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社長言行集

贅沢品

新生活運動?
 近頃贅沢品追放とか、新生活運動とか所謂贅り傲ぶる事を止めて、実用一点張の生活をしようという意味の声を度々耳に致します。
 然し、果して贅沢品とは何ぞや――という事になると、これは極めて難しい誤解し易い問題であると思います。
 例えて申せば誰もが容易に想像する様に女性の身の廻り品に就いていえば、南京虫時計然り、ネックレース然り、イヤリング然りといつた具合ですが、同様の筆法でいけば男性にしてもネクタイ然りカフス然りという事になりましよう。
 所謂今までの封建日本の「二宮尊徳流」に考えて、煎じつめれば音楽会も絵画展も贅沢だという事になり兼ねない訳です。それでは現代人は贅沢品の中に埋もれて生活している事にでもなりましようか。
贅沢品と芸術品
 つまり「要注意の赤信号」は、実用と贅沢の境界線に点滅しているのであつて、その判断の基準を誤つて、あまり物事の型式面にのみ捉われると以上の様な事になり兼ねない訳です。
 例えば、品物の製作の面から考えるとフオルム(形態)が大切な要素になるのですが、此のフオルムも恰好良く造れば贅沢品で悪く造れば実用向であるなどといえば誰でも吹き出す程滑稽な事でしよう。
 ところが豈計らんやこの一見滑稽な考え方が、社会的な通念の底に根強く「日本的尊徳流」の執念深さでもつて横たわつているのではないでしようか。
 或る人が自動車を買うとしましよう。ところで其の人は何はさて置いて、ボンネットを開けて見るより、まずその美しいフオルムに見とれるでしよう。といつて、吾々はその人が贅沢な素質を持つているといつて批難する事はできないのです。
 それは美しく芸術的であつてこそ始めて長い実用に耐えられる事を意味するでしよう。
モンペと国民服
 所謂、実際的な要求から出て来た実用品が人間の知性と努力によつて段々と美しい芸術品に仕上げられて行く過程が忘れられると、美しいものと醜いもの、実用品と贅沢品を混同する様な馬鹿げた視野が生まれてくる事になりましよう。
 私達は戦時中、甲号とか乙号とかの国民服を、女性はモンペを強制されたものですが、同じ布地でもつとスマートに美しくできるものを、国民服やモンペで得々としていた考え方からすれば、万事すべて贅沢品に見える訳です。
 此の様な視野の狭い考え方では、日本の商品を世界に輸出して世界経済の仲間に入ろうなどとは思いも寄らぬ事といえましよう。
世はスピード時代
 先日の事ですが或る一流新聞に、バイクーモーターは贅沢品だといつた意味の記事を見受けました。
 自己弁護をする訳ではありませんが、それは現代が如何にスピード化されているか、認識不足も甚だしいものといえましよう。
 もつとも「お軽勘平」時代には籠が実用的で、自転車出現などといつても、それこそ贅沢品そのものの様に考えられたでしよう。
 然し、オスロ――東京間38時間の現在、自転車はむしろ実用品としては置き去りを喰つた観があります。
 現代が何故スピード化されたか。
 それはいう迄もなく時間の労費こそ、最大の贅沢だからでありましよう。
 兎に角、私達は体を消耗しないで、短時間に有効な仕事をしなければならないのです。
 自転車にバイクをつけるのも然りでありまして、決して贅沢品とはいえないでしよう。又、最近、医学の発達は人生50年を15、6年も延長したといわれますが、しかし、只単に「お前百迄わしや九十九」迄生きたところで、それ丈で幸福とはいえません。
 本当の幸福は、生きている時間を如何に有効に使うかによつて、それが幸福の意味になるのですし、又そこにその人の価値が現われてくる訳です。
 1つのネクタイやネックレースの如何よりも時間の労費こそ最大の贅沢である事を私達は忘れてはならないでしよう。
(28・10 月報26号)








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