
運転スキルをリアルタイムで計測する無料アプリ「RoadPerformance」。スマートフォンをクルマに載せてスタートボタンを押すだけで車種を問わず誰でも利用可能なこのアプリには、Hondaらしいユニークなエピソードが詰まっています。
答える人
本田技研工業株式会社 コーポレート管理本部 デジタル統括部
アシスタントチーフエンジニア鈴木 英之(すずき ひでゆき)2000年入社。サスペンション性能の研究開発部門で2003年のACCORD以降、ACURA TSX、INTEGRA、ACURA RSXを担当。2016年に次世代ドライバー訓練システムのテーマ推進責任者を務め、運転スコアロジックを構築。2020年 Honda LogR1.0以降、LogR2.0、RoadPerformance の運転スコア機能を担当。現在は、コネクテッドカーを中心とした社内外のデータ利活用の基盤整備を行っている。
本田技研工業株式会社 四輪事業本部 SDV事業開発統括部 SDVプロダクト企画部
デジタルラボ スタッフエンジニア清水 克真(しみず かつみ)2019年入社。CarPlay、Android Auto関連プロジェクトの新規企画開発に携わり、Honda LogR2.0 スマホアプリ開発を経て、現在はRoadPerformanceプロジェクトリーダー。
数字で証明する、あなたの腕前
まずはRoadPerformanceの概要をお教えください。
RoadPerformanceはスマートフォンアプリで、ダウンロードしたスマートフォンをクルマに置き、スタートボタンを押して走るだけで、みなさんの日頃の運転スキルを自動で計測し、いい運転をすると「Good Breaking, 81points!」などと音声で褒めてくれます。すべての採点結果が記録され、その記録を振り返ることもできます。
いい運転とは、簡単に言うと“ガタつき”の少ない運転です。急な操作をせず、クルマをスムーズに走らせると高ポイントを獲得することができます。
毎日の通勤や、家族との遠出、週末の買い物やドライブなど、いつでもスマートフォンがあれば測ることができるので、Honda車オーナーでなくても使えます。月間で全国のランキングを発表しているのですが、Honda車以外のオーナーがガンガンランクインしています(笑)。詳しくはこちらをご覧ください。
そもそも、どうしてこのようなアプリをつくったのですか?
RoadPerformanceは、2022年のCIVIC TYPE R専用データロガーアプリであるHonda LogR 2.0から発展したものです。Honda LogRは、クルマにビルトインされた車載アプリで、車両情報を収集して計測を行います。また、スマートフォンアプリと連携して、クルマと離れてもスマートフォンでデータを見ることができます。機能としては、日常の道の運転スキルを計測する「Auto Scoreモード」と、サーキットドライビングを計測する「Data Logモード」があります。RoadPerformanceは、Honda LogR 2.0の「Auto Scoreモード」をクルマから切り離してシンプル化したスマートフォンアプリです。
僕は、Honda LogR 2.0のスマートフォンアプリから開発に携わり、現在RoadPerformanceのプロジェクトリーダーを行っています。実は、Honda LogRにも前身がありまして、鈴木さん個人が趣味でつくった運転技術リアルタイム採点アプリが大元なんです。
私は、クルマのダイナミック性能の開発を行う部署にいました。いいクルマをつくるために、我々のドライビングスキルを向上させる訓練を行うのですが、インストラクターの言葉の奥にある真理というか、掴むべきものを自分がちゃんと獲得できているか、拠り所となるものがあればもっとうまくなれるのではと。つまり、自分の運転感覚とデータを結びつけることができれば、しっかりとした指標ができると考えたんです。
なるほど、数値化できれば指標になりますね
そこで、スマートフォンの無料ロガーアプリをダウンロードして、走行時のクルマの挙動データを収集し自分のPCに送り、挙動変化をどう評価すればいいかという計算ロジックをつくりました。幸い私の周囲には、エキスパートドライバーがたくさんいますから、そのロジックの話をするとみんな興味を持ち、計測に協力してくれました。みんなで計測を行い、その評価方法について議論を交わし、どんどんロジックをチューニングしていくことができたんです。
その噂が開発部門内に広まり、我々の部署以外にもいろいろな人が計測に協力してくれ、どんどんデータが蓄積されて、ついに社内で公に認められて訓練システムとして社内用アプリをつくることになったんです。
個人の活動が注目を集め、公式のアプリになるってHondaらしいですね(笑)。
社内で楽しくアプリを利用してもらおうと思い、評価で金・銀・銅メダルを獲得した人に自作したステッカーを配りました。今もときどき社員証ケースに貼っている人を見かけます(笑)。
それがCIVIC TYPE RのHonda LogRにつながった?
CIVIC TYPE Rでドライビングを測るアプリをつくりたいという開発者があらわれて、人づてに私を尋ねてきたんです。話を聞いて、「それならほぼできているよ」と。開発期間が短かったのですが、ベースがあったので何とか開発することができました。それが2020年の欧州モデルに搭載したHonda LogR 1.0です。ディスプレーオーディオが装備されていることが前提だったので、残念ながら日本仕様車には搭載できませんでしたが。
2022年に登場したFL5からHonda LogR 2.0になるんですが、他の人とも繋がれる機能を入れて、よりみなさんに楽しんでいただける形を目指しました。
2.0ではスマートフォンと連携して、世界のTYPE Rオーナーのランキングを公開したり、速い人のデータを参照できるようにしました。
私はスマートフォンアプリを開発する部署にいたので、2.0のスマートフォンアプリを開発し、走行中の映像をスマートフォンで撮影し、それにロガーデータを重ね合わせるなど、かなり高機能なアプリを開発しました。このときの経験が、RoadPerformanceの開発に役立っています。
RoadPerformanceへと発展したのは?
