
1992年の初代NSX-R、1997年に登場したNSX type S、そして2002年の二代目NSX-R。この3モデルのNSXに共通しているのが、レカロ社製のバケットシートを搭載していることだ。さらに詳しく言えば、シートの骨格であるシェルが共通している点。すでにご存知の方も多いだろうが、このシェルは、量産車として希有なカーボン・アラミド・コンポジット製である。きわめて高価な軽量素材であるこのシェルをNSXの開発陣が採用したのは、「究極の軽量化と最高の座り心地を両立させたかった」からだ。当初、グラスファイバーでシェルをつくることを検討していたレカロ社の提案に、NSX開発陣はあっさり「NO」を出した。理由は「想定している重量より重い」から。そこでレカロ社はカーボン・アラミド・コンポジット製のシェルを提案する。しかし、レカロ社としても量産スポーツカーに使用した経験がなく、レーシングカーの専用パーツともいえるシェルの提案が通るとは考えていなかった。しかし、NSX開発陣はこの前例の無い提案に「OK」を出したのだ。レカロ社にとっては信じられない決定だった。
さらに、レカロ社のスタッフは、ニュルブルクリンクでの走行テストに参加を求められ、まさに走りながらパッドの形状を煮詰める開発を行った。そんな開発スタイルもレカロ社として前代未聞のこと。こうした異例づくめの開発でNSXのレカロ社製バケットシートは生まれたのだ。そもそも、最初にレカロ社製バケットシートを採用した初代NSX-R自体が異例のクルマだったからこそ実現したコラボレーションだといえよう。

ところで、このレカロ社製バケットシートの真の魅力をご存知だろうか。レカロ社製バケットシートに身を沈めると、正直、少し窮屈に感じる方も多いだろう。実はその窮屈さには理由があり、「ドライバーが崩した姿勢を取りにくく」しているのだ。姿勢を崩すと、背骨の自然なS字が崩れ、腰に強い荷重がかかるだけでなく、背骨の周囲の筋肉が緊張し疲れてしまう。そんな状態でドライビングして横Gや路面からの衝撃を受け続けると、腰には大きな負担がかかり、腰痛の原因になるなど、ドライバーの集中力を削ぐことになる。腰への衝撃と筋肉の緊張からドライバーを解き放ち、より快適なドライビングをめざすシート。それがレカロ社製バケットシートのコンセプトである。まさに、Hondaの「人を中心に考える思想」にもとづいて生み出されたスポーツカー、NSXにぴったりのシートと言えないだろうか。