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語り継がれる思い Vol.6 NSXヒストリー「TYPE R」NSXが拓いた、究極スポーツモデルの称号
2020.11.20

初代NSXの発端である「Honda Sports」プロジェクトでは、快適なスポーツカーを推す「シルバー派」と、快適性よりも速さを追求する「赤派」が議論を戦わせ、両方を呑み込むカタチで「快適F1」コンセプトに決定しました。しかし、速いクルマをつくりたいという純粋な思いは技術者たちの胸の奥でくすぶりつづけ、サーキットベストの高性能バージョンを望むオーナーの声に後押しされるように実現へと向かいます。そして誕生したピュアスポーツモデル「NSX-R」は、自動車雑誌に「これ以上のクルマは本物のレーシングカーしかない」と言わしめるほどのインパクトを与え、その称号「TYPE R」は、Honda究極のスポーツモデルの証として、現在に受け継がれることとなるのです。

■ さらなる軽量化へのチャレンジ

驚きと賞賛のもとでデビューした初代NSXは、その魅力を維持し続けるため“次の一手”の検討に入ります。ちょうどその頃、オーナーの方々から「サーキットでもっと走りやすい高性能バージョンが欲しい」という声が聞こえてきました。期待に応えられる“次の一手”とはなにか。そう考えたときに再浮上したのが、開発初期の山籠もりで議論した「赤派」のクルマです。それは、速さを追求するためならパワステやエアコンといった快適装備は極力はぎ取って徹底的に軽量化したい、というレースカーの考え方に基づくストイックなアイデアでした。可能性を確かめるために、走りに不要な装備をすべて取り去ってみると、実に軽快で走りが楽しい。ならば軽量化をトコトンやり切って見せようというコンセプトを打ち立て、のちの「TYPE R」となるNSXスーパーライトのプロジェクトがスタートしたのです。軽量化のアイデアは多岐にわたりました。遮音材や制振材の廃止、バンパービームやドアビームのアルミ化、クラッチダンパーの廃止、リアスポイラー、リアパーテーションガラス、クラッチダンパー、さらにはシフトノブなどグラム単位の軽量化案も集まり、それだけでも110kgほどの削減が見込まれます。チームはさらに軽量化を突き詰め、数十項目にわたる徹底した軽量化によってベース車に対し120kgもの削減を達成したのです。

■ レーシングカーでありスポーツカー

開発チームは、スーパーライトをレーシングカーとスポーツカーの中間に位置づけました。鈴鹿サーキットがオープンした1960年代はアマチュアレースが盛んで、愛好家はチューンアップしたクルマで一般道を移動し、そのままサーキットでレースを楽しんだものです。アマチュアレースのレベルが高まると、レース用の車両は公道を走れない(車検が通らない)ほど専用化し、愛好家はローダーを借りてレース車両をサーキットに持ち込むようになります。つまりサーキット走行のハードルが高くなっていました。もっと多くのオーナーにサーキット走行やレースを楽しんでいただきたい。そう考えたチームは、サーキットでベストパフォーマンスを発揮するレーシングカーであり、なおかつ一般道も走れるスポーツカーを、スーパーライトのコンセプトとしたのです。そして、乗り心地や静粛性を潔く切り捨てて軽量化にまわす一方、ラップタイムを縮めるために、レーシングカーのチューニング理論を随所に応用しました。パワートレーンは、エンジンのバランス精度をより高め、トランスミッションはファイナルギアレシオを引き下げることでエンジンの高回転域を多用できるようにチューニング。足まわりは、ニュルブルクリンクをはじめとする世界各地のサーキットで走行テストを重ねながら、サスペンションは硬く締め上げ、ブレーキは耐フェード性を高めることでコーナリングスピードを向上させました。こうして、サーキットベストのレーシングカーであり、自走でサーキットと自宅を往復できるスポーツカー、スーパーライトが磨き上げられていったのです。

NSX-Rの性能コンセプトで用いた天の川チャート、さらにF1に近づけるポジショニング

■ Honda第一期F1の血統

当時、スポーツカーのボディーカラーと言えば赤やシルバーが代表的でした。しかしNSXスーパーライトは、のちに、Honda TYPE Rシリーズの象徴となる白を専用カラーに選択しました。なぜならスーパーライトは、単にベース車両から装備をはぎ取っただけのクルマではなく、Honda F1の血統を受け継ぐピュアスポーツモデルと位置づけていたからです。Hondaは四輪事業に進出して間もない1964年、世界最高峰の自動車レースF1に参戦し、翌1965年の最終戦メキシコGPで、Honda初、そして、純日本製F1マシン初の優勝を成し遂げました。その記念すべきマシン「RA272」がまとっていたのが黄味の強いホワイトだったのです。チームは「RA272」を彷彿とさせるアイボリーホワイトを専用カラーに設定し、F1初優勝を連想させる「チャンピオンシップホワイト」と命名。さらに、「RA272」がノーズに付けていた赤色のエンブレム(通称 赤バッジ)を、Hondaのチャレンジングスピリットの象徴として与えました。

第1期F1はアイボリーホワイトのボディーに赤エンブレムを纏って参戦

■ 究極スポーツモデルの称号、TYPE R

スーパーライトとして開発してきたNSXのサーキットベストバージョンは、「TYPE R」のサブネームを与えられ、1992年、3年間の限定生産で発売されます。命名にあたって「TYPE S」などいくつかの案が浮上したものの、チームは「TYPE R」の腹案をかたくなに譲りませんでした。それは赤(Red)派のRであり、レース(Race)のR。Sが連想させるスポーティー(Sporty)イメージでは表しきれない本格的なサーキットポテンシャルを、スーパーライトは獲得していたからです。冒頭で紹介した賛辞を筆頭に、本格スポーツカーとしての地位を確立したNSX-Rは、10年後の2002年、チューニング領域を空力にまで拡大し、ダウンフォースを活用し、高速域での安定性と低・中速域の切れのよさを両立させてさらに進化させたNSX-Rを投入。唯一無二、孤高の存在へと登り詰めます。そしてまた、初代NSXが確立したTYPE Rの開発手法、すなわち、“軽さと速さを研ぎ澄ましたピュアスポーツモデル”は、インテグラ TYPE R(1995年、2001年)、シビック TYPE R(1997年、2001年、2009年、2015年、2017年)へと受け継がれ、Hondaの究極スポーツモデルの称号として、そして、Hondaのチャレンジングスピリットの象徴として、多くのお客様から愛され続けているのです。

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