不変のTYPE Rスピリット 上原 繁×柿沼 秀樹 対談 《後編》

不変のTYPE Rスピリット上原 繁×柿沼 秀樹 対談 《後編》
2020.11.16

上原と柿沼の対談。後編は「TYPE R」として引き継ぐものの具体的な話から、Hondaのスポーツカーの乗り味へと話題が展開していった。その興味深い話題の中身とはいかなるものか、じっくりとご覧いただきたい。

話す人

柿沼 秀樹

柿沼 秀樹
1991年に入社後、サスペンション性能の研究開発部門で、運動性能にまつわる車両ディメンションやサスペンションジオメトリーなどの研究開発を担当。1999年のS2000以降、シビック TYPE RやNSX等スポーツモデルを中心に車両運動性能開発を手がけた。2017年にシビック TYPE Rの開発責任者を務め、今回のモデルチェンジでも開発を率いた。

上原 繁

上原 繁
1971年に入社以来、操縦安定性の研究に携わる。1985年からミッドシップリサーチプロジェクトに参加。1990年に開発責任者として初代NSXを誕生させた。1992年にNSX-Rを開発し、TYPE Rブランドを立ち上げた人物。その後、インテグラ TYPE Rをプロデュースし、TYPE Rブランドをライトウエイトスポーツに展開するきっかけを作った。初代NSXを進化させ続け、S2000の開発責任者も務めるなど、Hondaのスポーツカー開発に携わった。現在はHondaを退職している。

──では、前編の続きです。上原さんがブランドは結局モノが重要だと。

上原

いろいろとソフト的に手を尽くしても、真実はモノに宿っているわけです。いいモノがあれば、ブランドができる。そういう意味で、他の車種にもTYPE Rを展開すると面白いと思うけどね。N-ONEなんて、6MTモデルがあるんでしょう?

柿沼

N-ONEにもTYPE Rがあったら面白いですね! オーナーズカップレースもありますし。会社にとって大切なブランドだから・・といって、そのバッチを箪笥の奥に仕舞っておいたのではもったいないですよね。

上原

難しくないと思うんですがね。継承するのは赤バッジとチャンピオンシップホワイトだけで、あとは自由にやればいいんですから。

柿沼

上原さんがインテグラTYPE Rをつくったあと、シビックや欧州アコードに展開されていったときはどういう経緯だったんですか?

上原

やっぱりその当時のシビックやアコードの開発チームが、うちもTYPE Rをつくりたい!って。それを企画にして通してきたからだね。

柿沼

当時はそういうイケイケムードがありましたよね。いまでは私から周りに『TYPE Rやろうよ!』って誘っているくらいなんです(笑)。

上原

そう。そういうときに数値は追わない方がいいね。「エンジンが何馬力だから偉い」という昔やっていたような話は、エンジニアリングとして高いレベルの話じゃないですから。

──初代のインテグラTYPE Rで求めた、数値ではないものとはどういうものですか?

上原

そうですね、ダイナミクス的に言うと、前編でも言ったようにダイレクト感かな。それから、自分の手足となってクルマが動くような、一体感が大事ですよね。必ずしもエンジン出力ではないし、速さだけでもない。

柿沼

その通りだと思います。速さでいったらレーシングカーには敵わない。でも速さを研ぎ澄ませたレーシングカーに宿るような、五感に響くものというかな。何か、ハートに沁みるものがあってはじめてTYPE Rだと思います。そういう点で、いかに魂を込めるかが大事ですよね。

上原

手段はいろいろあってね、要はアウトプットがどういうものになっているか。あとは、そのモノに込めた気持ちですね。込められた気持ちがダイレクトに伝わるような、そんなクルマがいいですね。

柿沼

自分がTYPE Rを引き継いで開発していくなかで、TYPE Rというモノに込めた気持ちを一番大切にして、繋げていかなければと感じています。そんななかで、2代目NSXが出た頃、もう卒業されていた上原さんのインタビュー記事を雑誌で目にしました。さっきもおっしゃっていましたけど、「いいんだよ、今の人がいいと思ったことをやり、いいと思うクルマをつくれば」と書いてあったんです。それを読んで、僕はある意味ほどけた気がしました。TYPE Rをつくってきた強者の先輩たちが卒業していって、自分がそのバッチを背負って開発をしていく上で、どうしていこうか悶々としていたときに、上原さんのその言葉を読んで・・

上原

縛りはない方がいいね。赤バッチとチャンピオンシップホワイト以外は。

柿沼

そう言ってもらえたのは、すごくほどけたし、「よし」と思いましたね。だから、過去を守ることよりも、これからの時代にありたいTYPE Rをつくろう!と決意して開発に挑むことができました。

──TYPE Rは、赤バッジとチャンピオンシップホワイトだけを引き継げばいい、と?

