初代NSXからはじまる復刻部品と新たなレストアサービス「Honda Heritage Works」

初代NSXからはじまる復刻部品と新たなレストアサービス「Honda Heritage Works」#NSX #メカニズム #エンジニア
2025.12.12

Hondaは、旧型スポーツタイプの車種を対象とした新たなヘリテージサービス「Honda Heritage Works(ホンダ ヘリテージ ワークス)」を、2026年春から日本で開始します。内容としては、車両のコンディションを良好に保つことを目的に、一部の生産終了車種向けの復刻部品「Honda Heritage Parts(ホンダ ヘリテージ パーツ)」のグローバル供給とこれらの部品を活用した新たなレストアサービス「Honda Restoration Service(ホンダ レストア サービス)」 です。Hondaはどのようにしてこのサービスを開始するに至ったのか。背景にあるストーリーと熱い思いを、担当者たちに聞きました。

答える人

加藤

本田技研工業株式会社 テクニカルサービス部 リフレッシュセンター 主任加藤 諒(かとう りょう)2017年入社。四輪車の電装開発部門にて、2代目NSXや10・11代目CIVIC等の電動パワーステアリングの開発に携わる。その後、国内部品販売部門にて、Honda純正部品の拡販企画に携わる。現在はリフレッシュセンターにて企画を担当している。

神田

本田技研工業株式会社 四輪開発本部 四輪開発戦略部 完成車戦略企画課 エキスパートエンジニア神田 稔也(かんだ としや)1989年入社。ABSの先行研究開発を担当、 INTEGRA TYPE R(DC5)では、シャシー領域のプロジェクトリーダーとして、Honda初のbrembo社製ブレーキを搭載した。その後、シャシー開発全般から将来戦略、事業開発などに携わってきた。現在はヘリテージプロジェクトの開発本部領域の取りまとめを担当している。

小栗

本田技研工業株式会社 テクニカルサービス部 リフレッシュセンター チーフ小栗 隆二(おぐり りゅうじ)2012年入社。四輪車の市場品質に携わり、品質情報のフィードバックや販売店からの難問修理を担当。現在は初代NSXのリフレッシュプランに携わり、プランの見積もりから施工を担当している。

旧車そしてNSXを愛する人と人の出会いがあった

企画担当の加藤さんは元々開発の方だったそうですね。

加藤さん:はい。開発部門で電動パワーステアリングの制御設計をやっていました。それから、Honda純正部品の国内部品販売の部門に異動しました。

開発部門から部品販売への異動は珍しく感じます。

加藤さん:実はプライベートで古いスポーツカーに乗っていて、そのクルマのメンテナンスに必要なヘリテージパーツが発売されたときにすごく感激したんです。その感激を、Hondaのスポーツカーオーナーのみなさんにも提供したいと思い、ヘリテージパーツをやりたいと訴え続けていました。そして縁あって部品部門に異動でき、夢に一歩近づくことができたわけです。

今回のプロジェクトに携わることになったいきさつは?

加藤さん:部品販売の部門に移ってしばらくして、役員を囲む社内の座談会に参加しました。そのとき役員から、「君はなぜ開発から部品販売に異動したんだ」と聞かれ、旧車に乗っていてヘリテージパーツをやりたいという想いを伝えました。しばらくして異動の声が掛かり、プロジェクトに参加することになりました。そのときは知らなかったのですが、その役員も古いクルマが好きで、今回のプロジェクトを始めた張本人だったんです。こんな偶然、ありますか?思い続ければ夢は叶うんですね。

