VTECとHondaエンジンの30年Vol.2 VTEC誕生秘話と「これから」

数々の失敗を乗り越えて

──よく、そんなに若いチームがこの画期的な機構をかたちにしましたね……。

新里

基本的なメカニズムそのものは、4年もの間先行開発が行われていたので、幸いにして大きなトラブルは無かったのですよ。ただ、実際に「リッター100馬力」「レッドゾーン8,000rpm」という高みを目指そうとすると、とんでもない苦労が待っていました。

──たとえば?

新里

高回転になればなるほど、当然ですが各部に加わる負荷も大きくなります。一つずつ解決していくことになるんですが、そこから芋づる式にトラブルが発生していくんですね……。

──芋づる式……。

新里

2つのバルブをひとつのカムで動かすことによって増える負荷に対応するために、従来の鋳鉄ではなく鋳鋼(キャストスチール)製にしたカムシャフトですが、それだけでは不十分で、強制的にオイルを回して潤滑をしていました。ただ、そうするとシリンダーヘッドの中がもう『オイルの海』みたいになってしまって。

──オイルの海。なるほど。

新里

エンジンの中に充満するガスからエンジンオイルを分離するシステムが従来のものでは対応できなくなってしまいます。ミストセパレーターと呼ばれる構造には、とても苦労しましたね。そして、これを解決して高回転化してくると、今度はタイミングベルトが保たなくなってきます。

──切れてしまう?

新里

そうですね。なので、ここにも新しい素材を使ったり、タイミングベルトに加わる荷重そのものを軽減するために軽量なドリブンプーリーを開発したり。もぐら叩きみたいに続発するトラブルにずっと対応していた気がします。他にも、最後まで苦労した現象もありましたね。「はたかれ音」とか。

──はたかれ音?

新里

ご存知のとおり、VTECは油圧で動くピンを使って、3分割されたロッカーアームをつなげたり切り離したりする機構です。きちんと適切なタイミングでピンが移動して、初めて機能するわけですね。
これが、正常時のロッカーアームの動きです。

──はい。

新里

ところが、いろいろな条件でテストをしてみると、ピンが規定の位置まで移動しきる前に、0.5mmくらいかみ合った状態でバルブのリフトが始まってしまうことがあります。そうすると……

──そうすると?

新里

ロッカーアームが突然切り離されて「バチン!」とものすごい音を立てます。
こんな動きですね。

新里

もちろん壊れたりはしませんが、乗っている人に「なにか大変なことが起きた」と思わせるだけのもので、商品にはなかなかできないレベルのものです。

──どのように解決を?

新里

量産の寸前までピンの径とか、ピンが入っていく穴の口元の曲線とか、「こんな所で本当に差が出るの?」という細かい部分をブラッシュアップすることで、正確に動作するようにしました。とにかく、この複雑な機構を支えるのはパーツの「精度」や「品質」です。ロッカーアームを製造していただいた部品メーカーさんの高い機械加工精度や、納品前に1気筒分のロッカーアームをセットにして、切り替え動作を全数検査するといった品質管理能力にも支えられて完成した技術だと言えます。

松持

この「精度」は今も昔もVTECの特徴です。小指の爪くらいのサイズの小さなパーツを、ミクロン単位で管理する匠の技がこの技術を支えていますし、「TYPE R」から「N-BOX」まで、あらゆるVTECエンジンで共通しているところです。

新里

バルブを支える「バルブスプリングリテーナー」というパーツは、1ロット単位で耐久テストをして、問題なかったロットだけを量産エンジンに組み込んだりというような、今では考えられないような手間のかけ方をしましたね。
初めての例だけに遠回りもたくさんしましたが、仮説を立てながら真の問題に迫っていくのは探偵のようでエキサイティングでもありました(笑)。

──ポジティブ……。

「VTECのこれから」どうなる?

──「リッター100PS」のために生まれたVTEC。いまや軽自動車からスポーツカー、ハイブリッドまで、様々なエンジンに搭載されて、使い道も増えていますが。

2017年には、いよいよ軽自動車のN-BOXに搭載。燃費性能のためにロングストローク化したことでバルブ面積は小さくなりましたが、VTECによってバルブリフト量を拡大し、高出力化を実現しています。

新里

正直に言って、こんなに発展することになるとは考えもしなかったですね。SOHCエンジン用の機構ができたところから、大きく可能性が拡がっていったような気はしていますが。

──何が要因でしょう?

新里

クルマの進化として、「さまざまな走行条件でベストの性能を発揮する」……すなわち「可変」させることが何より正しいことだったからなのだと思います。VTECは、それを実現するための手段にすぎません。

──「エンジン」が「電動化」の時代にどう進化していくのか、というのも気がかりではありますが……。

新里

たとえばハイブリッドでは、エンジンが冷え切っている状況でも、始動前に電動でバルブタイミングを変化させておくことで、エンジンがかかった直後から排ガスのクリーン化を実現しています。モーターが付いたからといって「エンジンはただ回っていればいい」ってわけではないんですよね。

──なるほど。

松持

「どんな状況でも高効率である」「環境性能もパワーをないがしろにしない」……つまり、「乗る人が自由に選べる」ということでいうと、今も昔もHondaがやろうとしていることは何も変わりません。エンジン単体で走るときにVTECが役立ってきたのはここまでお話ししてきたとおりですが、電動化にあたっても、エンジンが存在している限り「最小限の燃料で最大限の性能を出す」ことは変わりません。

新里

燃費か走り、どちらかを妥協するのではなく「全てを極める」というHondaの姿勢を象徴するものがVTECですし、その姿勢はバッテリーEVになろうが、FCVになろうが、ハイブリッドになろうが、変わりようもないわけですね。我々としてはエンジンなくして持続可能なモビリティー社会はあり得ないと考えていますし、挑戦はずっと続いていきます。まだ言えないような新しいネタもいろいろと仕込んでいるところなので、ぜひご期待いただきたいと思っています!

次回は、ついにVTECのロッカーアームを製造する「VTEC工場」に潜入!どうぞお楽しみに。

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