
日常の移動を刺激的で気持ち高ぶる体験へと
進化させることを目指したSuper-ONE開発秘話#Super-ONE #メカニズム #エンジニア #電動化2026.05.21
電動化が進む時代において、EVにおける“走りの楽しさ”とは何か。
Hondaとしてその問いに向き合う中で生まれたのが「Super-ONE」だ。
シャシー性能、軽さやレスポンス、そしてリズムや音といった要素を通じてドライバーの操作に対するクルマの応答がどうあるべきか。
その開発には、従来の枠にとらわれない試行錯誤が積み重ねられていた。
開発メンバーたちの言葉から、Super-ONEが目指した“新しい走りの楽しさ”のかたちを紐解いていく。
答える人

株式会社本田技術研究所 四輪研究開発センター・完成車性能開発室 アシスタントチーフエンジニア前川 裕行(まえかわ ひろゆき)2000年入社。ステアリングテスト担当として北米ODYSSEY、STEP WGN、CIVIC等を担当。2015年より車体研究プロジェクトリーダーとして、ACURA CDX、CR-V、INSIGHT等を担当した。現在は各機種のダイナミック性能をまとめる業務を行っている。Super-ONEでは、車体の動きやNV性能、強度耐久に関する開発に携わった。

株式会社本田技術研究所 SDV研究開発センター・開発推進イニシアティブ&アーキテクトブロック アシスタントチーフエンジニア児島 泰(こじま やすし)1994年入社。燃料電池自動車FCX、FCX CLARITY、CLARITY FUEL CELLの開発を担当。その後、電気自動車FIT EV、CLARITY BEV、Honda eの開発に携わる。現在は軽BEVシリーズのパワートレーン制御領域でプロジェクトリーダーを務める。Super-ONEでは、パワートレーン制御全般に加え、出力拡大機能・仮想段制御の検討などに携わった。
Hondaがやるならとことん“楽しい” EV
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まず、このSuper-ONEはどのような背景から生まれたのでしょうか。
前川:やはりHondaなので、乗って楽しいクルマをつくりたいという思いが常にあります。N-ONE e:を開発していて素性がとても良かったので「じゃあこれをもっと走りに振ったクルマにしたら面白いんじゃないか」と話し合ったのが始まりです。
素性がいいとは?
前川:EVは大体クルマの真ん中の床下に重量のあるバッテリーを積みます。そうすると重心が下がって前後の重量バランスも良くなります。ガソリン車のN-ONEが元々ボディー剛性が高かったこともあり、EVにしてハンドリングがすごく良くなったんです。
児島:走りに振る方向性を探るために、鷹栖のテストコースにいろんなテスト車を持って行きみんなで走ったんです。その中で、N-ONE e:のトレッドを拡げたやつがよく踏ん張って抜群にコーナリングが良かった。そして、Honda eを使ってパワーウェイトレシオをSuper-ONEの70kW相当にしたやつも思った以上に走った。これを組み合わせたらめちゃくちゃ面白いクルマができるなと。

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そこから開発が動き始めた?
前川:開発現場にあったN-ONE e:にワイドトレッドスペーサーを無理やり組みつけて、でっかいタイヤを履かせて70kWにして走ってみたら、思った通りすごく面白くてこれはいけるぞと。それで役員を乗せたら、予想通り「面白い!」と言って開発がスタートしました(笑)。
どんなクルマにしようと思ったのですか?
前川:走りを楽しくするためならなんでもやろうという意気込みで開発を進めました。私はシャシー担当で、まずはセッティングの土台となるタイヤを選びました。テスト車で走行を重ね、かなり太めでグリップのいいタイヤにしたんです。当然ながらタイヤの転がり抵抗も大きくなり航続距離に影響しますが、走りの“FUN”を優先しました。

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セッティングにもこだわった?
前川:いいタイヤなので当然横方向にかなりの横Gが出ます。フロントサスペンションのロアアームをアルミ鍛造にして剛性を高めたり、リアではサスペンションアームを厚くし、タイヤを支える前後のハブ剛性も強化することでしっかりと踏ん張るようにして、ステアリングレシオもクイックにしました。
車重が1,090kgと軽いことも有利ですね
前川:クルマにとって軽さは有利です。Super-ONEはバッテリーを大きくせず軽さを優先しました。この軽さのおかげで、スッとステアリングを切ったらパッと軽快に向きが変わって踏ん張って曲がっていくような、本当に気持ちよくコーナリングするクルマに仕上がりました。このハンドリングは、車軸付近に重いエンジンがあるガソリン車や、重量級EVには出せない、軽量EVだからこそできる唯一無二のものだと思います。軽いため、足まわりを硬くし過ぎなくて良いので乗り心地もいいんです。
児島:アクセルを踏んでも戻しても瞬時に反応して、ドライバーの意思に素直に反応して走る一体感のあるクルマにすることを目指しました。
マニアックな話になりますが、EVでアクセルオフしてコーナーにアプローチしてから再びアクセルを踏み始めると、減速から加速に転じて回転系にかかる力の向きが変わるので、どうしてもショックが出ます。それを和らげるためにほんの一瞬駆動力を抜く制御をしなければなりません。 
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Super-ONEだけの特性ですか?
児島:モーター駆動車すべてが背負う宿命です。そうすると、コーナーの頂点でアクセルを踏んでいるのに一瞬反応しない時間が生じる。楽しさを徹底して追求していたので、その一瞬の“間”を感じないように、コンマ数秒の世界で駆動力を制御したことでコーナリングがめちゃくちゃ楽しくなりました。世の中にたくさんEVがありますが、この気持ちよさを表現できているクルマは少ないと思います。
前川:これまでの話では航続距離にこだわらないように聞こえたかもしれませんがそうではありません。前後のブリスターフェンダーに、ダミーではなく効果的な穴を開けてホイールハウスの空気を抜くブリーザーダクトを採用するなど、空力性能に徹底的にこだわったので、Super-ONEは走りに特化したにも関わらず274kmというWLTCモード*1での航続距離を達成しています。
空力で特に苦労したのはリアタイヤの前ですね。あのあたりは実はあまり空気が流れていないんです。そのわずかな空気をうまく捉えて流すために、穴の大きさや形状、位置をかなり苦労して見だしました。あれ以上でも以下でもダメだというベストな仕様です。 -

