クルマとの対話や愛情が感じられる。それは今後クルマが生き残っていく上で、大切なことだと思っています。これからのデザイン的な進化については、メカニズムが進化していけば、デザインもそれを表現するために同じく進化していくと思います」

田中 「今回インテリアデザインをする上で、今着ている『白いシャツ』のような、本質的なものを探していたんじゃないかと思いました。シャツも時代によって丈や襟の長さが変化しますが、ベースは変わらない。それを今回は作れたように思います。シンプルなものだからこそ色や柄を変えることができる。ちょっとした味付けで愛着を持てることが、N-ONEの存在意義なのかなと思っています。N-ONEってすごく面白いクルマで、買った人がみんなすごく『好き!』って言ってくれるんです。末永く愛せるってことは愛着を持ってもらえるということで。人の気持ちに寄り添って進化していけるといいなと思っています!」

山田 「皆さん、ありがとうございました!」

――N360の現代解釈として登場し、Hondaにおける軽自動車のベーシックを表現した初代N-ONE。そしてこのハイトワゴンは、愛らしいデザインとキビキビとした乗り味によって、多くのユーザーから“相棒”として歓迎され、次のフェイズとしてプレミアムなスモールコンパクトに生まれ変わった。特に私にとってすばらしく思えたのは、ユーザーの笑顔や安らぎを作るために、極限までミニマルを追い求めたインテリアデザインのエピソードだった。

私は、クルマには「小さいからこそ得られる自由」があると思っている。限られたスペースゆえそこには工夫する楽しみがあり、無限のアイデアが広がるのだ。N-ONEは現代でそれを体現した貴重な一台であり、中身を進化させながらも変わらなかった外観とともに、これからも長く愛されてゆくのだと思う。



Hondaウエルカムプラザ青山にて
※新型コロナウイルス感染症対策を実施した上で取材・撮影を実施しています。
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