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昭和21年
10月



現社長本田宗一郎の技術を主体として、浜松市山下町30番地に本田技術研究所を開設し、内燃機関及び各種機械の製造並びに工作法の研究に従事する。当時の燃料統制のためガソリン代用に松根油を用い、又熔接関係の業務に増田現常務取締役の協力を仰ぐ。




昭和22年






昭和23年
9月



本田技術研究所を継承し、資本金100万円を以て本田技研工業株式会社を設立し、浜松市野口町584番地にエンジン組立工場を増設、各般に亘る本田社長の発明特許の実用化を図るとともに、内燃機関のダイキャスト化により資材及び工程を節約し且つ美観を整え、同時にバイクモーターの生産をして、本邦の50%以上を占めるに至る。

◆エントツ式よりA型へ






10月



浜松市板屋町257番地(駅前)に営業所を開設す。(後に浜松支店となるも現在は閉鎖)




昭和24年
8月



オートバイの試作を完成し、その後各種の改良を行う。
(2サイクルD型ドリーム号誕生)

◆D型よりE型完成へ






10月



常務取締役として藤沢武夫氏入社す。(現在専務取締役)




11月



第1次増資をなし、資本金200万円となる。




昭和25年
3月



東京営業所を東京都京橋槇町に設置し、東京を始め関東・甲信越および東北方面の需要に応ず。(現在は東京支店分室)




4月



対日援助物資見返資金200万円の融資を受け、設備の充実を図り、ドリーム号月産300台の目標の下に計画生産に入る。




9月



東京都北区上十条に工場を買収し、オートバイ組立工場として同年11月操業を開始し、東京工場と称す。(後にサービス講習所となるも現在は閉鎖)




10月



通産省より自転車工業補助金として40万円の補助を受く。




12月



通産省より自転車発明実施化補助金10万円を下附さる。




昭和26年
3月



E型エンジンの設計に入り、7月15日に試作車を以て台風中の箱根試走に好成績にて成功す。




10月



ドリーム号新型発表。(E型4サイクル、146cc誕生)

◆製品の美と芸術
社
◆3つの喜び
社
◆六有斎
専
◆社長の希望
社







11月



第1次増資をなし、資本金200万円となる。











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