リアのブリスターフェンダーに開けられたブリーザーダクト。機能だけでなくデザインとしても魅力的。

ボディー下面にリアアンダーカバーを追加してできるだけフラットにし、空力性能を向上させている。このクラスでここまでこだわるのは稀有といえる。

リアバンパー内に溜まる空気の圧力を下げるスリットまで設けている。

リアアンダーカバーで接地性が向上したリアとバランスをとるためにフロントグリルのスリットの一部にタテ壁を設け、空力的に下向きの力を発生させている。

フロントグリルの拡大写真。下3段のスリットにタテ壁があるのがわかる。
*1 Worldwide harmonized Light vehicles Test Cycleモードの略称。市街地、郊外、高速道路の各走行モードを平均的な使用時間配分で構成した試験法
制限を超えて生まれた“BOOSTの体感”
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Super-ONEといえばBOOSTモード*2が話題です
前川:ブリスターフェンダーで踏ん張りの効いたSuper-ONEのデザインは、1983年のCITY TURBO II “BULLDOG”のオマージュでもあります。その“BULLDOG”には、4,000rpm以下でアクセルを全開にすると10秒間だけターボの過給圧をアップさせるスクランブル・ブーストという機能があったんです。だったらSuper-ONEにもそういうのがあったら面白いんじゃないかと。
児島:最初は“BULLDOG”のように一定時間だけパワーアップさせていたんです。でも走り込むうちに、あまりにその走りが楽しいので、選択できるモードにしてずっとパワーアップさせたままにしようと。
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どうして70kWだったんですか?
前川:最高出力の値も数字ありきで決めたわけではないんです。テスト車に乗りながら、人が「おっ!」と感じるのはどれくらいかを探っていった結果が70kWでした。その出力を達成できるようにパワートレーン部門に頑張っていただきました。

