10年の想い[文:モータージャーナリスト ジョン・ラム(John Lamm)]

10年という歳月はいかにも長く、待つ身には辛い。
2005年に初代NSXが生産中止になってから10年、ファンはこの日をどれほど待ち焦がれたことであろう。
しかし待つ価値はある。NSXというクルマは、自動車史において重要な意味を持つクルマであると同時に、待つだけの価値を兼ね備えたクルマでもあるからだ。Hondaが世界に誇ったライトウェイトスーパースポーツNSXが生まれて来年で25年。スーパースポーツカーのコンセプトを塗り替えた伝説のマシンが甦るには25年という歳月が必要だったのかと思うと感無量だ。

いうまでもなく、ここアメリカでも、伝説のドライビングマシンの再来を望む声は多い。いったいどんなクルマにHondaが仕上げるだろうかと話も弾む。初代NSXのエクステリアデザインをこよなく愛したアメリカのNSXオーナーやエンスージアストたちは、HondaのNSX開発チームの献身的な努力によって生まれた秀逸なシャシーに感心し、そして何よりも、プロダクションモデルとして世界初となるオールアルミ・モノコック・ストラクチャーというテクノロジーに心踊らされ、魅了されたのである。
そのクオリティの高さで、NSXは当時のドイツやイタリアのスーパースポーツカーを瞬く間に時代遅れにしてしまう。そして世界のスポーツカーのクオリティとスタンダードを新たなる高みへと押し上げ、別の次元へと進化させたのであった。

ドライバーたちにとってNSXは、理想的な“パッケージ”を備え持つ夢のクルマであった。ちょうどよいパワー、正確無比なハンドリング、美しく機能的なコックピットとドライバーとの一体感、そしてその力強くも滑らかな走行によってもたらされる心地よいフィーリング。真にドライバーズカーと呼べるクルマ、NSXオーナーはそれらの美質をこよなく愛した。
事実、アメリカにはNSXを2台所有するオーナーも少なからずいた。私自身、NSXを複数所有するオーナーの何名かと話す機会があったが、多くの人が1台を日常用に、もう1台をスピードイベント用に所有していると語っていた。
私が目にしたことのある唯一のNSXに対する不満(?)は、以下のようなものだった。「乗ってみればわかる。というのがNSXを称賛する男たちの共通するコメントだ。失礼ながら我らがパートナーたちには理解不可能であろう。もし彼女たちに気に入られたいというのが目的なら、フェラーリやポルシェを買えばいい。NSXが気になる女性は例外なくクルマやクルマの歴史に詳しくて、これがどういうクルマか知っている人だ。」
彼の言わんとするところは理解できるし、少なくともそういう女性はクルマのなんたるかをわかっている自動車好きだと我々は知っている。同時にそのことをとても好ましく思う。

私は以前招かれて参加した鈴鹿サーキットでの「NSX fiesta」で、存分に楽しんでくださいとキーを渡されて、NSXを思う存分操った日のことを決して忘れない。そのときのことを思い出すたびに、今でも頬が緩む。初代NSXのステアリングを握って感動しなかったクルマ好きはいないだろう。

しかし、それは今や良き思い出に過ぎず、ファンやエンスージアストは次世代NSXのニュースに一喜一憂し、現実でないと知って失望も少なからず味わった。そんな中でも信じ続けた熱心なファンの辛抱が報われる日がついに訪れた。
ちょうど2年前の2012年1月9日、デトロイトショーのHondaブースは、立錐の余地もないほど多くのメディアや自動車関係者に取り囲まれ、一種異様な熱気と興奮に包まれていた。
伊東社長自ら立ち会いのもと、次世代NSXのヴェールが切って落とされた途端、無数のフラッシュライトがたかれ、何とも表現しにくいどよめきが響きわたる。多くの方がご存知の通り、新型NSXは次世代の直噴V型6気筒エンジンをミドシップレイアウトで配置するとともに、走りのよさと燃費性能の両立を目指す高効率・高出力のハイブリッドシステム「SPORT HYBRID SH-AWD®(Super Handling - All Wheel Drive)」を搭載し、左右の前輪を独立した2つのモーターで駆動する。そして何よりのビッグニュースは、新型NSXがアメリカで開発され、アメリカで生産されるということだ。

デトロイトを拠点に長年活動を続けるAutolineのジョン・マケルロイは、私に対して次のようなコメントをした。
「NSXが過去にHondaの北米高級車ブランドであるアキュラ(Acura)を象徴するクルマであり、フラッグシップモデルであったことは万人の認めるところで、アキュラは新たなイメージリーダーを再び必要としている。加えて、常に先進と革新を標榜してきたHondaは、自分たちが単に日本の一(イチ)メーカーではないということを証明する必要がある。このクルマ(新型NSX)がアメリカで開発されるということ、つまり、アメリカン・ホンダモーターのスタッフに、最先端のテクノロジーを結集したHondaにとって最も大切なクルマ開発のすべてを委ねるというのは、Hondaの強いグローバルメッセージに他ならない。それはあたかもHondaが“我々は日本だけで何もかもやるつもりはなく、世界レベルでクルマを作り、事業を展開していくんだ”という固い決意を表明しているように私には思える」

