エンジン開発者に突撃 いいエンジンって何?Vol.2 S660「夢みたいな軽自動車エンジン」

「羽根の形」「取り付け方」で「レスポンス」が進化

というわけで、いよいよ「排気」ですね。

お待ちかね、ターボの話です。

初歩的な話なんですが、せっかく現物があるので、改めてターボの原理をざっくりと教えていただいていいでしょうか。

いいでしょう。エンジンの燃焼済みガスを右側の羽根、「タービン」に当てます。そうすると左側の羽根、「コンプレッサー」が回って、空気が圧縮されます。圧縮された空気はインタークーラーを通過して冷却したあと、ガソリンと混ぜてシリンダー内に送り込まれます。

660ccの3気筒なので1気筒あたりの容量は約220ccですけど、空気が圧縮されているぶん、それ以上の空気を吸入できるってわけですね。

そういうことになりますね。空気がたくさん入れば、そのぶんパワーアップに直結します。これが「過給」というメカニズムになります。このタービンやコンプレッサーの羽根の形状は、数ミクロン違うだけでエンジンの性格がガラッと変わるんですよ。羽根の設計ひとつで、とにかく最高出力重視のものにもできるし、もっと扱いやすいものにもできます。

S660のターボは、どんなところを狙ったんでしょう?

ご存知の通り、S660の最高出力は軽自動車の上限である64馬力。なので、ピークパワーを追い求めなくて済むぶん、過給が効く領域を思い切り低回転域に振っているんです。
極低回転の2,000rpmから過給が始まり、アクセルを踏んだ瞬間から太いトルクでレスポンスよく加速ができる特性を追い求めました。

なるほど……ターボというとピークパワーを絞り出すための仕組みというイメージもありますが、そういう使い方もできるわけですね。
低回転からグッと押し出される感覚は、小排気量のNAのエンジンでは難しいですもんね。

ポイントは低回転から過給ができ、なおかつ高回転で空気が剥離しない……つまり過給が続く羽根の形状。

有機的な形だなあ、とは思います。

こっちは1988年の「レジェンド」に搭載されていた「ウイングターボ」。こちらも当時の最先端でしたが、現在のものと比べると羽根の形状が大きく異なっていますね。

わかるような、わからないような……。でも、パッと見ただけではわからない、ミクロン単位の小さな差が「時代の進化」ってことですね。

何十年も脈々と研究開発を続けてきたからこそ可能になったものですし、製造技術の進化がなくては形にできませんでした。
もうひとつ、ご紹介しておきたいこだわりは、ターボチャージャーの位置です。エキゾーストポートの先にエキマニがあって、その先に取り付けられているということもあるのに対し、S660の場合はターボがエキゾーストポートに直接取り付けられています。

どんな効果があるんでしょう?

ずばり、ターボラグが減ってレスポンスが向上します。ガソリンが燃える、排気のエネルギーが高まる、その力を使って空気を圧縮して吸気ポートに送り込む……というのがターボチャージャーの役目というのはお伝えしましたよね。

そうですね。

つまり、この一連の動作が行われる「回路」が長くなればなるほど、過給圧が高まるまでの時間も長くなり、「ターボラグ」も大きくなります。ならば、排気ポートから「出たてホヤホヤ」の排気でタービンを回してしまったほうがいいに決まっています。エンジン全体だってエキマニが無くなるぶんコンパクトになり、出力密度が増しますからね。

たしかに。

もちろん、高温になるターボチャージャーがシリンダーヘッドやエンジンブロックを直接加熱してしまうので、熱対策をしっかり行わないとトラブルにもつながりかねませんが、S660の場合は、冷却水の流し方を工夫することでターボチャージャー取り付け位置の温度を適切に保っています。エキゾーストポートのすぐ近くまで冷却水が来るようにして、「熱引き」を良くしているんですね。

「レスポンス」って、ものすごく手間がかかるんですね……。

そうです。ターボチャージャーにしても、基本的にはサプライヤーさんから供給していただいているものですが、この構造を採用するためには「買ってきて取り付けるだけ」というわけにはいきません。取り付け部分の構造などでいろいろと協力をしてもらい、一緒になってものづくりをしてきました。 踏んだらすぐにパワーがついてくるあの感覚に、サプライヤーさんも含めた私たちのの意志がものすごくたくさん入っていることを知っていただけたらすごくうれしいですねえ。

目指したのは、NAよりも気持ちのいいターボ

660ccの3気筒という小さいものの中に、いいものがギュッと詰まっている感じで面白いですね。S660のエンジン。

そうでしょう。排気量が小さいからこそ、そして絶対的なパワーが限られているからこそ、ごまかしが効かないと言うこともできます。小さなムダが、ドライバーの感じられる大きな差としてはね返ってきてしまう。「フリクション」も減らすのも重要でしたね。

部品が動いたり、摺れたりことで発生する抵抗ですね。

フリクションが大きいと、せっかく生み出したパワーが、エンジン内部のパーツを動かすために使われることになってバカバカしいですし、レスポンスだって悪くなります。パーツがふれあう部分をローラーにしてみたり、摩擦が起こる部分にコーティングをしてみたり、チェーンを細くしてみたり……小さな努力を積み重ねて大きな成果を得ているんですよ。

S660のエンジンのヘッド部分。

バルブを動かすロッカーアーム。カムシャフトに接する箇所がローラーになっていて、フリクションを減らす構造になっている。

ピストンのスカート部分にコーティングを施したパターンピストンコーティング。オイルの油膜が保たれてフリクションが小さくなる。

なるほど。いろいろお伺いしてきましたが──

私としては、技術が進んだぶん、NAエンジンの頃に感じていただいていた気持ちよさを、もっと進化したかたちでお客さまにお返ししたい、という一心で開発をしてきたと思っています。ターボだからこそできる、ひとクラスもふたクラスも上のトルクを、NAエンジンのようなレスポンスで味わってもらえる。「昔のNAもいいけど、今のターボもいいね」と言ってくれる方が一人でも増えてくれたらいいなと思っています。

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