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語り継がれる思い Vol.5 NSXヒストリー「鷹栖プルービンググラウンド」NSXの経験が生んだ、過酷だからこそ
理想的なテストコース
2020.11.20

北海道上川郡鷹栖町。旭川市に隣接する町の豊かな自然のなかに、鷹栖プルービンググラウンドはあります。東京ドーム167個分に相当する広大な敷地には、ニュルブルクリンクをモデルとしたワインディングコースをはじめ、アウトバーンを想定した高速周回コースやロサンゼルスの坂道を再現したUSコースなど、世界各地の道路環境が数多くレイアウトされ、開発スタッフがプロトタイプ車両を持ち込んでは過酷なテストを重ねています。Honda車を、世界に通じる性能と品質に鍛え上げる試練の場。あまりにも過酷だからこそ、理想のクルマづくりのために理想的なテストコース。その建設は、NSXが直面した“壁”がきっかけとなってスタートしました。

■ 「剛性が足りない」

初代NSXの開発が佳境を迎えた1989年、開発チームは予期せぬチャンスに恵まれます。鈴鹿サーキットでの走行テストの日、ときを同じくして新マシンのテストに訪れていたF1ドライバー、アイルトン・セナに乗ってもらい意見を聞く機会が訪れたのです。彼は、「量産車の開発に携わったことがないので、適切なコメントを言えるかわからない」と前置きしたうえで、率直な感想を真摯に語ってくれました。エンジンやシフトフィール、乗り心地や静粛性などにおおむね好評価を与えたのち、「曲がりくねったコーナーや路面がうねったところで、車体が“よれる”感じがする」、そして、「車体のねじれ剛性をどう評価しているのか」と切り出します。つまり、「剛性が足りない」と指摘したのです。チームはもちろん、他社スーパースポーツ並みの剛性値を達成したうえでテストに臨んでいます。しかし、数値で表される剛性値とドライバーが乗って感じる剛性感とは違う。いくら数値が優れていても、「頼りない」「しっくりとこない」といった違和感や不安感をいだかせてしまっては、「意のままの走り」をめざす「快適F1」にとっては致命的と言えるでしょう。そのときにたどり着いたのが、世界一過酷なコースとして知られるニュルブルクリンクでした。

■ ニュルブルクリンク北コース

「クルマを鍛え上げるにはドイツのニュルブルクリンクがいい」という話しは、Hondaもかなり前から知っていました。なかでも1周20kmを超える北コースは、低・中速コーナーから200km/hを超す高速コーナーまで大小200近くのコーナーを持ち、1周の高低差は約300m、路面のアンジュレーション(起伏)のなかにはクルマをジャンプさせてしまうほど激しいものもあり、クルマの弱点を丸裸にしてしまうコースとして知られていました。セナに剛性不足を指摘されたことをきっかけにマネジメントサイドを説得し、長期におよぶニュル通いをスタートさせます。しかし、そこに待ち受けていたのは想像を超えるニュルの厳しさでした。200km/hオーバーの高速コーナーでは横方向の加速度(G)は1Gにも達し、アンジュレーションはボディーやサスペンションに絶え間なく強い入力を与えながらドライバーの身体を上下左右に揺さぶります。しかも連続するコーナーの多くはブラインドで見通しがきかない。「頼りない」「しっくりとこない」といった違和感は“恐怖”にまで増幅されドライバーを襲うのです。こんなにも過酷なコースが世の中に存在することが驚きであると同時に、ドイツ車が優れている理由を納得させられる場所、それがニュルブルクリンクの北コースでした。

■ 目標は安心して速く走れる剛性感

セナの指摘を受けたチームは、テスト車の剛性を大幅に高めてニュル通いに臨みました。しかし、ニュルを走るにはまったく不十分で、次々と課題が浮き彫りになります。たとえば、200km/hで旋回しながらジャンプポイントを駆け抜けると、着地後に車体が大きくよれてしまう。別のセクターではタイヤからのインフォーメーションが不足しドライバーの操作が惑わされる。ニュルでは、剛性の足りないクルマは怖くて走れない、というのが偽らざる結論でした。では、どこまで剛性を高めればいいのか。テスト車はすでに他車スーパースポーツ同等以上の剛性値を達成しています。それでも足りない。そう、剛性値はあくまでも数値で表す指標であってドライバーが覚える剛性感とは違うのです。そこでチームは、剛性の目標を剛性値から人間の感性へと変え、「ニュルを安心して速く走れる剛性感」をめざすことに定めます。安心が得られるまで妥協なく剛性感を高める。そのために増加する重量は設計の工夫で徹底的に抑える。そうした姿勢で数え切れないほどのテストと改良を行った結果、NSXのボディーは他のスポーツカーを凌駕する剛性感を手に入れ、高性能と快適性が高次元で両立する「快適F1」の母体となったのです。

ニュルブルクリンク カルーセルコーナーを走るプロトタイプ(NS-X)

■ ニュルの経験を次代に活かす、理想的なテストコース

Hondaは、1958年に初めて自前のテストコースを東京・荒川に開設し、1979年には、そこで培ったノウハウを生かした総合テストコース、栃木プルービンググラウンドを完成。クルマの開発に役立ててきました。しかしニュルの経験は、「理想のクルマをつくるためには、理想のテストコースが必要だ」という真実をHondaに突きつけるものでした。かねてから検討していた新テストコース建設のプロジェクトは、ニュルの経験によって加速し、1990年に鷹栖プルービンググラウンドの高速周回コースや冬季関連コースが開設。そして1993年、ニュルブルクリンクの厳しさを1周6.2kmに凝縮したワインディングコースが完成します。ニュルのエキスを注入した激しいアンジュレーションやジャンプポイントまでを備え、開発段階のクルマを「これでもか」というほど鍛え上げる試練の道。すべてのHonda車は、この試練を乗り越えてはじめて、お客様のもとへ旅立つ資格を得るのです。鷹栖プルービンググラウンドは、その後も、欧州郊外の一般道を模したEU郊外コース、ロサンゼルスの坂道を再現したUSコースなどが追加され、それらは現地の路面プロファイルまでを再現した高い精度で建設されています。ニュルの経験は、世界のさまざまな道で快適に運転できるクルマをつくるための、理想的なテストコースとして昇華され、いまも進化を続けているのです。

(この映像は音声が含まれておりません)

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