上原

それはHondaのスピリッツを引き継ぐことだからです。とんでもないことに挑戦するHondaの魂というか。それがあればいいじゃないですか。

柿沼

赤バッジという意匠に込められた魂みたいなものが、赤バッチを残す意味だと思うんですよね。ただ貼っておけばいいんじゃなくて。これを貼り付けるからにはという。そういうところの軸だけは不変にしなきゃいけない。

上原

あとはいいんじゃないですか、自由に考えて。でも、パッと乗ったときに、「これは」という驚きというか、インパクトはなければいけませんね。

柿沼

それはものすごく大切にしています。

──以前、上原さんにHondaのスピリットとは何かと伺ったら、「一番になる」ことだと。

上原

そう言いましたね。

柿沼

何でもいいと思うんですけど、他にはない持ち味というか、その中で一番をとるという思い。世界一のクルマをつくっているんだっていうと、みんな燃えますからね。「世界一のFFスポーツカーをつくっているんだよ、君は」って言うと、まったくモチベーションが違ってきます。結局それがアウトプットにも繋がりますから。そういうものがなくなっちゃいけない会社なんだと思います。

上原

そう。いろいろ突き詰めて考えると、「一番になる」ために燃えるのがHondaですね。

──では、Hondaのスポーツカーというのは、どういうものかという話題をお願いします。

上原

そうですね。Hondaのスポーツカーというのは、真面目に性能を要求されるんです。そこが他とは違うところかな。それから、これはHondaの伝統だけど、人の真似をするのが嫌で、独自の方法を取りたがる。あと、よく割り切るのがスポーツカーというけど、Hondaは実は割り切らないんです。特に人のまわりは。スポーツカーでは、エンジンとかトランスミッションのために、人間が少し窮屈なところに押し込められることがありますが、Hondaではそういう割り切りは通らない。それからもうひとつは耐久性。耐久性を真面目なくらいに守って、「スポーツカーだから壊れてもいい」という考えは通らない。だから、すべてにおいてしっかりつくっていますね、Hondaのスポーツカーは。

柿沼

まさにNSXの考え方ですよね。

上原

そうなんです。機械的な意味でのエクスキューズは、たとえスーパースポーツでもHondaでは受け入れられませんね。

柿沼

自分も開発していて、強度や耐久性面をとても大切にしながら取り組んでいます。“お客様に質の高い商品を適正な価格で供給することに全力を尽くす”と社是にも書いてありますけど、本当にスーパーカブからNSXまでその通りですね。たとえば、同じ2リッターターボでもTYPE Rよりパワーが出ているエンジンはありますが、うちの耐久基準にはなかなか合致しないと思います。

上原

トランスミッションもそうだね。

柿沼

本当に。真面目過ぎるぐらい頑張りますから (笑)。

上原

初代のNSXは途中でエンジンを3.2リッターに排気量アップしたのですが、適用したのはMTモデルだけでした。ATモデルだと、3.2リッターエンジンでは持たないという検証結果だったからです。

柿沼

まさにHondaらしい。でもそれだけでなく、性能でも妥協しないですよね。一番になるのが好きな会社ですから(笑)。

上原

そうそう。それとね、結局は鍛冶屋の倅(せがれ)がつくったスポーツカーなわけです。本田宗一郎の実家は鍛冶屋だったでしょ。だから、村の鍛冶屋がつくったスポーツカーなんです(笑)。装飾品でもなく、華奢なものでもなく、鍛え上げてつくった、一般の人が乗って、高性能で壊れないという、よき道具となるスポーツカー。

柿沼

それって、裏を返せばお客様にとって本当に貴重なスポーツカーですよね。しっかりとしたベネフィットを持っている。

──エンジニアリング的にいっても高度ですよね。

柿沼

高度です。開発するほうは大変ですよ (笑)。シビック TYPE Rは、大人4人が乗れるゆとりの居住空間と、しっかりと荷物を積める荷室空間を持ったシビックがベース。Limited Editionも含めて先進の安全運転支援技術Honda SENSINGを搭載しながら、鈴鹿サーキットのFF車最速タイムを実現したわけです。速さのために人に不便や不安全を背負わすことなく、高度な技術とエンジニアリングで、優れた運動性能に裏打ちされた速さを実現しています。

