語り継がれる思い Vol.4 NSXヒストリー「トルクベクタリング」「SPORT HYBRID SH-AWD」がもたらした、
新たな走りの喜び
2020.11.20

ドライバーの思考や感情をすべて知り尽くして応えてくれるクルマがあったなら、どんなに楽しく快適なことでしょう。「意のままの走り」、「人車一体」。世界中の自動車メーカーがさまざまな言葉で目標に据え、あるいはセールスポイントとしてきた“性能”です。NSXの志もまた、「理想操安」と名付けた「意のままの走り」にありました。30年前、ミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)レイアウトやオールアルミ・モノコックボディーなどによって追い求めたHondaの理想は、「駆動力を曲がる性能にも活かす」という新たな技術を手に入れ、2代目NSXに、誰も到達したことがない異次元のオン・ザ・レール感覚と、新たな走りの喜びをもたらしたのです。

■ 駆動力で曲がるという発想

「トルクベクタリング」とは、文字通り「Torque(駆動力)」を「Vectoring(大きさや向きを指定する)」こと。左右のタイヤに異なる量の駆動力を与え、タイヤの角度変化だけでは得られない回頭性能や旋回性能を生み出す技術です。手漕ぎボートで片方のオールを強く引けば、それと反対方向に向きを変えていく原理と同じ。運動性能や操縦安定性の理想を追い求めるHondaは古くからこの原理に注目し研究を行ってきました。そして、1990年代初頭には、駆動力の左右差によって曲る力を発生させる「ダイレクト・ヨー・コントロール」の考え方を発表。さらに、車両運動性能の新しい解析手法である「ベータ・メソッド」を考案し、それらの考え方をベースに、FF車の旋回性能を高める画期的なトルクベクタリングシステムATTSを開発。1996年のプレリュードに搭載しました。

■ ATTSが証明したトルクベクタリングの可能性

それまでのクルマは、駆動力をつねに左右50対50の割合で固定的に配分していました。この場合、クルマを曲げるチカラはステアリングを切ることによるタイヤの角度変化によってのみ発生します。ATTSは、ユニット内に左旋回用と右旋回用のギアセットを備え、多板クラッチによってギアの結合度合いを調整することで前輪左右の駆動力配分を最大80対20まで自在にコントロールします。タイヤの角度が発生させる曲がるチカラに、駆動力の左右差によって生み出す新たな曲がるチカラを加えることで、タイヤの性能を有効に引き出すとともに曲がる力を高めることができるのです。これにより、旋回中の加速や減速によって発生しやすいアンダーステアや車両挙動の乱れなどを抑制し、ATTSは、ニュートラルステアフィール、すなわち「意のままの走り」への新たな道を切り開いたのです。

■ 世界初、四輪駆動力自在制御システム「SH-AWD」

ATTSによってHondaは、旋回性能と安定性の両方を向上させるうえで、「ダイレクト・ヨー・コントロール」が極めて有効であることを証明しました。しかしクルマが装着するタイヤは4つ。前輪左右の駆動力だけでなく四輪すべての駆動力をコントロールすることができれば、クルマはより高度な旋回性能と安定性を獲得することができるはずです。理想の走りを追い求めるHondaの挑戦は休むことなく続いていました。そして2004年、四輪の駆動力を同時にかつ連続的にコントロールする世界初のシステム「SH-AWD(Super Handling All-Wheel-Drive)」を開発し、レジェンドに搭載。旋回性能、直進安定性、駆動性能を大幅に高めたのです。

■ 初代NSXの進化

一方NSXは、発売2年後の1992年には、レーシングカーのチューニング理論を随所に応用したピュアスポーツモデル「TYPE R」を追加。オープントップモデルの「TYPE T」(1995年)、操る気持ちよさを際立たせた「TYPE S」(1997年)、そして運動性能をさらに高めた「NSX-R(2代目TYPE R)」(2002年)を次々と発売。スポーツカーにとって理想とも言えるミッドシップレイアウトと、Hondaが得意とする自然吸気エンジン技術、そしてダイナミクス性能向上技術を磨き、たゆまぬ進化を続けていました。とりわけNSX-Rは速さと扱いやすさの両方を極めて高い次元で両立し、その運動性能は、ミドルウエイトクラスのスポーツカーとして究極にまで到達していたのです。そしてHondaは、さらなる挑戦の道へ踏み出します。「理想操安」をめざして長年培ってきた、NSXのダイナミクス性能向上技術と、「ダイレクト・ヨー・コントロール」の考え方に基づくトルクベクタリング技術を融合させ、スーパースポーツの新たな理想の走りを実現する開発に挑んだのです。

