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安全なくして生産なし。すべてのHonda製品をお客様に安心・安全に使っていただくために。

栃木プルービンググラウンドは、二輪車、四輪車、パワープロダクツをテストできる、世界でもユニークな総合テストコース

栃木プルービンググラウンドは、二輪車、四輪車、パワープロダクツをテストできる、世界でもユニークな総合テストコース

鷹栖プルービンググラウンドは寒冷地テストを中心に走りを鍛える総合テストを目的に建設されたテストコース

鷹栖プルービンググラウンドは寒冷地テストを中心に走りを鍛える総合テストを目的に建設されたテストコース

Hondaは創業以来、二輪車、四輪車、そして耕うん機や芝刈機、除雪機などのパワープロダクツといった、さまざまな製品をつくり続けています。これらをお客様に安心・安全な商品としてお届けするために、欠かすことができないのが、研究開発のさまざまな段階におけるテストです。プルービンググラウンド(PG)と呼ばれるHondaのテストコースは現在、国内では主に2カ所。栃木プルービンググラウンド(PG栃木)と北海道の鷹栖プルービンググラウンド(PG鷹栖)があり、Hondaの製品として世に送り出すために、検証に次ぐ検証が日々おこなわれています。個々の機能が正確に作動するか、耐久性に問題はないか、扱いやすさや乗り心地、使い心地はどうかなど、開発中の技術や製品が徹底的に試され、鍛え上げられる場。このPGにおいて最も重要視されるものは、安全に他なりません。Hondaには創業期から受け継がれている「安全なくして生産なし」というHondaグループ共通の安全基本理念があり、安全を最優先した職場環境づくりや個々の活動があってこそ安全な製品がつくられる、としています。今回は2つのPGを訪ね、常に安全なテスト環境を整備し、維持・管理に従事するスタッフに、日々の活動とテストコースに注ぐ想いを聞くとともに、二輪車、四輪車、パワープロダクツそれぞれのテストを担当する技術者に、安全にテストするという意識や、製品開発におけるテストの意義などについて話を聞きました。