はじめはセンターコンソールのボタンも検討されたが、いつでも好きなときにパッと押せるよう、ステアリングにBOOSTモードボタンを設定し、目立つようメインカラーの紫色にした。
*2 最大出力を通常モードの47kWから70kWへと拡大し、パワーユニットの性能を最大限に引き出し、力強く鋭い加速を可能にする走行モード
EVの走りに“リズム”を与えるという発想
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Super-ONEで特に印象的な “仮想有段シフト制御”を導入したのはなぜ?
児島:正直、最初はかなり悩みました。EVはアクセルを踏むと瞬時にシームレスに加速していくのが一番の魅力じゃないですか。そこにあえて変速のような段付きの挙動を加えることは本当にプラスになるのかと。
採用しないという選択肢もあった?
児島:ありました。むしろ初期段階は「やらない方がいいんじゃないか」という声も多かったです。
前川:ただ、走って楽しいEVを作ろうとしているので、スムーズな加速でもそれが続くと単調に感じてしまうんです。その中で、「ドライバーにどのようなフィードバックを返せるか」を考えた時に、“リズム”という要素が重要になるのではないか、という議論になっていきました。
気持ちよさのための “変化”をどう生み出すか
児島:悩んでいるとき、DCT*3を搭載しているクルマでワインディングを走ってみたんです。すると、自動でシフトアップやシフトダウンをしてくれて気持ちよかった。それまで仮想有段シフト制御はマニュアル操作を想定していたのでEVのよさを阻害するのではと思っていたのですが、DCTのように自動で上手にシフトアップ・ダウンしてくれて、その音や振動、ショックが味わえると楽しいよね、と方向が定まりました。
具体的には、どのようにその“リズム”を表現していったのでしょうか
児島:DCT車の挙動を参考にしながら、加減速のリズムの変わり目にモーターを制御してシフトショックのような体感を加えました。開発を進めるなかでPRELUDEが同じような効果を目指すHonda S+ Shiftの開発をしているのを知り、制御ソフト構築など足並みを揃えて進められたので効率よく構築することができました。PRELUDEは8速ですが、Super-ONEは7速でちょうど良いリズムを感じられました。
その結果として、ドライバーはどのような体験を得られるのでしょうか
前川:EV本来のスムーズな加速に加えて、加速や減速でDCTを搭載したエンジン車で走っているような刺激を感じられるようになります。
児島:EVでありながら、仮想有段シフト制御で変化するエンジン回転数を表わすタコメーターも付けましたから、視覚的にもリズムを感じられます。自動変速だけでなくマニュアル操作も行えるようにしたので、変速しないと回転が上がり切ってレブリミッター*4を模したトルクカットと断続的な音によって“レブ当て”のような演出を行い、回転限界近くでクルマを操る楽しさも提供していますので、ぜひ試してほしいです(笑)。
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左がSPORTモード、右がBOOSTモード。中央のタコメーターのレッドゾーンの範囲が変わっている。
上がSPORTモード、下がBOOSTモード。中央のタコメーターのレッドゾーンの範囲が変わっている。
*3 デュアル・クラッチ・トランスミッション (Dual Clutch Transmission)の略称。多段式のトランスミッションで、2系統のクラッチを使って変速を自動化することで、マニュアル車のようなダイレクトな加速とAT車の快適性を両立した変速機
*4 エンジン回転数が設定された上限を超えないように回転を制限する制御
サウンドはクルマとの“対話”のため
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アクティブサウンドコントロール*5もいい音らしいですね
前川:EVにはいろいろな音を出すクルマがありますが、それではただ音が聴こえて「楽しいな」で終わりです。私がやりたかったのは、クルマという機械がどう動いているかをドライバーに伝えるための音をつくることです。さまざまな音を試しましたが、最終的にドライバーが違和感なく馴染むエンジン音を選びました。そして、エンジンの音であることをわからせ、クルマがどう動いているかを的確に伝えながらドライバーのテンションを上げる音を目指したのです。
児島:音質だけでなく、操作と挙動と音がちゃんと一致しないと違和感になるんですよね。
一致する音をつくるのは難しそうですね
前川:かなり苦労しました。最初はHondaらしい高回転エンジンっぽい音も試したんですけど、音だけが先に走ってしまってクルマが後から着いていく感じ、要するにクルマが遅く感じてしまったのです。開発はなかなか大変で、担当者は夢の中でもアイデアを巡らせ、テストしていたそうです(笑)。
児島:体感と合わなくなるんですよね。
前川:モーターはトルクの出方がグググっと力強いので、その特性に合わせて低音を選びました。ボコボコという排気鼓動も意識しながら低音をつくり、単調にならないように回転数に合わせてさまざまな音を重ねて振動感までも表現しています。もちろん高回転域では“力を出し切る音”を加え高揚感を演出しています。
音がどこから聴こえるかも大事です。エンジンの唸りや振動は前の方から、排気音は後ろから聴こえるように音場も含めてつくり込んでいます。音そのものだけでなく、走りとの関係性の中で設計されているんですね
前川:鷹栖のテストコースでさまざまなコースを走りながら、音と走りを一緒に開発しました。加減速、コーナリングなどあらゆるシーンで音が走りと自然につながるように、こだわって合わせていきました。
児島:みんな楽しく開発してくれて、鷹栖に持っていくたびにクルマがよくなっていくんですよ。今振り返ってもこんな楽しい開発はなかったなと感じています。
*5 Active Sound Control (ASC)。アクセル操作や走行状態などに応じて、音質・音量が調整された音をオーディオスピーカーから車内に発することで、ドライバーの操作意思やクルマの動きと調和した加速体験を提供する技術
エンジン車が好きな人にこそ乗ってもらいたい
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最後に、このクルマをどんな人に乗ってほしいかを教えてください
前川:クルマが好きで、これまでいろいろなモデルに乗ってきた方には、ぜひ一度乗って欲しいですね。EVに対して固定的なイメージを持っている方も多いかもしれませんが、その印象が変わると思っています。航続距離のために大きい電池を積んでパワー出すEVではなく、軽くて仮想有段シフト制御があり、音もあり、BOOSTモードもあって、足もいい、これまでにないEVになっていますから。
スポーツシートのサポート感や、ステアリングホイール表皮についてはデザイナー提案のバックスキンをあえて選ばず、素手で操作することの多いこのクルマにはスムースレザーが良いと逆提案したりと、とことんこだわった細かいポイントも、ぜひじっくり味わっていただきたいです。児島:エンジン車が好きな方に体験してもらいたいです。「EVってこういう楽しさもあるんだ」と、きっと感じてもらえると思います。本当に気持ちよく走り、気持ちよく曲がります。踏んだ瞬間にトルクが出るSuper-ONEは、特に細い山道で面白いです。とことんこだわって楽しんで開発しましたからね。クルマがEVになると誰でもつくれる白物家電のようになるとよく言われますが、そんな簡単なもんじゃないですよ。
前川:楽しくなるならなんでもやろうという意気込みで開発をはじめましたが、もちろん身近な存在として提供できることにもこだわりました。名前はSuper-ONEですが、私たちがつくりたかったのは、スーパーカーではなく、みんなに楽しんで乗っていただけるHondaらしいEVでしたので。


