
軽乗用車初の2シーター・ミッドシップオープンカーであるBEAT。自由で、小さくて、親しみやすく、乗って走って心から楽しめるようなクルマがあっても良いのではないかとの思いで開発したスポーツカーです。発売から35年を記念して、BEATを長く所有し続けるHondaレーシングドライバーの佐藤 琢󠄀磨選手と塚越 広大選手に、サーキットで走ってもらい、BEATについて語っていただきました。
-
まずはBEATとの出会いについて教えてください
佐藤:まだ中学生だった1990年にNSXがセンセーショナルに登場して、その翌年にBEATが発売されました。第一印象は「可愛いクルマだな」と。そして「これなら手が届くかも」とも思いました(笑)。NSXもBEATも同じHondaのミッドシップスポーツで、高回転まで気持ちよく回る自然吸気エンジンを搭載していることが魅力的でした。しかもBEATはオープンですから、クルマの魅力すべてが詰まっているように感じて、とてもワクワクしたのを覚えています。
手に入れたのは?
佐藤:ずっと中古車を探していて、1999年、22歳のときにようやく手に入れました。限定モデルのバージョンZ、ボディーカラーはエバーグレイドグリーン・メタリック。深みのあるグリーンで、少し大人っぽい雰囲気を感じさせるモデルです。購入して以来ずっと手放さずに所有しているので、2026年で28年目になりました。

-
塚越さんは?
塚越:僕は2007年にF3をやっているとき、練習のために普段もマニュアル車に乗った方がいいなと考えたんです。それでS2000を買いました。でもそのあと2008年にユーロF3に出ることになってイギリスにいるとき、弟からメールが届いたんです。自分が免許取ったのでS2000を売って小さくて運転しやすいBEATを買ったよと。
相談もなく?
塚越:はい。写真だけが届いて、よくわからずというのが最初のBEATとの出会いです。ボディーカラーはブレードシルバー・メタリックです。S2000もシルバーでしたので、実家に帰って初めてBEATを見たときは、「S2000がちっちゃくなっちゃった」とちょっと悲しい気分でした(笑)。


プロのレーシングドライバーになるチャレンジの傍にいつもBEATがいた
-
乗り始めたのはどのような時期だったのですか?
佐藤:鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ※1を卒業してから、1年ほど経った頃です。当時、自分のクルマはBEAT一台だったので、活動をサポートしてくださる方々へのご挨拶回りから、サーキットまでの移動はもちろん、プライベートも含めて走り回りました。あの頃、なくてはならない相棒でしたね。
サーキットに行く荷物も載るんですね。
佐藤:シートの後ろに幌を格納するスペースがあるのですが、幌を閉じているときはもちろん、オープンにしても意外と荷物が載るんですよ。スポーツバッグひとつにヘルメット、スーツやレーシングシューズという道具一式がちょうどよく収まるので、サーキットに行くのも不便さを感じませんでしたね。
塚越:僕は2009年に国内に戻ってきて、弟も乗っていましたが、自分のクルマとしてはBEATしかなかったので、琢磨さんと同じようにBEATでサーキットへ通いました。2009年にデビューするプロのレーシングドライバーになる過程をBEATと過ごしたので琢磨さんと同じ、僕の原点の相棒と言ってもいい存在です。それからずっと所有しています。
佐藤:プロのレーシングドライバーになる前から28年間、BEATはずっと自分のことを知っているわけです。人生の半分以上ですよね。そういう意味でも手放せないクルマです。
※1 鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)は当時の名称です。現在はHonda Racing School(HRS)という名称となっています。