Honda LogR 2.0が完成して話題になり、TYPE R以外のクルマでも使用したいという声が増えました。僕も2.0に携わったので、何か発展させたいと考えていました。
ある機種の開発者が私を尋ねてきて、ドライビングアプリを考えているとの話がありました。その機種に搭載することにはならなかったのですが、機種ごとにアプリを開発するのではなく、共通で使えるものという話になっていきました。
それではと、我々の部署が中心となって、生みの親である鈴木さんをはじめ、エキスパートの方々の知見を得ながらどんどん開発を進め、2024年の7月にRoadPerformanceのトライアル版をリリースし、ユーザーのみなさんに使ってもらいながら進化させていく開発スタイルを採用しました。
Honda車以外のユーザーも使えるよう、オープンにしたのは?
RoadPerformanceは、車両情報を収集せず、スマートフォンのセンサーとGPSだけを使うので、クルマは限定されません。であれば、いろいろな人に使ってもらった方が進化のスピードは早まります。ユーザーアンケートやインタビューを行って現在もどんどん進化させています。
私がもともとつくったアプリもスマートフォンがあればよいので、原点回帰したわけです。運転スキルが向上すれば、安心・安全にもつながりますし、クルマ社会に貢献することにもつながります。その意味でも裾野を広げた方がいいんです。
そして、運転を楽しくするために、またより安全に寄与するために、このようなことに取り組むHondaに対して、好感を持っていただければ嬉しいです。
運転がうまくなるには?
RoadPerformanceをどう活用すればいいですか?
アプリは、ガタつきの少ない運転を高評価するので、どうすればそうなるか感覚を研ぎ澄まして運転していると、だんだんクルマの挙動を感じられるようになるんです。そうすると、挙動を乱さないように操作しようとしますし、挙動が乱れても素早く感じ取れるので、少ない操作で修正することができます。
かつて、社内ドライバー訓練アプリを活用してくれた同僚は「運転がうまくなったね」と言われるようになったそうです。その同僚がスキルアップに一生懸命になったのは、アプリを使い始めた当初、奥さんよりポイントが低くて相当悔しかったからだそうですけど(笑)。
RoadPerformanceは、「直進」「加速」「減速」「旋回」「複合」の5つのシーンで採点を行います。ただポイントが出るだけでなく、採点を行った運転の挙動のガタつきなどがグラフで表示されますので、コーナリングであれば、前半・後半のどこでガタついているかなど、自分の“手ぐせ”を知るヒントになります。
走行中のリアルタイム評価を聞きながら運転すると、「あっ、今のはまずかったな」「今度のコーナリングは決まった!」などと自分の運転評価を知ることができるので、それだけでも感覚が研ぎ澄まされていくと思います。一時期、私は栃木の自宅から埼玉の職場まで高速道路を使ってクルマ通勤しましたが、まったく退屈せず、充実した運転時間を過ごすことができました。クルマをまっすぐ走らせるのって奥が深いんですよ。
運転スキル評価の記録画面。左が「モーション」で、評価した運転箇所を地図で示し、「車速」「ガタつき」をグラフで表示します。右は「Gメーター」で、クルマにかかる前後左右Gの変化の軌跡を示します。
RoadPerformanceの今後は?
今後の発展のアイデアはたくさんあります。どのように評価したのかを何かビジュアルで見せられないかとか、自分の運転を振り返ろうとしても、そもそもそのシーンを覚えていないでしょうから、動画と合成できないかなども探っています。また、運転に対してAIが音声でアドバイスしてくれるようにできないかなどと、いろいろなことを考えています。計測のヒントを伝えるようなものを実装しようという話も進めていて、徐々にデザインなどが出来上がってきています。
今も簡潔なテキストで、5つのシーンの運転のアドバイスを載せていますが、実際の操作に対するリアルタイムなアドバイスがもらえるとよりいいですよね。
どうすれば高ポイントを獲得できるかが分かれば、やる気も高まりますね
そう思います。最初はポイントをどう上げていけばいいかわからないと思うので、そこをサポートできる機能改善に取り組んでいきたいと思います。僕ができるアドバイスとしては、アベレージポイントを上げるのではなく、まずは各シーンで高ポイントが出るように、いろいろな運転を試してみてください。高ポイントが出る感覚がわかってくるとより楽しめるようになると思います。
スマートフォンの置き方は縦置きか平置きが選べるので、平置きでしっかり置くことをお勧めします。そして、運転姿勢を大切にしてください。クルマの挙動を感度高く感じ取るためには正しい運転姿勢が大事です。
走り方としてはまず、まっすぐ走る直進を、感覚を研ぎ澄まして前後左右にガタつかせないように走ってみてください。次に加速や減速、旋回する際に、ていねいな操作でスムースにクルマの動きを繋げてみてください。感覚とスコアの関係を確かめつつ、自分の運転を意識することです。
運転がうまくなると、どんな幸せが待っていますか?
家族や友人から運転がうまいねと言われることですね。結構気持ちのいいものですよ。また、安定して走行できるようになると運転に余裕が生まれ、周囲がよく見られるようになりますし、疲れにくくなります。急な操作をしないよう、周囲の交通状況を見て危険を予測するようになると思います。また、燃費がよくなったという話も聞きました。
僕は、鈴木さんの意見に加えて、単純に愛車をよりうまく操れるようになることは、それだけで十分に楽しさや喜びがあるのかなと。ぜひ周囲の方にもRoadPerformanceを薦めて、日々の運転をより楽しんで欲しいです。