TYPE R 30th Anniversary

カーボンニュートラルを支える
究極のHondaエンジン LFC型
2024.2.29

カーボンニュートラルの時代に向かい、パワートレーンはさまざまな角度から進化を続けている。
その時代にエンジンの話題?と思われるかもしれない。
しかし、電動化に向かっている現在、中心となっているハイブリッドパワートレーンe:HEVにおいて、Hondaらしい走りの喜びを実現するために実は、エンジン技術が大きく寄与していたのだ。
走りの楽しさを求め続けるHondaの技術者は、電動化へと向かう時代のために究極のHondaエンジンを生み出した。その開発の中心メンバーにSPORTS DRIVE WEBレポーターがインタビューを試みた。

シビック TYPE Rにも活かされたテクノロジー

シビックe:HEVが2022年の6月、シビック TYPE Rは同年9月に発売された。この両車のエンジン開発は、実は同じメンバーが行っている。片や燃費、片やパワーのエンジンと思われるだろうが、そう単純ではない。車種のコンセプトに合わせながら、どのクルマに積むエンジンでも、走りの楽しさと環境性能を究極まで突き詰め、技術を惜しみなく投入するのがHondaのエンジン開発の信条だからだ。
そして、この2つのエンジンに共通する技術の中心的な存在が、究極を目指した燃焼技術である。空気と燃料のストイキメトリックレシオ、すなわち理論空燃比に近い混合気で燃焼する領域を広げ、環境性能を高めながらパワーも追求するという、世界でも例のないHondaのチャレンジをご紹介したい。

※1 Honda調べ(2023年4月時点)

※2 Nürburgring公式測定値。2019年より制定されたNürburgring公式ルールに基づく、北コース(Nordschleife) 20.832kmでの測定値。2019年以前は、20.600kmでの測定かつNürburgring非公式タイム

どの点が世界に例のないチャレンジか

エンジンの効率を高めるには、使用した燃料ができる限り無駄なく燃焼し、運動エネルギーに効率よく変換される必要がある。しかし現実は、シリンダー内に噴射した燃料のすべてが燃焼しているわけではない。シリンダー内壁に付着したり、不均一な混合気であるため燃え残りが生じたりする。異常燃焼であるノッキングが生じないようシリンダー内を冷やすために、あえて多くの燃料を吹くこともある。エンジンには理想とされる空気と燃料の混合比、理論空燃比(ストイキメトリックレシオ、以下ストイキ)というのがある。燃費が悪化するのは、このストイキから乖離している状態といえる。
エンジン回転数を横軸に取り、縦軸にトルクを取ると、燃費のいいストイキ領域は意外と狭い。その領域を広げようというのが、Hondaが挑んだ前人未踏の理想的な燃焼、エンジン回転数全域でのストイキ燃焼を目指す、通称“全域ストイキ”への挑戦である。この革新を実現するためには、既存のエンジンにおける燃焼の考え方を覆す必要があった。

ノッキングが起こる前に燃やし切れ

全域ストイキを目指すには、より幅広い回転数とトルク領域において、少ない燃料で高い出力を取り出せる理想に近い燃焼を実現しなければならない。
しかし、エンジンの高出力化のセオリーは、より多くの燃料を含んだリッチな混合気を吸い込み、強力に燃焼させてスムーズに排気するというものである。だから、高出力を取り出そうとすると燃費が低下するのだ。
少ない燃料で高い出力を取り出すということは、このセオリーを破ることになる。薄い混合気で出力を高める手法として、圧縮比を上げるというアプローチがある。しかし、高圧縮比にするにも限界がある。ノッキングが起こるからだ。ノッキングとは、圧縮比を高めていくと圧力によりシリンダー内の温度が上がり、着火点から燃え広がる前に、着火点から離れたシリンダー内の壁面で混合気が燃え出し、エンジン回転を妨げる現象。これを防ぐには圧縮比を下げたり、多くの燃料を吹いてシリンダー内の温度を下げるなどの対策がある。
しかし、それではストイキ領域は拡がらない。エンジン開発を率いた尾家は、「ノッキングが起こる前に燃やし切ろう」と言った。

