語り継がれる思い Vol.1 NSXヒストリー「コンセプト」高性能と快適性が高次元で両立する
新世代のスポーツカー
2020.11.13

NSXのはじまりは、アンダーフロア・ミッドシップエンジン・リアドライブ(UMR)と呼ばれる基礎研究でした。フロントエンジン・フロントドライブ(FF)を得意とするHondaにとっては未知の領域。その研究は量産にこそつながらなかったものの、従来のFF車にはない「楽しいハンドリング」をHondaに発見させ、意のままに操れる「理想操安」の研究へと発展していきます。そして1985年6月、「Honda Sports」プロジェクトが始動。だれも見たことがない、新しいスポーツカーを創造するという孤高の挑戦がスタートしたのです。

■ 快適F1

プロジェクトのテーマは、「Hondaらしい、先進でアイデアあふれるスポーツカーを提案し、長年のHonda Dreamを実現する」こと。では、Hondaらしいスポーツカーとはどういうものなのか―。チームにとって最初の難題はコンセプトの立案でした。思いの丈を存分にぶつけあうためにチームは研究所を抜け出し、旅館に連泊しての検討会、いわゆる“山籠もり”に入ります。当時、F1で快進撃していた※1ことから、ある者は「F1直系のシンプルでなにも付いていないピュアスポーツカーだ」と言い、またある者は「ハイテクのHondaイメージを象徴する電子制御にあふれたスポーツカーだ」と言います。まさに議論百出、メンバーそれぞれが理想とするスポーツカーを熱く語り合い、結論には到底至りません。そんな検討会を幾度重ねたことでしょう。果てしない議論の末にたどり着いたのは、それまでの概念を超える新世代のスポーツカーとして、高性能と快適性が高次元で両立した「快適F1」を世に送り出そうというコンセプトでした。

※1 :Honda F1第二期(1983-1992)。1985年終盤、ウィリアムズ・ホンダとして3連勝を飾り、翌1986年には16戦9勝という圧倒的な強さでコンストラクターズタイトルを獲得した。

■ シルバー派と赤派

コンセプトの議論は、大きく分けて2つのグループで進みました。ひとつは、ハイテク技術を使ったフル装備の快適なスポーツカー。もうひとつは、装備をできる限りはぎ取って走行に必要なものだけをつけた「性能命」のスポーツカー。前者は「シルバー派」、後者は「赤派」と呼ばれていました。それら両方を呑み込むカタチで「快適F1」というコンセプトが定まりましたが、「ただただ速いクルマをつくりたい」、「トコトンやり切ったらどこまで速くできるんだ」という気持ちはどちらのグループも共通して抱(いだ)いていました。その、技術者として純粋なチャレンジ精神が、やがてピュアスポーツモデル「TYPE R」を生み出すことになるのです。

■ 人間中心のスポーツカー

次の課題は、コンセプトである「快適F1」をいかにして実現するかということでした。そもそもスポーツカーにとっての「快適」とはどういう心地よさを言うのだろう―。解決のヒントは当時の伝統的なスポーツカーにありました。1980年代のスポーツカーといえば、「スパルタン」という言葉に代表されるように、乗り手を選んだり、乗員になんらかのガマンを強いたり、「ねじ伏せてこそスポーツカー」という風潮にありました。Hondaが提案する新世代のスポーツカーはそうであってはならない。ドライバーの意志に忠実なクルマ、運転の緊張からドライバーを解き放つクルマ、運転に快適な環境を持ったクルマ、つまり「人間中心」に考えつくり上げていけばスポーツカーを革新できる、誰にとっても使いやすく長く愛していただけるスポーツカーを生み出すことができると考えたのです。その背景には、Hondaが創業期から大切に受け継いできた「人間尊重」の基本理念、そして、「機械が人間に奉仕する(技術は人のために)」という考え方がありました。この考え方は、3代目シビック(1983年)において「ヒューマン・フィッティング」という言葉につながり、人とクルマのインターフェイスを良好にするというコンセプトを導きます。そして、「快適F1」を実現する3つのテーマのひとつとして受け継がれていくことになるのです。

【三軸図】NSXの開発にあたり、Hondaは三軸図と呼ぶ3つのテーマを掲げた。「走る」「曲がる」「止まる」の高次元バランスをめざした「ビークル・ダイナミクス」、人間のための快適で最適なドライビングをもたらす「ヒューマン・フィッティング」、さらにはさまざまな天候や道路、走行時の環境に適合するための「ロードコンディション・アダプタビリティ」であり、これら3つの輪を最大限に広げることをめざした。

