PRELUDEサウンド開発秘話 常識を捨てて生み出した“最後のひと伸び”

PRELUDEサウンド開発秘話
常識を捨てて生み出した“最後のひと伸び”#PRELUDE #メカニズム #エンジニア #電動化
2025.9.4

復活を遂げたPRELUDE(プレリュード)。その注目ポイントのひとつが、「Honda S+ Shift」です。人とクルマがシンクロし、五感で感じる“意のままの走り”の最大化を目指して開発されたこのシステムは、運転操作に対するレスポンスや変速フィールにこだわっています。さらに、操る楽しさを語る上で欠かせないのが、“音”です。その秘密を探るべく、開発者に話を聞いてみました。

答える人

寺田

本田技研工業株式会社 四輪開発本部 NV・車体剛性開発課 チーフエンジニア寺田 雅史(てらだ まさし)2005年入社。ノイズ・バイブレーション(NV)の研究開発部署にてCIVICやACCORDなどさまざまな機種のNV担当として開発に携わり、同時にNVに関わる先行研究も多数行う。現在はNV/車体剛性開発課で、課長としてNV・車体剛性やサウンドの技術開発の取りまとめを行っている。

志岐

本田技研工業株式会社 四輪開発本部 NV・車体剛性開発課 スタッフエンジニア志岐 一輝(しき かずき)2020年入社。完成車の振動/騒音/サウンド領域の研究開発担当として、CIVICやPRELUDEの開発に携わる。

じっくりと時間をかけてつくり上げた音

PRELUDEのサウンド開発、時間がかかったそうですね。

寺田

かかりましたね。苦節‥

志岐

3年ですね。コンピューターで目指す音の雰囲気を創り、クルマに実装して実際に運転しては改善するという開発を数百回は繰り返しました。

寺田

PRELUDEはハイブリッドシステムのe:HEVを搭載していて、実際のエンジン音に加えてスピーカーで音をプラスするアクティブサウンドコントロール※1を採用しています。この技術は、CIVIC e:HEVやCIVIC TYPE Rなど他の車種でも取り組んできた技術です。

※1 アクティブサウンドコントロール。エンジン回転とシンクロした加速サウンドをプラスすることで、リニアで伸びのある加速感を演出するシステム。

既存の技術でありながら、そこまで時間をかけたのは?

寺田

ひと言で言えば、新技術であるHonda S+ Shiftとのマッチングに時間を要したからです。また、PRELUDEのコンセプトに合致する音作りにとことんこだわったことも時間を要した理由です。

志岐

PRELUDEのグランドコンセプトは、「UNLIMITED GLIDE〜どこまでも行きたくなる気持ちよさ×非日常のときめき〜」です。このコンセプトを表現するには、どういったクルマの挙動であればいいのか、そしてどのような音だったらいいのかを、チームメンバーと議論しながら、実際にクルマに乗りテストコースに加えて公道でもテストを繰り返し、クルマの走りと一緒に煮詰めていく開発を行いました。

寺田

音は、クルマの操る喜びを高める重要なファクターとして、開発コンセプトに基づきながら開発を行います。もっともっと走りたくなる気持ちよさと、クルマを操ることが心から楽しくなる痛快なエンジンサウンドを求めました。

Hondaが考えるいい音ってどんな音なのでしょうか?

寺田

すごく難しい質問です。Hondaが考えるいい音を答えるとすれば、お客様が「いい音だね」って言ってくださる音です。我々は、“いい音を提供したい”というよりは、お客様に乗って喜んでいただきたいということが上位概念としてあるからです。
ですが、昔からHondaの音について、F1の“ホンダミュージック”や、市販車では“VTECサウンド”などとみなさんに語っていただくことも多く、機種により違いはありますが、共通要素として「軽快で高回転まで気持ちよく回るような伸びのある音」がHondaの音のイメージだと思っています。

志岐

やはりHondaには、F1のイメージがあり、甲高い伸びやかな音が求められていると思っており、その期待に応えるような音づくりを心がけました。もちろん音質にもこだわりましたが、音をクルマの挙動と一致させることには徹底してこだわりました。

音をクルマの挙動と一致させるとは?

志岐

減速、旋回、加速すべてのクルマの挙動と音を一致させるということです。PRELUDEはHonda S+ Shiftという新機能があるため、ブレーキを踏んで減速すると素早くシフトダウンしますから、その減速挙動とブリッピング音を一致させます。さらにレスポンスを高めた加速フィールとエンジン音の伸びもぴたりと合わせています。

寺田

車両挙動と一致する音は、正確な運転操作のためのインフォメーションとしてもとても大事です。いい音をつくっても、たとえば加速のとき、アクセルの踏み込みから少し遅れて音が出てしまうとすぐに違和感を覚え気持ちよくないですし、操作にも影響します。ですが、本当に挙動と音を一致させると、クルマの状態を正確に把握でき、リアルな音以上に高揚感とか加速感が得られるんです。そういう人の五感との連動をすごく大事にしました。

志岐

加減速だけではなく、旋回しているとき、ドライバーは若干アクセルを踏んでいます。そのようなときに、どういった音がどのような音量で聞こえていれば気持ちよく曲がっているように感じるかということも突き詰めています。ドライビングシーンは無数にあるため、挙動と音を一致させるのは一筋縄ではいかないんです。

寺田

音色は人の好みによる所も大きいので、世界一の音色というつもりはありませんが、音と車両挙動を一致させる点は世界一こだわっているという自負がありますね。

「これ、本当に音出してるの?」というのが最高の褒め言葉

音としてのリアルさは、どのように開発したのですか

志岐

基本は自分で運転して聴いてみて、リアルに感じるかどうかというのが一番大事だと思ってます。特に評価基準があるわけではなく、自分を信じる(笑)。

寺田

リアルかどうかの定量的な判定基準はないですが、ひとつの考え方として、「音を出しているな」と気づかせたら終わりだと思っています。「これ、本当に音出してるの?」というのが最高の褒め言葉です。