シビック TYPE Rのエンジン開発の経験から、シビックe:HEVのエンジン開発で全域ストイキを提案した尾家。走りの楽しさと燃費性能を飛躍的に高めてこれまでにない領域に到達するには、この技術が必要だったと語った。実は、この理想の技術実現のためにシビックe:HEVの発売が遅れることになった。しかし、その粘りの開発により、10年は設計変更不要なほどの高性能を獲得することができた。

ノッキングの壁を超える?
何を言っているんだ

尾家の周囲のメンバーは、「何を言っているかわからない」というのが正直なところだった。ノッキングの壁はエンジンの物理条件で決まってしまうため、普通はそれを超えようとは思わないからだ。
しかし尾家は、目標を達成するには、ノッキングの壁を越えないとだめだと考えた。要は、常識を超えた燃焼速度で、壁面でノッキングが起こる前に火炎を壁面まで到達させようという考えだ。ほんの一瞬の燃焼コントロールである。そのためには、混合気をシリンダー内で高速回転させていかに均一に混ぜられるかが勝負になる。

吸気ポートを絞り込み下部にジャンプ台を
つくるという規格外の発想

シリンダー内の混合気を高速回転させ素早く均一にするために、今までのエンジンで前例のない強力な縦うず(タンブル流)を起こすことに挑んだ。通常のエンジンでは、シリンダーに空気を送り込む通り道であるインテークポートは、より多くの空気を吸い込めるように、断面積を大きく、かつ余分な渦を起こさず空気が通りやすいようにできるだけストレートな形状にする。しかしこのエンジンでは、流速を高めて強力なタンブル流をつくるために、そのセオリーを破りあえて絞り込む形状にしたのだ。さらに吸気ポート下部にスキーのジャンプ台のようなスロープを設け、流速を高めた上で縦うずを起こしやすい流れをつくった。形状を幾度となく見直すことで、強力なタンブル流を生じさせることに成功した。シミュレーションだけでなく、シリンダー内壁の一部を強化ガラスにした単気筒のエンジンモデルをつくり、目視でもタンブルを確認している。その結果、シミュレーションで想定した通りの見事なタンブル流が実現できた。

シビックe:HEVのエンジンカットモデル。手前のバルブがあるところがインテークポート。ジャンプ台はわかりにくいが、絞り込まれている形状がわかる。

TYPE Rのエンジンから先行投入した
エキゾーストポート冷却の2ピースウォータージャケット

ノッキングを起こしにくくするには、熱が集中する排気側、エキゾーストポートの冷却も重要となる。構造を担当した井川は、エンジンヘッド内部にあるエキゾーストポートを、上下から挟み込むようにして冷やす、2ピースウォータージャケットを、シビック TYPE R用エンジンで先行してつくり上げた。コンパクトなヘッドのなかにあるエキゾーストポートをウォータージャケットで挟む構造は、芸術的な鋳造技術を要するだけでなく、強度の確保など製造面で多くの困難をともなった。それでも井川は、製作所に通い詰めてつくり上げた。強度を持たせながらいかに軽くつくるかが腕の見せ所だった。
ハイパワーを求めるシビック TYPE Rでも環境性能を意識するのがHondaである。たとえば、アウトバーンで高速巡行を行いシリンダー内温度が厳しくなるシーンでも、できるだけ冷却のための余分な燃料を吹かず、ストイキ領域を広くするには、エキゾーストポートの冷却は重要。シビック TYPE Rで実現させた2ピースウォータージャケットを、e:HEVではさらに進化させて搭載している。実は、ノッキングが起こる前に燃やし切るためのタンブル流も先行していたシビック TYPE Rのエンジンから着手していた技術だった。シビック TYPE Rのエンジンも、環境性能を高める先進的な技術を満載しているのだ。

エンジンの構造設計を担当した井川。エキゾーストポートを上下から包み込むような2ピースのウォータージャケットをつくり上げた。エンジンヘッドの狭い空間に水の通路を鋳込むこと自体も困難だが、シビック TYPE Rクラスのハイパワーエンジンの高い燃焼ガスの圧力や振動に耐える構造を軽くつくることも困難だった。設計を煮詰めながら、足しげく製作所に通って、製造技術の進化とともに成し遂げた。