楽しさに賞味期限はない
-
初めて乗ったときに感じた印象は?
佐藤:いや、もうすべてがドライバーに近いと感じました。もちろん軽自動車規格でコンパクトだからということもありますが、シフトレバーはすぐ手元にあって、小気味良いシフトフィールがある。ステアリングも、助手席と比べて幅に少し余裕を持たせたドライバーシート側の中心にあって、エンジンもすぐ後ろにあって、着座位置も低いので路面との距離も近い。四隅のタイヤの位置もつかみやすく、クルマの挙動や車幅感覚がわかりやすいので、とても操りやすいんです。760kgという圧倒的な軽さもあって、動きがとても軽快。そういう意味で、本当にドライバーと一体になれるスポーツカーだと思います。しかもオープンで、空や風、エンジン音まで含めてクルマと一体になれる。その気持ちよさに、もうあっという間に惹かれましたね。
塚越:最初は「S2000がちっちゃくなっちゃったな〜」という悲しさを感じましたが、乗ってみると、なんかレーシングカーみたいだなって思いました。必要なものだけあって、コックピットの近さとかそういうのも含めて。日常にレーシングカーが来たような感覚でいましたし、フルスロットルでもスピードは上がらないから、制限速度以内でレーシングフィールを味わえる希少なスポーツカーだと思いました。エンジン回転も8,000回転まで上げられるじゃないですか。今、こんなに気持ちよく吹け上がるエンジンって本当にないと思うので、楽しい部分をギュッと凝縮したクルマだと感じました。
佐藤:最初の頃は一気に3万キロくらい走ったのですが、年月とともに乗る機会はだんだん減っていきました。都内や近場なら小さくて取り回しも良いのですが、たとえば鈴鹿までBEATで移動するとなると、さすがに大変ですしね。それでも、帰国して久しぶりにBEATに乗るたびに「やっぱり楽しいな」って思うんです。きっと多くのBEATオーナーの皆さんも、同じような気持ちなんじゃないかなと思います。
塚越:楽しいだけじゃなくて、BEATに乗ると、かつてプロドライバーになろうと思っていたときの気持ちが思い出されるんです。いまもチャレンジャーのつもりですけど、もっとチャレンジャーとして頑張ろうという気持ちにさせてくれるクルマです。
佐藤:だから、楽しさに賞味期限がないんですよね。自分たちはレーシングドライバーですが、別に速さやビッグパワーだけが好きなわけではありません。まあ、このふたりは特にクルマ好きの変態かもしれないけど(笑)。大切にしたいのは、自分たちの操作に対して、クルマがどれだけ素直に反応してくれるかっていうところなんです。

