
S耐の現場で磨かれる
熱きものづくりのスピリット2023.12.21
シビック TYPE Rなどスポーツカー開発者をはじめとした有志が集い
自己啓発チーム “Honda R&D Challenge”(以下HRDC)を結成し
スーパー耐久シリーズ(S耐)というレースへの挑戦を2019年から行っている。
参戦5年目、年間フル出場2年目の2023年、ST-2クラスでチャンピオンを獲得したが
メンバーはなぜ、何を求めて参戦を続けているのかを最終戦の現場でレポートした。
S耐の現場で磨かれていたものとは。
5年越しの挑戦
2019年にシビック TYPE R(FK8)で参戦を開始し、フル参戦を開始した2022年には、デビューしたてのシビック TYPE R(FL5)を最終戦に投入。2023年は開幕戦からFL5で優勝を飾り、シーズン2勝を挙げてST-2クラスでチャンピオンを獲得した。
メンバーは、日常の業務を行いながら、隙間時間に車両の開発や参戦の準備を整える。レースウィークは、平日の木・金曜日は有給を取り、土・日曜日は趣味として活動し、月曜日に出社。もちろん自ら興味のあるモータースポーツに関わる趣味であるが、なかなかハードなスケジュールといえる。
いい結果につながった2023年であるが、開幕戦で優勝を果たしたものの、夏場の熱対策などトラブルの改修に追われた1年だったという。「通常の業務を行いながら、いつこのクルマの開発を行っているのだろうと思います」と、タイヤコントロールに携わるメンバーは語った。
日常業務にない経験を持ち帰る
日常業務でパワートレーンのセッティングを行っているメンバーは、「トラブルがあったときに、エンジンなのかそれ以外なのか、クルマ全体を知る必要があり、かなりクルマに対する知見が広がります。そして、レースウィークの限られた時間の中でいかに改善して少しでも良い状態で走らせるかを決めていくので、スピード感や決断力が磨かれます。日常業務のようにエンジン系のメンバーだけではないので、他のメンバーに対する伝え方も学べます。実際にクルマの開発も同じような形でやっているので」と語った。異なる意見を調整して判断し、それがどのような結果につながったかをレースでは短時間で知ることができる。たとえ失敗したとしてもそれは、判断の経験として活かされる。
知見が広がる一方で、速さにこだわってひとつのことを突き詰められることもいいとメンバーは異口同音に語った。レースの現場で本質的な性能を突き詰め、究極の性能を知った上で、その手前にある日常のクルマをどう作るか、深みのある開発が行える。FK8からFL5への進化にも当然ながらHRDCの経験が活かされている。
パワーの出し方やパワートレーンの熱耐久性、シャシーセッティング、ボディー剛性バランスの取り方などその領域は多岐にわたる。
S耐では、数時間から24時間レースという長丁場のレースもあり、さまざまな部門において運動性能や耐久性の知見を深められる。相手よりも速く走るという明確な目標に向かって自分でクルマを作って自分で乗ってみる経験も、血の通った開発につながる。
シビック TYPE Rの開発では、鈴鹿サーキットやニュルブルクリンクでのサーキット走行テストが行われるが、HRDCの経験がそうしたテストで生きるという。高負荷高速域のサーキット走行でどのようなデータを取り、どのようなセッティングを行うとどのように性能が変化するか。リスクも伴う走行条件のなか、コースを使用する短時間で行うテストを的確かつ安全に行うには、ふさわしい経験や知見が必要なのだ。レースでの経験は、その力を着実に育てる。
監督もメカニックも開発エンジニアもドライバーもすべて、Hondaの有志が行っている。自己啓発なので役割も固定ではなく、自分が何をやりたいかという意志が尊重される。
元々Hondaはこのようにレースを始めたのでは
レーシングドライバーの武藤英紀選手は、HRCからカーボンニュートラル燃料を使用しているCIVIC TYPE R CNF-Rでスーパー耐久ST-Qクラスに参戦しているが、2022年の最終戦と2023年の開幕戦は、HRDCのFL5のステアリングを握り、開幕戦の優勝に関わった。プロドライバーの目から見て、HRDCのチームはどう映っているかを最終戦の決勝レース前に聞いた。
「アマチュアとは当然見ていなくて、一人ひとりのものすごいエネルギーが集結してあのクルマが走っていると感じています。だから、ドライバーとしてハンドルを握る時も、いい意味での緊張感を感じました。みんながそれぞれ自分のパート以上に何かを見つけて改善していこうとか、より良いものづくりをしようという気持ちがすごく前面に出ているので、仮にトラブルが出てもすごく気持ちがいい。誰ひとりネガティブな人はいません。ある意味好きで集まっている人たちなので、苦労が苦労じゃない雰囲気で、元々Hondaってこういう感じでレースをスタートしたのかなと感じます。2022年の最終戦から、ものすごくクルマが進化して2023年の開幕戦で優勝できました。熱対策に苦しんだ時期もあり、レースの専門職でしたらわかりますが、みんな空いた時間できちんとトラブルシューティングして修正してくるのは、並大抵のエネルギーではないはずです。モノとはいえ人が作るので、そこに人の思いが注がれる意味は大きいということをあらためて感じたシーズンでした」
他から羨ましがられるクルマを作るために
最後に、レース戦略を立てていた開発者にこの活動の意義を伺った。シビック TYPE Rの開発にも携わっていた開発者だ。
「この活動では、個人としての成長とHondaにとっての成長があると思っています。個人の成長という観点では、普段関わっていない領域の理解を深めることです。Hondaとしては、さまざまな価値観や個性を持つ人と協力して、より高みを目指す取り組みそのものに意味があります。だからレースをするとか、レースの順位は目標の最終地点ではないんですよね。そこに至るまでに得た知識とか、新たな気づきを持ち帰って、通常業務の中で活かしていく。それで最終的にHondaとして目指す、期待される企業とか魅力ある商品作りにつなげていくことです」
そして、レーシングチームとHRDCの活動の違いを端的にこう語った。
「勝つこと、速く走ることが第一の目標だったら、マシンのセットアップを決めるエンジニアが、その内容を指示としてメカニックに伝えてそれぞれの役割をこなすことで終わりなんです。ですが、HRDCは量産開発に活かすことが目的なので、メカニック担当の人に、こういう理由があるからこの箇所でこういう特性を狙いたい。だからこういう風にして欲しいと話します。メカニック担当も開発者ですから、思うところを返して会話をする。そこが大きな違いですね。そしてもうひとつ大切なのは、ここで経験した究極の性能をゴールと思わない思考回路を持つことです。レースの現場では、普段の量産開発の常識なんて一切通用しません。凝り固まった考えを崩して、新しいところに本質を見て欲しい。常に自分の常識を疑って、究極をアップデートする思考を身につける場だと思っています。そして、これからのHondaの開発を引っ張ってもらい、他から羨ましがられるようなクルマの開発に繋げることが目標ですね」