上原

高性能と耐久性や居住性の追求は相反することが多いわけで、エンジニアリング的にかなり高度なことをやっていると思います。

柿沼

たとえば、タイヤサイズが上がっていくと、足まわりや車体は強度耐久性の面でつらくなっていきます。普通にやると重くなってしまう。でも、高性能にするためには重くしてはならない。いかに強度耐久性とウエイトとコストを高いレベルで両立させるか。課題ひとつひとつと向き合い、技術的なチャレンジを経て開発しているわけです。ですから、シビック TYPE Rは、同カテゴリーのスポーツモデルと比べても軽いです。材料置換や専用部品化など、より多くのコストをかけて軽量化を図る、という手段もありますが、それによる売価UPや生産性低下は、TYPE Rというブランドの考え方ではないと思っています。

──あと、Hondaらしい乗り味もあるような気がします。

上原

Hondaはとにかく真面目ですよね。乗り味の面での真面目とは、限界をきっちり押さえて開発していることです。限界というのは、操縦安定性やサスペンションの限界もあるし、ブレーキの限界もあるし、エンジンの限界もある。手間や苦労を厭わず、それらをすべてきちんと押さえてやっていることです。限界まで突き詰めるのは、時間と手間とコストがかかりますからね。もちろん技術的にも困難な課題に直面します。

柿沼

その通りだと思います。そういう真面目な開発をすることで、ステアフィール、シフトフィール、アクセルレスポンス、ブレーキフィール、といったすべてが違ってくる。しっかりとした手応えがあり、一体感と安心感の上で高揚感に満ちた乗り味が生まれます。

上原

すべてが調和しているんですよね。

柿沼

もうひとつは、モノをつくる前に蘊蓄(うんちく)を語ったりはしないことですかね(笑)。

上原

ああ、語らないですね。

柿沼

うちって、蘊蓄を先に語っていく会社じゃなくて、まずモノをつくって、モノを出すときに、ちょっと言うぐらいじゃないですか。うちはそこが下手な部分でもあり。これからの時代はもっと発信していかなければと思っています。ただ、元々のそこは文化の違いだと思います。さっき、上原さんがおっしゃったように、真面目なんですよ。

上原

最初に現物ありきですね。ダイナミクスは乗ってみないとわからないですから。

柿沼

だから、赤バッジとチャンピオンシップホワイトという、何か伝わりやすいものをキーにやっていくのは、すごくいいと思います。TYPE Rは、それぐらいの歴史を十分に築いてきたわけですから。

上原

それでいいんじゃないですか。期待を裏切らないモノをアウトプットすれば。

──最後に柿沼さん、これからの抱負をお願いします。

柿沼

僕は30歳を過ぎた頃から、ダイナミクス開発の上で、Hondaのスポーツを背負っていくつもりでやってきました。入社して、先輩たちがNSX-RやインテグラTYPE Rなどをつくってきた情熱を引き継いでいることもあり、「俺がやるしかない」と感じてのことです。
TYPE Rは、自分が見てきた現場にほとばしっていた開発者たちの熱い思いが起源にあって、揉まれて磨かれてきたきわめてHondaらしいブランドです。だから、途絶えさせるどころか、もっと光り輝かせていきたい。時代は環境対応が最重要テーマであり、サステナビリティーの上で企業も存続し続けていかねばなりません。そんな時代だからこそ、クルマという乗り物の根源である操る喜びを、今まで以上に光らせたTYPE Rをつくっていくべきだと感じています。こうした喜びを感じるクルマがなくなることなんて絶対ないと思うんです。

上原

そうですね。

柿沼

だから、Hondaらしさの象徴でもあるTYPE Rを開発し続けて、ちゃんと花を咲かせ、次の世代に渡し、それを望んでいるお客様に届け続けたいと願っています。それだけです、僕の思いは。そのためにいま僕にできること、やらなきゃならないことに一生懸命に取り組んでいます。

上原

柿には、TYPE Rのブランドマネージャーとして頑張って欲しいですね。Hondaのスポーツカーブランドとして息長く育てていく必要があると思うからです。それには、乗れて熱意があり、ちょっと理屈っぽい操安経験者が最適 (笑)。そしてなにより彼がTYPE Rを近くで見てきた唯一の開発者だと思うからです。こういうことは、意志を持って、旗を振って、自分で松明(たいまつ)を灯していく人間がいないとダメなんです。そして、他人任せではなく、「俺がやるんだ」という人間には、不思議と人が付いていくんですよね。

柿沼

はい。

上原

引き継ぐものは、赤バッジとチャンピオンシップホワイト、それだけ。TYPE Rの今後に期待しています。

──お二方、ありがとうございました。

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