BEATから始まったさまざまな思い出と出会い
-
では、BEATとの思い出を教えてください。
佐藤:旅行ですね。近郊の温泉にはよく行きました。さすがに高速道路で長距離を移動するのは少し大変なので、あえて下道を選んで遠回りしながら走るのが楽しかったです。
塚越:BEATはいまでも多くの方が愛していて、オーナーズミーティングである「MEET THE BEAT!」に琢磨さんもいらっしゃったことがあると思いますけど、そうした集まりを通じていろいろな方とご縁をいただいて、今でもその仲間たちがたくさんいることが僕のレース人生を支えてくれるひとつの大切な要素なんです。そういう出会いをくれたのもBEATですので、クルマというただの移動手段ではなくて、コミュニティの核となるものだったりとか、好きもの同士が集まって得られる喜びを最初に教えてくれ、いろいろな思い出をつくってくれたのがBEATでした。
佐藤:それはあるね。「MEET THE BEAT!」の皆さんからは毎年寄せ書きをいただいていて、もう20年近くになります。30周年のスペシャルイベントのときには、コロナ明けで例年とは日程が異なり、自分もやっとイベントに行くことができて、パレードに参加させていただきました。あれはすごく光栄でしたね。広大が言ったように、BEATが大好きな皆さんが日本全国から集まって、さらに自分たちのレースも応援してくださるのは、やっぱり嬉しいですね。
塚越:同一車種パレードのギネス世界記録™は、HondaとしてこれまでBEATの569台でしたが、2025年11月にS660が832台のパレードを成功させて抜かれたじゃないですか。めっちゃ悔しいです。
佐藤:販売台数としてはS660のほうが多いのかな。
塚越:BEATも現存する数って結構多いんですよね。
佐藤:そうなんだね。
塚越:悔しいと思って。何かやりたいなと。
佐藤:チャレンジしたいね、40周年記念イベントとして。
おふたりともクルマ好きですね。
佐藤:大好きですね。時間があればクルマに乗っていますから。だから何をするにもクルマで移動したいんですよ。仕事に向かう途中で少し考え事をするときも、クルマの中が好きですね。鈴鹿へ行くなら新幹線のほうが速いし、PCも使えるので時間を効率よく使えます。でも、それでも自分はクルマで行きたいんですよね。
塚越:僕はクルマ好きからレースの世界に入っているので、レースの世界はクルマ好きにとって恵まれた環境なのでたまらないですね。僕はクルマをいじるのが好きなので、BEATも結構いじっています。
佐藤:自分のBEATは触れるところ以外は、何もいじってないですね。シート、ステアリング、シフトノブを替えたくらい。サスペンションやエンジンには手を入れていません。Honda Carsで通常の整備をしてもらいながら乗り続けてきました。本当は自分でもいろいろやってみたいんですけど、なかなか時間なくて。
塚越:僕は結構クルマの入れ替えが多い方なので、BEATに長年乗っていて、エンジンが少し調子悪くなっていたこともあり、もう手放そうかな、どうしようかなって悩んでいたんです。そのとき、仲間で手放す人がたまたまいて、その人のエンジンが調子良いとのことだったので、移植できたらいいですねという話からレストアが始まりました。浜松にあるBEAT専門店です。
ここらで一旦きちんと整備をしておけば、この先また長く乗れるという思いもあり、ちょうど35周年っていう節目の年でもあったので、MEET THE BEAT!に向けてレストアをしたんです。最初は、自分のNSXに合わせてグランプリホワイト・パールにして兄弟感を出そうかなとか、ノーマルに戻して、海沿いを気持ちよく走れるような雰囲気にしようかなどと考えたのですが、見えないはずのエンジンルームを黒くしたりとか、チームにKEIHIN※2ブルーの塗料があったのでそれで外装を塗ろうといった話をしていく中で、気がついたらバリバリのサーキット武闘派になりました(笑)。※2 KEIHIN:株式会社ケーヒンは現在Astemo株式会社となっています。

これからも楽しいクルマをHondaにはつくり続けてほしい
-
Hondaのクルマは楽しいですよね。
佐藤:クルマをドライブする楽しさというものを、Hondaはずっと大切にしてきたと思います。いまはエンジンではなくパワーユニットの時代になり、法規やエミッションも厳しくなって、クルマづくりを取り巻く環境は大きく変わっています。それでも、人とクルマとの一体感や、自分で操る楽しさ、そして感性に訴えかけてくるような魅力は、これからも大切にしてほしいですね。Hondaには、そんなクルマをこれからもつくり続けて欲しいと思います。
塚越:いま僕らがほしいと思えるクルマはクルマ好きには魅力だけど、どこまで世に広まるかというと限定的かもしれません。なので、今クルマに興味のない人たちが、えっそんな面白いクルマがあるの?って引き込まれるような、魅力ある1台ができないかなと思います。クルマ好きやHonda好きがさすがと思えて、普段全然クルマに興味ない人たちも振り向くようなクルマを。
佐藤:今日の撮影には、2017年にインディ500で優勝した際にHondaの皆さんから贈っていただいたNC1 NSXに乗ってきましたが、燃費は12km/Lでした。システム最高出力580馬力のスーパースポーツで、それだけ走るというのはすごいですよね。圧倒的なパフォーマンスと燃費性能を両立している。そういう環境にも人にも優しく、それでいて運転して楽しいクルマをつくるのがHondaだと思っています。その原点というか、原石のようなものがBEATにもあると思うんですよね。