まさに運命を感じますね…。ところで神田さんも開発出身と伺いました。

神田さん:私は1989年に入社して、初代NSXの4輪アンチロックブレーキ(4W A.L.B.)、今でいうABS※1の開発に携わったんです。それから開発部門で新型車のシャシー開発を行ったり、アメリカのパイクスピークを走った4モーターのNSXのプロジェクトにも携わっていました。その後、発売後のクルマに適用する部品開発の仕事に携わるようになりました。そして、初代NSXのブレーキ開発のリーダーだった方から、卒業前に「神田、頼むぞ」と託され、今回のプロジェクトに関わることになったのです。いま、当時の開発の記憶を辿りながら、A.L.B.(現在のABS)をはじめとした部品開発を進めています。巡り巡って、初心に帰ったようで縁を感じています。

※1 Hondaは1982年、日本で初めて「Anti-Lock Brake System」を2代目PRELUDEに搭載しました。当時HondaではA.L.B.と表記していましたが、現在はABSと表記しています。

神田さんも運命的な出会い。小栗さんも初代NSXに携わっていたんですよね。

小栗さん:僕は、ホンダ学園※2を卒業してHondaに入りました。F1が大好きでF1の仕事ができたらいいなと思っていましたが、配属されたのが、NSXリフレッシュプランも行っている国内サービス部門でした。はじめは既販車の品質情報に関わる仕事をしていましたが、どうしてもF1のような頂点の仕事をしてみたいという気持ちがあり、Honda車の頂点ともいえるNSXに携わりたいと考え、2019年に希望が叶いリフレッシュセンターへ異動することになりました。そして、今回のプロジェクトのメンバーとなりました。

※2 学校法人ホンダ学園 ホンダテクニカルカレッジ

Hondaスポーツカーに1日でも長くお乗りいただくために

それでは「Honda Heritage Works」の概要を教えてください。

加藤さん:このプロジェクトは、「Hondaスポーツカーオーナーのみなさまに、1日でも、1キロでも長く乗っていただく」ことを目指す取り組みで、まずは初代NSXから開始します。これまで行っていたNSXリフレッシュプランは、初代NSXを開発した自動車メーカーであるHondaが工場出荷状態に戻すというプランでしたが、そこから走り続けることに目標を絞ったといえます。

小栗さん:僕がNSXリフレッシュプランに関わり始めた2019年は、まだ部品は頼めば届くといった状態でした。しかし、初代NSXの部品需要が今後高まることが考えられたので、部品を確保するための洗い出しを行ったところ、一部の部品が確保できないことがわかりました。初代NSXが発売されて35年も経ち、部品メーカーさんが生産を終了する前に今後を見込んで部品を生産していただいたのですが、予想より需要が高まって不足状態になったり、金型が傷んだりとさまざまな理由からです。

神田さん:仮に90%ぐらいの部品があり、10%ぐらいの部品の不足が想定されたときに、どう対応すればいいかという課題が浮上したわけです。すべて新車同様の部品を作るとなると、金型の修復や新規製作、製造ラインを追加するなど大きな投資が必要で、その費用が部品価格にも反映されます。果たしてそれがオーナーのみなさんが望んでいることでしょうか?根本的な希望は走り続けられることだと思います。そのための具体的な対策方法を、このプロジェクトで考え尽くしてきました。

加藤さん:走り続けるための部品の確保を目指しても、全部の部品を一気に対策することは困難です。そこで、この数年で在庫がなくなりそうな部品の中から、本当に必要なものを見極めました。初代NSXを対象にしたのは、誕生から35年を経ていながら、いまだ約70%のクルマが登録車として残っているからです。そこで、現役で存在する多くの初代NSXを守ることを第一の目標としました。Hondaが長年行ってきたNSXリフレッシュプランや、神田さんのような開発に携わった方のノウハウ、そして、初代NSXの走りを支えてくださっている専門ショップさんを訪ねて話を伺い知見を集め、さらに実際のオーナーのみなさんがどのようなことに困っているかの調査も加えて、データで裏付けを取りながら部品選定を進めました。

神田さん:そのような目標でレストアを行うとき、量産純正品と全く同じ仕様のものが必要かというと多分そうではありません。例えば、これまでまるごと交換していた部品の一部分を交換することで走れるようになることもあります。お客様のニーズに合わせ、さまざまな手法を考え、よりリーズナブルに走り続けていただくことを考えました。