志岐

量産車は騒音規制が厳しいため、CIVIC TYPE Rでもリアルなエンジン音に頼り切らずにアクティブサウンドコントロールを導入していますが、スピーカーから音を出すので、それ自体をギミックだと感じる人がいるのも事実です。しかし、いい音でかつ本当にエンジンから聴こえているように自然であれば、そういう方にも認められると考えています。

寺田

実は、Hondaがアクティブサウンドコントロールを初めて導入したのはもう20年ほど前で、かなり古い歴史があるんです。積極的に訴求していなかったので、Honda内部でも知られておらず、過去の採用車種のオーナーも純粋なエンジン音が聴こえていると思っていた方がほとんどなのではと思います。

スピーカーから音を出しているのに、そうと気づかない音・・

寺田

例えばエンジンが前にあるのに、ドアの下側のスピーカー付近からエンジン音が聞こえてくると違和感ありますよね?音圧を上げていくと、その違和感が高まります。それをあたかもフロントエンジンから聴こえてくるようにするには技術と根気が必要です(笑)。

志岐

音像(人が感じる音源の位置・広がり)をどこに置くかというのがものすごく大事です。音圧を上げていくとどんどんスピーカーから聴こえるようになっていくので、いろいろな技術を駆使して、音像を前に持っていきリアルに聞こえるにはどうしたらいいかを突き詰めています。

寺田

十分な技術がなかった頃はスピーカーからほんの少しの音しか出してなかったんですよ。出し過ぎるとリアルに感じないので。今のPRELUDEは、かつてと比べるとかなり音圧を上げています。

志岐

技術の詳細は言えませんが・・

飛び立っていくような音ってどんな音だろう

いい音をつくるために、静粛性も重要視されたそうですね。

志岐

アクティブサウンドコントロールの開発は絵を描く作業に似ています。綺麗な音にするために、できるだけ白いキャンバスに音を描きたいわけです。そのために、室内を音の面でなるべくまっさらの状態にすることも重要なんです。

寺田

心地よくないエンジン音に、音を被せていくというやり方はしたくない。だからエンジンの原音も、ブロックやクランクシャフトの剛性、マウントの技術などを長年積み重ねてノイズクリーニングしています。ドアビームの共振ポイントのコントロールや、吸音材・防音材の最適配置、アクティブノイズキャンセラーなどでも室内に入ってくる音の雑味を低減しています。

志岐

アクティブサウンドコントロールは、今室内にある音の上から描くことしかできないですから。

寺田

ロードノイズ低減のためのノイズリデューシングホイールも役立っていますが、ホイールの外側にこのようなデバイスを取り付けているのは、数多くある自動車メーカーのなかでHondaぐらいです(笑)。樹脂製のレゾネーターを取り付けているのですが、高速で走ると猛烈な遠心力がかかりますからね。そこまでしてでも“白いキャンバス”を目指したわけです。

寺田

この技術は、我々の課のメンバーが苦節10年でものにしたHonda独自の技術です。2010年の世界初採用から、いまも進化し続けています。

志岐

さて、“白いキャンバス”に描く音の話ですが、エンジン音には回転数に同期した周波数の正数倍の成分を持つ“次数音”というのがあります。PRELUDEは4気筒エンジンですから、2次音や4次音、6次音などが比較的出やすいのですが、そういう偶数の次数音を使えば使うほどハーモニックな音になっていきます。それだけでは、エンジン回転が上がって次にシフトアップしたくなるような、どこまでも行きたくなるワクワクした音にならないと感じ、最後の“ひと伸び”を表現する工夫を行いました。

寺田

開発コンセプトがグライダーをイメージしているので、クルマだけど飛び立っていくような感じにするために、どういう音にしたらいいんだろうと(笑)。

志岐

最後のレッドゾーン付近の伸びを表現するため、試行錯誤を重ねた末に、一般的な4気筒エンジンでは出にくい次数音をあえて混ぜることで、苦しい感じの音を表現しました。足掛け3年の終盤のチャレンジでした。PRELUDEはHonda S+ Shiftがあるので、パドルを用いれば低い速度でもエンジンの高回転域を使えるため、最後のひと伸びを大切にしたかったんです。

寺田

開発としても終盤で、プレッシャーがかかるなかで志岐が見出した一手でした。

志岐

実は、PRELUDEの走りの開発を統括したチームメンバーから、指標となるアクティブサウンドコントロールの音色を擬音語で提示されたんです。その口真似を何とか実現しようと頑張ったといっても過言ではありません(笑)。

寺田

その擬音語が何であるか一切公表していませんが、あるモータージャーナリストの方が、我々が想定した擬音語を、一言一句違わず表現されていたのを見て、思わず叫び声をあげたほど感激しました。

志岐

開発した音色がちゃんと伝わっていたんだと安心しました。ぜひみなさんも、PRELUDEで、これまでにない走りの喜びとエンジンサウンドを楽しんでみてください。

志岐

PRELUDEはハイブリッド車ですが、いい意味でハイブリッド車っぽくない、これまでにない楽しさに満ちたクルマになっています。今Hondaが考えるまさに理想のハイブリッド車の実現に、音で寄与できたと思っています。

寺田

乗ると、これ本当にハイブリッド?って、みんな言うと思いますね。ものすごいものができたなという感じがしています。

Honda S+ Shiftオンボードサウンド動画 ドライバー:野尻選手

page top