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「デザイナーの本能」とのせめぎ合いの中で[本田技術研究所 デザイン開発室 澤井大輔]

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ボンネット、キャビン、トランク、それぞれがしっかりと存在感を発揮する
オーソドックスなセダンフォルム。「軽快感」より、「筋肉と筋肉がぶつかりあう」かのような
力強さを感じさせるたたずまい。2007年にデビューした5代目インスパイアは、
Hondaのラインアップの中でも独特の空気をまとっていた。
このモデルのデザインを担当した本田技術研究所 デザイン開発室の澤井 大輔は、
開発が始まった当初「いままでにないセダンのかたちをつくりたい」と考えていたのだが──。
当時のエピソードなども交えながら「セダンのかたち」についての考察を深める、「セダン談義」を始めてみよう。

「ジャケット」じゃない。「スーツ」にしてくれ

2007年にデビューした5代目インスパイアのデザインをしました。
当初は、「これまでにないものをつくるのがHondaだ!」という想いのもと「ノーズを短く、低くしてみよう」とか「キャビンをキュッと絞り込んでみよう」とか、いろいろなことを考えていました。言うまでもなく、「ボンネット」「キャビン」「トランク」という3つの要素を持つのが「セダン」というクルマ。ならば、そこに革新的な要素を持ち込むことで「セダン」というクルマの新しい可能性にチャレンジしようと考えたわけです。ボンネットを思い切り短くすることで全く新しいセダンのかたちを提案した「シビック」が世界中で受け入れられたことも、背景にはあったかもしれません。

  • 「デザインA案」

  • キースケッチ

  • ファイナルスケッチ

  • ファイナルスケッチ

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──しかし、私たちの提案に対して開発責任者の横田は首を縦には振ってくれませんでした。
「インスパイアはそういうクルマじゃない。『ジャケット』じゃなくて、『スーツ』にしてくれ」
要するに、「きっちりとしたセダンフォルムにするべきだ」ということです。
「2つボタンか3つボタンだ。4つはダメだ」とも付け加えられました。
こうして、「新しい可能性を生み出したい」という想いとの間で揺れ動きながら、「セダンのかたち」について深く考えることになっていきました。

「ボンネット」、過去のものか

セダンのボンネット──あれは「ダイナミズム」を表現するアイコンであり、「力」もしくは「富」の象徴だと思っていました。高性能なクルマほど、その動力源であるエンジンは大きくなり、当然それを収めるボンネットは長くなります。そうなれば値段だって高くなる。
「おれのクルマは速くて高い」ということを周囲に対してアピールするためのものであり、古き良き時代のならわしを現在まで受け継いでいるのがセダンのボンネットという存在なのかもしれない……と。
そう考えると、何となく時代にそぐわないような気もしましたし、今、そういった「力の表現」を造形としてあらわす必要があるのか、と疑問にも思いました。けれど、そもそも、なぜ「力」が必要だったのだろう?と考えてみると、ヨーロッパに駐在していた頃の体験が思い浮かびました。

  • インスパイア 35TL

  • インスパイア 35TL

  • インスパイア 35TL

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クルマを自分で手に出来るようになった頃には、既にいろいろなジャンルが存在していたので「クルマ=セダン」という世代ではない私ですが、過去の「クルマ遍歴」の中に一台だけセダンがありました。ドイツで生活をしていた時に乗っていた「アコード」です。
日本と比べて街と街の間が大きく離れていたり、制限速度が高かったりする彼の地でセダンに乗ってみると、これがとても具合が良かったのです。「ラク」と言うとちょっと語弊がありますが、ハイスピードで、リラックスして遠くまで走ることができる。スポーツカーとも、ミニバンとも違う。私が「クルマでの移動」に対して無意識に抱いていた要求が満たされていくのを感じました。「できるだけ速く、そしてできるだけ快適に」これは「ダイナミズム」なくして実現しえないものです。
たしかにクルマによって表現の仕方は違うかもしれません。しかし、少なくともセダンのボンネットは、「過去のもの」なんかじゃない。「できるだけ速く、そしてできるだけ快適に」というセダンならではの世界観を、ドライバーに対してこれ以上ない形で約束する、大切な存在だったのです。