少ない空気でも
速く燃えてくれると出力は上がる

吸気バルブが開いたらすぐに燃料を吹いて、空気と燃料が触れる時間をできるだけ稼ぎ、よく混ぜるのがポイント。しかし、エンジンに負荷がかかるとそれでもノッキングが起こる可能性が出るので、圧縮工程でもう一度短く燃料を吹く。その最低限の短い追加吹きでシリンダー内を冷やしノッキングを防ぐのである。高速タンブル流と2ピースウォータージャケット、そして燃料噴射のマネジメントで、ノッキングが起こる前に素早く燃やし切るという、これまでの常識では考えられなかった燃焼を実現することができた。
では、なぜ速く燃えると少ない空気でも出力を取り出せるのだろうか。
「ゆっくり燃えると燃焼室の壁から熱がどんどん奪われていくんです。燃焼室の壁の温度は冷却水で冷やされるため100から200℃程度ですが、燃焼ガスは1,000℃近くあります。温度差がすごく大きいので、ゆっくり燃やすと壁からどんどん熱が冷却水に逃げてしまう。それはエンジンにしてみるとものすごいロスです。速く燃やせば、燃焼ガスの熱を効率よくピストンの運動エネルギーに変えてあげられるのでより多くの出力が取り出せるというわけです」
と、尾家がわかりやすく説明してくれた。
この常識破りのチャレンジは、尾家自身が「僕は燃焼の専門家でないからできた」と述懐している。専門家でないのに挑んだという事実に、2度驚くことになった。

ピストンヘッドの窪んだ形状もタンブル流の形成に寄与している。その上の筒状のものは燃料噴射装置。シリンダー内に直接燃料を吹く、直噴エンジンである。

ストイキ領域が広いから
リニアシフトコントロールができる

電動化時代を迎えるなかで、Hondaはエンジン技術を大きく進化させた。開発するのだから性能進化をめざすのは当然であるが、そもそも困難な全域ストイキに挑むきっかけとなる出来事があった。
エンジンで発電して主にモーターで走る2モーターハイブリッドのe:HEVは以前、力強く加速すると、エンジンが多くの電気を生み出すべく高回転で回り続けていた。これは、車速の伸びに対してエンジン回転が高回転側に張り付いているような状況で、加速するドライバーの感覚に合わず、決して走っていて気持ちいいとはいえない状態だった。ハイブリッドシステムを担当している榎本は、この状況をなんとか打開するエンジンを欲した。この課題を背景に、燃費のいいストイキ領域を広げることに挑んだというわけである。

ハイブリッドシステムを担当している榎本。2017年のアコードで登場した、3.0リッタークラスのエンジンに匹敵する加速力を実現しながら、軽自動車並みの燃費を実現した2モーターハイブリッドシステムe:HEVのエンジン回転特性を何とか改善し、エンジン回転の伸びとともに気持ち良く走れるようにしたかったと語った。

エンジン回転が高回転に張り付くのは、燃費のいい領域が狭いからだ。燃費のいい領域を逸脱して、エンジン回転をマニュアルシフトでシフトアップするように制御することは不可能ではないが、大きく燃費が低下してしまう。エンジン回転を上げ下げしても、どこでも燃費がいいからこそ、車速の伸びに合わせてエンジン回転をシフトアップするように変化させるリニアシフトコントロールが実現できた。ハイブリッドでありながら、まるでエンジンで走っているかのようなあの気持ちの良いエンジン音の背景には、究極のエンジンに挑んだHondaのエンジン技術があったのだ。
そして、燃焼技術だけではなく、モーターのトルクコントロール技術も気持ちの良い加速感のためには重要である。また、エンジンのノイズバイブレーション低減技術もしかり。そして、いいエンジン音でなければ、いくらシフトアップさせても気持ち良くない。車内への音の響かせ方にも技術があり、エンジン音とシンクロするパワーメーターの動かし方にも技術がある。これからの環境の時代にも走りの喜びを目指すHondaは、その夢を持続可能にするためにあらゆる技術進化に挑んでいるのだ。

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