■ めざすは世界一の運動性能

新世代のスポーツカーを実現するためにHondaがめざしたのは、「走る」「曲がる」「止まる」の基本性能を極限まで高め、それらを高次元でバランスさせること、すなわち、世界一のビークルダイナミクス(運動性能)を実現することでした。しかし、パワーをやみくもに求めるだけではクルマは大きく重くなり、ハンドリングに難のあるヘビーウエイトクラスのスポーツカーになってしまう。反対に軽量化を突き詰めるだけでは、俊敏なハンドリングではあってもパワーが物足りないライトウエイトクラスのスポーツカーになってしまう。そこでHondaは、パワーとハンドリングのバランスに優れたミドルウエイトクラスに着目。スポーツカーとしての利点を数多く持つミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)レイアウトを基本に、パワーとハンドリングの高度な両立を追求しました。その目標を明快に表現しているのが「天の川チャート」と呼ばれるコンセプト図です。それまでのスポーツカーが高性能の象徴としてきたパワーウエイトレシオに加え、ホイールベースウエイトレシオという指標をはじめて導入。それらを縦軸と横軸に配した分布図において、ほとんどのスポーツカーが帯状ゾーン(天の川)に位置づけられるのに対し、天の川を飛び出し、F1マシンにより近い高性能スポーツカーをめざしました。

【天の川チャート】縦軸をパワーウエイトレシオ(主に加速性能を表す)、横軸をホイールベースウエイトレシオ(主に運動性能を表す)としたコンセプト図。帯状ゾーン(天の川)右下のヘビーウエイトクラスから左上のライトウエイトクラスまで大半のスポーツカーが天の川に留まるところ、HondaはF1マシンにより近い高性能スポーツカーをめざした。

1990年9月 NSX誕生

■ お客様とともに進化するスポーツカー

1990年9月、Hondaが世界に問う新世代スポーツカーは、NSXの名を与えられついにデビューを迎えます。しかし、つくって販売することだけがHondaの目標ではありませんでした。ハードとソフトの両面からNSXを進化させ、単なるスポーツカーではなく、いわば文化にまで育てようという志がデビュー当初からありました。例えばハード面では、TYPE RやTYPE Tといったバリエーション展開はもちろん、長年乗り込んだNSXをベストな状態に蘇らせるリフレッシュプランを導入。2020年現在も、初代NSXの生まれ故郷である高根沢工場跡地に建設された「リフレッシュセンター」において、専任の工場メンバーによる純正部品を使ったていねいな作業によって、経年劣化したNSXに新たな息を吹き込んでいます。ソフト面では、デビュー翌年の1991年から「NSXオーナーズミーティング・スペシャル(現・NSX fiesta)」をスタート。現在も全国各地から新旧NSXが鈴鹿サーキットに集い、NSXのある喜びを分かち合っています。時代とともに変わる価値観のなかで、つくり上げた理想を育て続ける姿勢こそが、30年もの間愛され続ける理由なのかもしれません。

【NSX進化育成相関図】NSXの進化内容をツリーになぞらえて表した図。技術的進化を幹に、左にはバリエーション展開やカスタムオーダープランなどのハード環境、右にはオーナー向けのイベントやレース活動などのソフト環境が構想されている。NSXをベストコンディションで乗り続けていただくためのリフレッシュプランは太陽に見立てられた。

■ 受け継がれる理想

「快適F1」という世界に類を見ないコンセプトを具現化した初代NSXは、2005年、惜しまれながら生産を終了します。「人間中心のスポーツカー」というHondaの思想は、世界の自動車メーカーにスポーツカーの在り方を再考させるほど大きなインパクトを与え、いまでは、スーパースポーツの多くが人間重視の設計や運転のしやすさを採り入れるようになりました。しかしHondaは、それらは正常進化の範囲にあり、新たな走りの提案やスーパースポーツの革新には至っていないと考えていました。だからこそHondaは、モーターを用いた独自の先進技術を手段に加え、再び、新たな走りの喜びの創造をめざしたのです。「快適F1」、「人間中心」という初代の志を、色褪せることなく2代目へと受け継ぐ一方、初代が掲げた三軸図のテーマを時代進化分を加えて深化させ、まったく新しい走りの体験「NEW SPORTS EXPERIENCE」、世界第一級の速さである「PEAK PERFORMANCE」、優れた視界と快適な操縦性を確保する「HUMAN-CENTRIC COCKPIT」として継承。これらの指標を最大限に広げることで、日常からサーキットまで新たな理想の走りを実現する、Hondaスーパースポーツの開発に挑んだのです。エンジンと3つのモーターによる高度なトルクベクタリングを筆頭に、世界第一級の速さと快適な操縦性を両立させた2代目NSXは、Hondaにしかつくり得ないスーパースポーツとして、さらなる理想に向けて走り続けます。

2016年8月 2代目NSX

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