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社長言行集

工場経営断想

1、理論の尊重
 私の会社では工場経営の根本を理論の尊重に置く。苟もこと会社の業務に関する限り理論を尊び合理的に処理する。正しい理論こそ古今を通じて謬らず内外に施してもとらず、普遍妥当な、時間と空間に制約せられないものである。
 第2次大戦を敢えてし、敗戦の悲惨を満喫させられた原因は「命令の如何を問わず」とか「宮の楷額ずけば熱い涙がこみあげる」「そうだその意気その気持」とかいつたアメリカの技術や物量を無視し、生産力を正当に評価し得なかつた没理論の精神主義に在つた。
 当時「一生懸命」が尊ばれたが、単なる一生懸命は何ら価値が無い。否謬つた一生懸命は怠惰よりも却つて悪い。一生懸命には「正しい理論に基く」ことが欠くことを得ない前提条件である。
 例えば人事管理にしても、清水次郎長が大政、小政を使つた封建的な親分子分的方法では近代工業は成り立たない。
 理論に基く各人のアイデア、即ち創意工夫を尊重するところに進歩発展がある。人間の肉体的労働力は20分の1馬力に過ぎない。人間の価値は物事を理論的に考え、合理的に処理する智慧と能力に比例する。吾が社に新しさがあるとすれば、それは従業員の年令の若さもさることながら、時空を超えて恒に新しい理論を尊重するからである。吾が社の今後の進歩と発展は、一に懸つてより一層理論的であると否とにある。
2、時間の尊重
 多くの人は事実の要素を、資本、労働、経営の3者に求めるが、今1つ重要なファクター、即ち時間のあることを見落している。どのように優れた工夫や発明でも、必要な時に提供せられなければ何らの価値もない。「六日のあやめ、十日の菊」は商品価値は0である。
 創立日猶浅く、資金も乏しく、設備も充分とはいえない吾が社が、自動2輪工業界において現在の地位を占め得たのは、アイデアの尊重と共に時をかせいだからである。来年の今頃は、現在吾が社で作つている程度の製品を作る同業者が無いとはいえない。必要な時に間に合うことが絶対条件である。息を引きとつてから到達したのでは如何なる名医も藪医者に劣る。
 尨大な建設費と多量の燃料とを要する英国のコメット機が、ロンドン東京間の所要時間を27時間だけ縮めるために旅客機として実用化されていることも考えれば思い半ばに過ぎるであろう。
 経済と距離の時代は去つた。現代においては、経済と距離は時間に置き換えられたのである。
3、能率の尊重
 能率とはプライベートの生活をエンジョイするために時間を酷使することである――と私は考えている。二宮金次郎の像のように、背中に重い薪を負うて本を読みながら山坂路を歩くというような、二重、三重の労苦を忍んだり、朝は早く、夜はおそく、昼食の時間まで惜しんで働くために、働くことを能率なりとする考え方や、生活を楽しむことを罪悪視する戦争中の超克己主義は、能率の何たるかを解しない人のあやまつた考え方である。
 平清盛は落日を呼び返そうとしたと聞くが、24時間は1秒たりとも伸ばすことはできない。一定の時間の中により多く自己の生活を楽しむためには、働く時間を酷使するより他に方法がない。私は自己の体験から創意発明は天来の奇想によるものでなく、せつぱつまつた、苦しまぎれの智慧であると信じているが、能率も生活を楽しむための智慧の結晶である。
 殊に吾が社のようにオートバイやバイクモーターを製造するメーカーにあつては需要者の要求と、資材の調達、機械加工の諸過程、組立完成作業等を見通した優れた技術者のアイデアが、数千人の肉体的労力に勝る能率を挙げ得るのである。斯様な根本的アイデアと共に、動力や機械を用いて一定の時間内に、最良最大の仕事をなし遂げようとする頭脳の工夫が能率の根本である。
 私の会社でどしどし優秀な機械を買い入れるのも、自家発電設備までして電気を使うのもこのためである。
 即ち能率は現代において人間的な生活を営むための必須条件であつて、この能率の要素として私は次の3つを挙げる。
  1、タイム
  2、マネー
  3、プライド
である。
 如何に時間に余裕があつても金が無ければ生活を楽しむことはできず、又どのように金があつても時間に余裕が無ければ生活を楽しむことはできない。
 然からば金と時間とがあれば生活を楽しむことができるかといえばそうでない。時間と金だけが能率の条件であるならば、泥棒をしたり、詐欺をしても構わぬはずであるが、これは人間としての誇りが許さない。正々堂々と正しい方法によつて充分な収益を挙げ、金と時間とを作り、税金もなるべく沢山納め、自分は事業を通して国家社会に貢献しているという誇りを持ち得て、始めて能率的であるといえるのである。
 一般に、よい品を安く作れば必ず売れて事業は繁栄すると信じられているが、その前に根本的に考えねばならぬことがある。即ち作る品物が、大衆が求めているものであるか否かということである。石臼を如何に巧みに安く作つても現代の商品とはならない。事業の根本は、先ず時代の大衆の要求を知ることである。その点吾が社の製品ドリーム号も、カブ号も、能率とスピードを要求する時代に最もよくマッチしたものである。
 終戦直後、私が50ccのバイクモーターを作つた時、大多数の人は将来性を危ぶんだものであつた。併し、私は自己の理論と信念とを貫徹し、今日の事業の基礎を築いたのであつた。経営者として最も大切なことは、時代の趨勢を見通して会社の進路を定めることであるが、この判断の根底に、時代の要求を見抜く識見を必要とする。製品に時代の要求が加味されて始めて商品となるのである。
 然も、商品として現代の大衆に喜び迎えられるためには、実用的価値に加えて、美的要求を具備しなければならない。例えば自動車を褒めるのに、乗つて見て褒める人は無い。眺めて直ちにこれはよい車だという。商品としての自動車である以上エンジンの性能が優れており、乗心持が快適であることは当然すぎる程当然であつて、車の良さを定める基準はかゝる実用を越えた美しさにまで高められている。メーカーの注意が実用的価値を卒業して、美しさにまで到達したときに商品といわれるのである。科学と芸術が調和した製品であつて始めて大衆に喜び迎えられる商品となり得るのである。
 殊に最も時代感覚の鋭敏な購買層を持つ吾が社においては、予てこの点に着目して、高沢圭一画伯を顧問として、デザインにおいても他社の追随を許さぬレベルに達するよう努力している。
 事業の繁栄の根本は、製品を通じてお客様にサービスすることである。
(28・5 月報21号)








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