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テッド・クラウス/水上聡対談2代目NSXが生まれるまで、そしてこれからの進化

2016年に誕生した2代目NSXの開発責任者、テッド・クラウスは、このモデルをさらに進化させていくにあたり、かつてともに机を並べ、研究に打ち込んだ水上 聡にその役目を託した。
クラウスはどのような道を辿り、スーパースポーツの新たな世界を切り拓いた2代目NSXを生み出したのか。水上は、これからどのようにこれを進化させていこうとしているのか。ふたりの開発責任者が語り合う。

1990年 クラウス、水上とNSXとの出会い

2代目NSXの開発責任者を務めたのは、アメリカの研究所でアキュラCL、TL、MDXなどのほか、北米モデルの「リッジライン」等の開発を手がけてきたテッド・クラウスである。もともとアメリカの自動車会社のエンジニアだった彼がHondaにやってきたきっかけ、それこそが1990年のデトロイトモーターショーに出展されていたコンセプトモデル「NS-X」だったのだ。ショーが終わる1時間ほど前。人気のない会場に静かに置かれたNS-Xを見たときのことをクラウスはこう振り返る。

初代NSXのコンセプトモデル「NS-X」

クラウス「見た瞬間に『ワオ』と思いました。その当時のフェラーリやランボルギーニといったスーパーカーは、私の目から見るとパタン、パタンといろいろな面が錯綜していてデザインに一体感がないと思っていました。でも、NS-Xは美しかった。技術者の目で見るとわかります。奥に機能の見える美しさだったのです」

クラウスを魅了した初代NSX。そのプロトタイプの開発に携わっていたのが、2019年モデルNSXの開発責任者を務めた水上聡だ。当時の水上はHondaに入社したばかり。初代NSXのプロトタイプと、ライバルとして設定したポルシェ911やフェラーリ・テスタロッサなどと比較テストに従事しながら、NSXのダイナミック性能を磨き上げる役割の一端を担った。

「NS-X」の走行風景。水上はこのクルマと世界のスポーツカーとの比較テストにも従事した。

水上「僕が研究所に入って間もない頃、NS-Xのテストに呼ばれて真夜中のテストコースを走ったときのことを覚えています。想像でしか知らなかったスーパーカーに触れて、しかも、それらを超えるクルマをつくろうとしているということに、とても興奮しましたね」

1991年 研究所で共に机を並べながら

1991年、NSXに魅せられたクラウスは勤めていたアメリカの自動車会社を辞め、Hondaへと移った。すぐに配属になったのが、NSXの開発も行われていた、栃木県の本田技術研究所。クラウスと水上はここで出会い、ともにハンドリング性能についての研究に携わることになる。
クルマの走る、曲がる、止まるのうち「曲がる」をつかさどるステアリング。その操作に対し、車両がどのように運動するのかについて深く考える日々が続いた。ちなみに、初代NSXの開発責任者を務めた上原繁も、もともとこの分野の研究を行っていた。

クラウス「水上さんとは一緒にダイナミック性能の研究をしたね。2年間」

栃木県の本田技術研究所に配属になったクラウスが初めてプロジェクトに加わった、1994年モデルのアキュラ インテグラ

水上「そうだね。とにかく驚いたのは、テッドがすごい速さで日本語をマスターしていったということ。ひらがな、カタカナを使いながら文章も書けた。アメリカから来たエンジニアでそんなことができる人はいなかったから、びっくりしたのを覚えている」

クラウス「研究所の社員同士の会話にも、宗一郎さんの考え方があふれているでしょう?毎日毎日、お客さまのため、社会のためにいいものを作ろうと深い考えを戦わせている。その真意は日本語じゃないとわからないからね。だから独学で日本語をマスターしたんです」

水上「言葉のことだけじゃなくて、テッドとはもっと深いところで考えが通じ合っていたという実感がある。仕事のことで悩んでいるときに、どちらからともなく『テッドは何考えてるの?』『水上は?』なんて言葉を交わしながら、お互いのアイディアを語り合ったのが記憶に残っています。いいクルマを作るには自分の仕事が済んだらそれでおしまい、というのではなくて、チーム全体のことを考えながら開発を進めるというスタンスが大事。テッドの仕事からはそれが非常によく感じられたんです」

1998年 「人間の意に沿ったハンドリング」を目指して

その後もふたりの交流は続く。アメリカでデビューした1998年モデルのアコードでも、クラウスと水上は共にステアリングフィールに関する開発を行っている。

水上とクラウスがともにステアリング性能の開発に取り組んだ、1998年モデルのUSアコード。

クラウス「毎日毎日、ステアリングセンター付近のフィーリングとか、クルマ全体の動きとか、いわゆる接地感というものについて研究したね」

水上「そう。先行開発の時期から、『人間の意に沿ったハンドリング』を実現したくてテッドたちのチームといっしょに技術開発をした。開発責任者を僕がやっていて、アメリカに行って実際にクルマをつくった。ステアリングから安心感を感じさせるための研究をしたり、クルマ全体の動きの解析をしたり。そういったことをテッドたちとやったんだよね」

クラウス「安心感があると、人間の脳は正確にクルマを操縦できるようになる。当時はまだ世界的にも理解されてはいなかったけれど、複雑な議論をたくさん重ねてクルマをつくって行ったのを覚えています。安心感とワクワク感は交わっている。そういうことを水上さんたちと話しながら開発ができたのは、僕の中で貴重な財産になっています」

水上は2000年モデルのオデッセイ、2003年モデルのUSアコード等でダイナミック性能領域を担当したのち、2005年のインテグラ TYPE Rで車体研究開発責任者を務めている。

水上「NSXで目指したことも、まさにそれなんだよね。この頃はまだ『危険な匂いのするのがスポーツだ』なんて声もある中で、NSXは『緊張ではない、解放するスポーツ』を目指して進化を続けていた。この歩みの先に、テッドのつくった2代目NSXがあるわけですね」

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