■ Hondaが誇るエンジン技術と「SPORT HYBRID SH-AWD」の融合

次のNSXを、誰もたどり着けないほど圧倒的に進化させたい。そう考えたHondaが新世代スーパースポーツにふさわしい新たなチャレンジとして選択したのが、初代NSXの基本思想と、最先端のトルクベクタリング技術の融合がもたらす、新たな走りの喜びの創造でした。Hondaが2004年に実用化したトルクベクタリング技術「SH-AWD」は、従来の電磁クラッチを用いたメカニカルな機構から、エンジンと3つのモーターによってより高度なトルクベクタリングを可能にする「SPORT HYBRID SH-AWD」へと進化を遂げていました。具体的には、メカニカル式では加速時にのみ発揮できたトルクベクタリングの効果が、モーター抵抗を生かすことで減速時にも発揮できるようになり、異次元のオン・ザ・レール感覚を実現。また、加速をモーターがアシストすることで、より力強くスムーズな加速をも可能していました。ミドルウエイトクラスの究極にまで到達したNSXの基本思想に、「SPORT HYBRID SH-AWD」のトルクベクタリング技術を融合させることで、より高次元の「走る」「曲がる」「止まる」性能が達成できる。そうした考えのもとHondaは、新世代のスーパースポーツ、2代目NSXの開発に挑戦しました。エンジンは、「ヒューマン・オリエンテッド」をコンセプトとしてパッケージを重視するNSXの思想を継承し、V8やV10の大排気量エンジンではなく、3.5LというコンパクトなミドルクラスのV6ツインターボを選択。ターボエンジンとして高圧縮比とするなど、さまざまな高出力化技術を注ぎ込み、大排気量エンジンを凌駕する373kW(507PS)を達成。35kWを発生するダイレクトドライブモーターをエンジンに直結し、さらに27kWモーター2基で高度なトルクベクタリングを可能にするツインモーターユニット(TMU)を前輪に採用しました。3.5L V6ツインターボエンジンと3つのモーターが発揮するシステム出力は、最高出力427kW(581PS)、最大トルク646N・m(65.8kgf・m)にまで到達。走りの喜びを、誰もたどり着けないレベルに引き上げる技術を完成させたのです。

■ スーパースポーツの新たな体験、2代目NSX

初代NSXの誕生以来、他社スーパースポーツの多くが「人」を重視した設計を導入し、運転のしやすさと高性能の両立をめざしました。しかしHondaにとってそれは、従来技術の正常進化であり、新たな走りの価値の創造ではありません。Hondaは、モーターを用いたHonda独自の先進技術をひとつの手段に加えることで、「人」の内面にある気持ちとクルマがダイレクトにつながったかのような、まったく新しい走りの体験「New Sports eXperience」の創造をめざしたのです。強大なパワーを緻密かつ高度に制御する「SPORT HYBRID SH-AWD」は、アクセルを踏んだ瞬間、ドライバーの気持ちに即応し遅れなく強力にシームレスに加速する、エンジンだけでもモーターだけでも得られない加速フィールの実現。左右の駆動力を自在に制御するTMUは、従来のスーパースポーツではできなかった低・中速の切れのよさと高速の優れたスタビリティを両立させ、驚くほどの回頭性とオン・ザ・レール感覚を提供します。そしてさらに、「SPORT HYBRID SH-AWD」とシャシー設定などを統合制御し、異なる4つの車両特性を実現するインテグレーテッド・ダイナミクス・システムを実現。サーキットで世界第一級の速さを発揮するスーパースポーツでありながら、住宅街ではEV走行優先のQUIETモードによって音もなく走り去るという品格を兼ね備えた、新世代のスマートなスーパースポーツ、2代目NSXを誕生させたのです。2代目NSXが提案する新たな走りの喜び。それは、「意のままの走り」を愚直なまでに追求するHondaの情熱と、30年にわたるたゆまぬ努力の結晶なのです。

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