ここアメリカでも、次世代NSXに関して話題に事欠かない。ウェブサイト上のチャットでは、「グラントゥーリズモ6」でドライブできる2015年バージョンのHonda製とおぼしきスーパースポーツカーのことで盛り上がっているし、元旦におこなわれた有名なローズボウルパレードのアキュラフリートにもNSXコンセプトが登場し、観衆を喜ばせた。そして、2012年夏に公開された『ジ・アベンジャーズ』で、トニー・スタークと共にスクリーンを彩ったのが、アキュラの「コンバーチブルスポーツカー」(『NSXコンセプト』のオープン版)だったことも、将来開発されるかもしれない新型NSXのスパイダーヴァージョンに対するファンやエンスージアストの期待に拍車をかけている。

次世代NSXの開発がおこなわれているHonda R&Dアメリカズのチーフエンジニア、テッド・クラウスのことを、米「Car and Driver」誌は、「ヴィークルダイナミクス(車両運動性)の第一人者で、アメリカン・ホンダモーターの中でもひときわ光彩を放ち、その将来を嘱望されている人物」と称している。
NSXファンは英「Autocar」誌に載った、彼のコメントに胸躍らせる。その記事の中で彼は新型NSXのことを、「911(ポルシェ)の値段で458(フェラーリ)のエキサイトメントを備えたクルマ」と評している。
新型NSXに対する期待感は否が上にも高まっている。パワーは600hp台なのか? トランスミッションは7速か? 8速か? デュアルクラッチ? 乾燥重量は1,000㎏以下? Hondaの作る次世代スーパースポーツに対する憶測、推測、妄想(?)は果てしなく広がり、チャットはどれも熱狂的なもので、過熱し続ける。

その期待の一方で、メディアの新型NSXに対する要求も当然のように高い。
さらなる高みをめざすHondaの飽くなき挑戦を評価しつつも、開発陣への注文は厳しい。前述の「Car and Driver」誌ヴェテラン記者、ドン・シャーマンは語る。
「でかくて重いのはノーサンキューだ。初代NSXは私の最も愛したクルマの1台で、多くの理由で歴代の欲しいクルマの中でも究極の1台でもあった。そのテクノロジーは時代を代表し、Fun To Driveで、丁寧に精密に作られた優れたマシンであった。NSXはNSX以外の何物でもない。そこがNSXというクルマの偉大さだ。胸を張って世界に誇れる日本車は決して多くない。しかしNSXが日本を代表する一台であることは万人の認めるところだ。むろん、新型インサイトやアコードは素晴らしいクルマだと認めるが、米国市場におけるアキュラが再び輝きを取り戻すためにも、Hondaには初代同様、我々ドライバーの魂を揺さぶるようなマシンを作ってほしい。」
期待の大きい分、開発陣もハードルの高いことは重々承知していることだろう。

我々ジャーナリストは焦れてもいる。早く2015年型NSXのステアリングを握ってみたいのだ。デトロイトショーでセンセーショナルなデビューを遂げて早2年が過ぎた。昨年の夏には、新型NSXのプロトタイプが、ミッドオハイオ・スポーツカー・コースで、インディカー・シリーズ第14戦「Hondaインディ200・アット・ミッドオハイオ」のスタート前にデモンストレーション走行を行った。果たして今年中に我々が新型NSXの走る姿を目にし、ステアリングを手にする機会はあるだろうか。我々にとってもそれほど気になる存在なのだ。

ジャーナリスト仲間のひとりでNSXファンの、カナダ「Toronto Star」誌のジム・ケンジーは嘆く。「たくさんのショーカーやコンセプトカーやカモフラージュされたテストカーを見たけど、本物のプロダクションモデルはいつ見られるのか?」
すべての答えはこの1年の間に明らかになるはずだ。しかしこの1年が10年にも相当する長さに感じるのは私だけだろうか。

ジョン・ラム氏について

30年以上のキャリアを誇る全米一有名な自動車のライター&フォトグラファー。米「ロード&トラック」誌の非常勤エディターを務めながら、日本のカーグラフィック誌など各国の自動車雑誌に見識とクルマへの愛情に富んだ原稿を寄せている。NSXの価値の高さを広く世界に伝えるなど、Hondaの一信奉者でもある。故郷のウィスコンシンの大学に在学中からレースの写真を雑誌に寄稿し始める。ベトナムにも報道記者として従軍。仕事でも趣味でも自動車を愛し、取材範囲もニュー・テクノロジー、ビンテージカー、紀行文と広い。

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