フラッグシップと共通の「志」

「セダンというのはファミリーカーとして使われるもの」それは、私たち開発チームがセダンをつくるときにだいたい思い浮かべていたものでしたし、そう考えておけば、多くのお客様に受け入れてもらえていました。
それならば、キャビンを多少小さくしても大きな問題はありません。主にリアシートに座るのが大人でないということになると、そのぶんキュッと絞り込まれた、軽快なスタイリングをつくることができるのではないかと考えたのです。
しかし、アメリカに渡って生活をし、そこでミドルクラスセダンの使われ方を見てみると、異なるものが見えてきました。同じセダンでも「シビック」と「インスパイア(米国名「アコード」)」はちょっと違う顔を持っていたのです。

インスパイア 35iL

インスパイア 35TL

それは「大人の社会で活躍する乗り物」というものでした。クライアントを連れてどこかに出かけるとか、同僚と一緒に食事に出かけるとか、あるいはカップル2組で遠くに出かける……というような使い方もされていました。多少の違いはあれ、どこの国でもそういうシーンはありますし、サマになるのはやっぱりセダンかもしれません。こういう「若者とは違うシチュエーション」に遭遇したときこそ、しっかりおもてなしをできるのが、「大人」ですよね。
となれば、やはり「大人4人を我慢させない」かたち、「しっかりしたキャビン」は必然であり、ミドルセダンにとって必須のものだと言えました。

こんな話もありました。アメリカの若い男性から聞いた話です。アコードに乗って婚約者の両親に挨拶をしに行ったのですが、そのご両親は、なんと彼のクルマをひと目見ただけで「君なら大丈夫だ。娘を頼む」と仰ったのだとか…。
なんとも光栄なことです。人生の一大イベントにおいて、一人の青年の、人となりを表せるかたちだったわけです!「大人として信頼されるクルマのかたち」というのがあることを象徴するエピソードだと言えるんじゃないでしょうか。

心を運ぶかたち

最初は開発責任者の言葉に疑問を持っていた私でしたが、なるほど「セダンのかたち」にはきちんと意味がありました。
考え抜き、しっかり納得した上でデザインに着手しましたが、「ダイナミズム」も「大人の乗り物として活躍するための信頼感」も、当然のことながら小細工では表現できません。「クルマの基本」たるセダンのモデルとなるのは──スタイリングのモチーフ、という意味ではなく──「動物」です。
走る前には、きちんと地面を脚で踏みしめて立つ。そして、走るときには、走るときの姿勢になる。「動く物としての必然性」があります。
インスパイアをデザインする上でこだわったのも、こうした「動く物としての必然性」を感じさせる「きちんと『骨』があり、4本の脚で地面を踏みしめるたたずまい」でした。
実際にオーナーの方がご覧になるときの「見え方」を確かめるべく、クレイモデルを太陽の下に持ち出して削り、盛りしながら、「前脚」のあるボンネットから「後ろ脚」のあるトランクまでが流れるように繋がるプロポーションをかたちづくっていったときのことは、今でも思い出せますし、その後の糧にもなりました。デザイナーとして大切なものを学んだと思います。デビューからはかなり経ちましたが、今でもオーナーの方に満足いただけていたらうれしいですね。

  • インスパイア 35iL

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そうだ、最初に「ジャケットじゃなくてスーツにしてくれ」と言った開発責任者ですが、昔、役員からこんなことを言われたことがあるそうです。
「いいクルマというのは、体だけでなく『心』も運べるものだ」
セダンというのは、まさにそういう存在なのでしょうね。ドライバーは走ることを楽しむことができ、同乗者も我慢させない。そのクルマの存在が、生きていく中で出会う様々なシーンをちょっとグレードアップさせる。まさに「心」を運ぶクルマです。
動力源は、これから色々と変わっていくことでしょう。でも、人間の心というのは、そう簡単に変わるものではありません。スーツがなくならないのと同じように、セダンのかたちというのはずっと残っていくに違いありません。

本田技術研究所 デザイン開発室 澤井大輔

1969年、東京生まれ。1992年に本田技術研究所に入社。
これまでにS2000、インスパイア、シビック(欧州専用車)などのエクステリアデザインを担当してきた。休日はピアンタで「耕すよろこび」を堪能しつつ、野菜作りに精を出す。

さあ、セダン談義をしよう