それが純正互換部品ですね。

神田さん:わかりやすく言うと、A.L.B.が故障しワーニングが点灯すると車検が通らず、公道を走れなくなります。でもA.L.B.ユニットは生産が終了していて交換することができません。そこで、部分的な手当てをして純正部品同様の機能を再現しようというのが純正互換部品の考え方です。A.L.B.で言えば、故障の原因となっているモーターをリビルドしたり、代替できる部品を見つけて取り換えるといった対応です。そうすればまた公道を走れるようになります。シートでも、電動シートのモーターが故障したとき、交換するモーターがないとあきらめるのではなく、原因となっているモーター内のブラシの修理なら可能です。経年変化で摺動抵抗が上がって多少の作動音が出ても走りには影響はないと許容していく考え方です。

小栗さん:NSXリフレッシュプランに携わった者としては、工場出荷状態に戻すのがコンセプトでしたから、シートに不具合が出たらシートをまるごと交換し、新品部品に戻すという安心感も含めてお客様に提供していました。しかし、今後続けるためにはその考えを変えていかなきゃいけないことはわかっています…。

加藤さん:これまでのNSXリフレッシュプランを否定しているのではなく、工場出荷場状態に戻すというこだわりを持っている小栗さんの視点も重要なんです。僕と神田さんが修理対応や互換部品対応を考えていても、小栗さんが「そこはもう少し出荷状態に戻す対応ができないか」と主張してくれるので、検討を深めることができます。

神田さん:たとえば、モーターを修理し、表皮を張り替えて新品同様になったシートのすぐ脇にあるドアガーニッシュの塗装が剥げていたとします。走りには影響ないので、私たちは対応しなくてもいいのではと考えがちですが、小栗さんはドアガーニッシュも直すべきだと主張しました。たしかにそうだと、ドアガーニッシュは再生産対応にしています。そのような、機能と品質のバランス取りについても検討を重ねています。

Hondaがレストアサービスを行う意味

「Honda Restoration Service」の魅力、強みを教えてください。

加藤さん:やはり、NSXリフレッシュプランを含め、30年以上にわたり、Honda自らが初代NSX一筋で行っていることですね。開発の背景を知っていますし、当然お客様の使われ方、劣化の仕方もずっと見ているわけです。

小栗さん:どのようにリフレッシュしたかはすべて写真にとって記録しています。歴代の担当者からのノウハウの伝授もあります。その経験を通じ、年を経てどこが劣化していくかも把握できているので、取り換える部品をあらかじめ入手しておくという対応もNSXリフレッシュプランで続けてきました。そのノウハウのすべてを、これからのレストアサービスに活かすことができます。

神田さん:当然ながら、部分的な部品交換を行っても問題ないことを私が在籍する開発部門で、メンバーを集めて対応の仕方をじっくりと検討しました。たとえば、A.L.B.のモーターも、はじめは交換部品がなくシステムの修理ができなかったのですが、モーターはリビルトで修理できるかもとアドバイスをくれました。メンバーを集めてくれたのも、初代NSXの元開発メンバーたちです。“やろう”となったら人のつながりで部門を超えて集まる。そこはHondaのよさだと思います。

小栗さん:僕もNSXリフレッシュプランで部品の対応で困ったときに、開発部門で初代NSXに関わっていた方に相談したところ、二つ返事で快く応じていただきました。その相談の途中でその方は卒業されたんですけど、後任の方も紹介いただいたので活動が継続できました。これがHondaなんですね。仕事に対する姿勢も「人間中心」なんです。

加藤さん:これまでのHondaの経験に加え、NSXを支えてくださっているショップのみなさまとも手を取り合いながら、1日でも長く初代NSXを守っていきたいと思っています。
そして、ノウハウを蓄積し、さらに他のHondaスポーツカーにもプロジェクトを広げていけたらと考えています。

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