プルービンググラウンドは、開発者たちがHondaの三現主義を体現する場。その環境を安全に用意するのが私たちの役目です。

PG管理室 室長 細岡大

PG管理室 室長 細岡大

1979年に完成した栃木プルービンググラウンド

1979年に完成した栃木プルービンググラウンド

1990年に寒冷地テストからスタートした鷹栖プルービンググラウンド

1990年に寒冷地テストからスタートした鷹栖プルービンググラウンド

Hondaのテストコースの歴史は、荒川の河川敷から始まる。
1958年、それまで一般公道で二輪車のテスト走行を行っていたものの、ロードレーサーの開発に適した専用コースが必要となり、当時、開発部門から近い埼玉県の荒川河川敷を建設省から借用した。1.5kmの直線路が1本だけだった。
1960年代に入り四輪事業に参入すると、悪路や不整地などのコースを増設すると同時に、さまざまなテストがおこなえる工夫が施されていった。その後10年以上続く河川敷コースは、Honda製品の強度耐久性の基礎を築くことになった。
「クルマが進化するにつれ、自分たちが必要な時に、必要なテストを、必要なだけできる環境が欲しい、そんな技術者たちの想いから、自前のテストコースをつくることになりました」
国内のプルービンググラウンド(PG)全体の業務を統括する細岡 大(ほそおか ふとし=本田技術研究所 PG管理室 室長 主幹)は当時の様子を話す。
「安定的にスピードが出せるもっと広いコースや、いろいろなテストができる本格的な場所が必要になったのです」
1979年、栃木プルービンググラウンド(PG栃木)開所。コースの設計やレイアウトには荒川河川敷で培った知恵が注がれた。
クルマの基本性能が熟成していくと、非常に微小な動きや段差を乗り越える時の振動といった商品性が問われるような要件がどんどん増えていった。こうした時代の流れとともに、PG栃木にはさまざまなコースが作られていくようになった。
「テストコースには開発者たちの欲求が表れます。もっといろいろ試したい。こういうコースがあればあの性能を確認できる。その想いの結晶がテストコースです。しかし限られた敷地内でしかつくれません。PG栃木の次に鷹栖という広大な土地にテストコースをつくったのは、その欲求の塊です」
PG栃木は約141万平方メートル、東京ドーム30個分に相当する広さ。だがこの先、さらなるハイレベルな性能や、特殊な条件、特別な速度領域を満たすために、Hondaは性格の異なるテスト環境を求めたのだ。
1990年、鷹栖プルービンググラウンド(PG鷹栖)のテスト受け入れがスタートした。約790万平方メートル、東京ドーム168個分という広大な敷地。北海道鷹栖町は、冬になると氷点下の日が3ヶ月間続く。まずは寒冷地テストから始まり、徐々にもっと広い敷地を活用した長距離のコースやさまざまな道路条件を確認できるフィールドが広がっていった。
「初代NSX(1990年発売)の開発でニュルブルクリンク*にテストに行っていたころ、Hondaも国内にスポーツカーを開発するフィールドが欲しいという想いがありました」
鷹栖PGでは高速周回路や冬季関連コースを完成させると、1993年にはニュルブルクリンクを参考にした1周6.2kmのワインディングコースをつくり上げた。
その後は、ヨーロッパやアメリカなどグローバルな視点での開発にともない、世界のリアルワールドの道路条件を再現した、より幅広いテスト環境へと進化していった。
これにより、PG栃木は、二輪車、四輪車、パワープロダクツの基礎技術、新技術、新価値を証明する場。PG鷹栖は、寒冷地性能と走りの性能を徹底的に鍛え、Honda車としての商品力を磨く場。というテスト環境の住み分けが可能になった。
「PGはHondaの三現主義を体現する場です。開発者たちが研究所という『現場』でつくった試作段階の『現物』を、テストコースという環境で試し『現実』を評価する。その環境を整え、開発者が必要な時に必要なコースを用意するというのが私たちPG管理室の役目です」
例えば四輪車の開発の場合、ボディー、サスペンション、パワープラント、制御技術といった機能ごとに室課があり、PG管理室ではそれぞれの機能室課がどういった検証をしたいかによって使用するコースを調整していく。
「コースをどういうふうに活用してもらい、どうやって開発につなげていけるかということを考えています。その際に、主眼を置いているのは、安全です。『安全なくして生産なし』を常に前提として向き合っています」
この「安全なくして生産なし」とは、「人間尊重」を基本理念とするHondaの職場環境づくりにおける安全基本理念で、労働災害の未然防止・再発防止の観点で活動を推進していくという考えだ。そしてこの言葉の中には3つの段階があると細岡はいう。
「まずは、PGのルールやマニュアルに従い設備や仕組みで守られる『与えられる安全』で、テストコースでの安全意識を身に付ける。次の段階は『自ら守る安全』で、環境や状況の変化に適応できること。そして『自ら創る安全』になると、基準や改善点を自ら提案できるようになります」
PG管理室では、こうした安全思想を基本にした「世界一のテスト環境」を目指している。
「ただし、世界一のテストコースができたからといってそれで終わりではありません。安全をベースに開発者たちに使ってもらうことで、お客様に喜んでいただける商品をつくることができるのです」
そのためにPG管理室では、開発者たちのニーズに対して常に的確に応えていくために、必要とあれば新しいコースをつくったり、今あるコースをリファインしたりと進化させている。
「こうして蓄積された我々のノウハウが、今後の最先端デジタル技術の検証などにフィードバックされていくことで、次世代の車両開発に貢献していきたいと考えています。」
PG管理室と開発チームでは、現在進められているプロジェクトにコースがどう合致しているかといった検証や議論を、常におこなっている。そうした信頼関係があるからこそ、安全で使いやすいHonda製品が、ここから生み出されていくのだ。

*ニュルブルクリンク北コース=ドイツ北西部にある1周20kmを超えるサーキット。荒れた路面や低μ路が多く、超高速から低速まで多種多彩なコーナーが続く。また、コース幅が狭く、高低差が約300mあるなど、過酷な道路条件が揃っていることから、世界の自動車メーカーがスポーツカーなどのテストをおこなっている。