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マイ・ワンダフル・サーキット 浅間から鈴鹿、そして世界のHondaへ―― リキさんのレーシング日本史

第29回―ロードレース創世記の項・最終回
Hondaからの贈りもの――鈴鹿サーキット


ところで、当時の「世間」は、こんなHondaの動きをどう見ていたのだろうか。たとえば、61年のクラブマン・レースが行なわれた九州の雁ノ巣では、出場ライダーたちの間で、日本にも恒久的なレース場ができることが噂になっていたともいう。

「噂だけは、たしかにあった。巨大なコースができるらしい、とね。でも、実際のところは、クラブマンは何も知らなかった。まして、メーカーのHondaがそういうこと(サーキットつくり)をやっているのは、誰も想像できなかったんじゃないかな」

そうかもしれない。それに、どこの誰がつくっているのかということ以前に、「サーキット」のように、まったく未知のもの、未経験なものについて、何らかの想像をめぐらすことはむずかしいのではないか。二十一世紀の現在からは想像しにくいかもしれないけれど、名古屋と神戸の間に、日本初の高速道路が(ささやかに!)できあがるのが1965年のことなのだ。しかし、このストーリーで焦点を当てているのは、その3年前の1962年である。

しかし、そんな時期に、「本田宗一郎」という人は、未成熟な日本のモータリゼーションには関係なく、そして、“俺はそんな遅れた歴史には付き合わないぜ!”とばかりに、さっさとこの国に、世界に伍するバイクの鍛え場所というべき施設をつくってしまったのであった。

そして「本田さん」には、もうひとつ、鈴鹿がらみのすごいエピソードが残っている。試行錯誤の果てに、着工から1年半の時間を経た1962年の9月に「鈴鹿サーキット」は完成するのだが、「ただね、コースのレイアウトが正式に決まったのは62年の1月になってからだったから、そこからたったの8ヵ月で、コースから観覧席、ピット、駐車場まで、全部つくっちゃったことになる」

リキさんはここでも、「まさに欧米を追い越せでガムシャラに突き進んだ、敗戦国日本の底力の典型」(「サーキット燦々」より)という言葉で、先人の遺業を評価する。

上:鈴鹿初の公式レースは、1962年11月3日〜4日に『第一回全日本選手権ロードレース』と銘打たれて開催された。2日間に集まった観客は28万人。「鈴鹿」への期待の高さを伺わせた。
下:本格的レーシングコースで、1963年5月に初めて行なわれた『日本グランプリ自動車レース』。リキさんは、『第一回全日本選手権ロードレース』に参戦したのに続き、このレースにも出走。2輪、4輪それぞれ鈴鹿初の本格レース体験者として、日本のモーターレーシングの幕開けの中にいた。
写真/『鈴鹿サーキット モータースポーツ30年の軌跡』より

そして、その9月。鈴鹿では、関係者だけを集めての、やや内輪での竣工式が行なわれ、世界GPレースマシンとHondaのワークス・ライダーによる模擬レースなどが行なわれた。そのメインイベントとして、メイン・ストレートにテープが用意された。それをカットするのは、もちろん本田宗一郎……のはずなのだが、しかし、ピットやパドックに彼の姿は見えない。

本田宗一郎が現われたのは、できあがったばかりの「サーキット」の最終コーナーだった。

宗一郎は、真っ赤な、小さなオープン・スポーツカーに乗っていた。竣工式に集まった人々が、この「Honda S360」を目にしたのは、このときが初めてだった。このプロトタイプS360は、やがて、S500として市販され、さらに、S600、S800に発展していく。

この日、鈴鹿を赤い四輪スポーツ車で駆けた本田宗一郎は、鈴鹿サーキットと本格ロードレースの時代がやって来たこと。そして、いずれは四輪の時代が来ること、そしてHondaも本格的に四輪の生産に踏み出さなければならない時期が来たことを、その全身で体現していた。

2ヵ月後の1962年11月、鈴鹿サーキットのコケラ落としとして第1回全日本選手権ロードレースが行なわれ、HondaのCR110とCR93は、50ccと125ccクラスで、ともに1位から3位までを独占した。

そして翌年の1963年、第1回日本グランプリ自動車レース大会が鈴鹿サーキットで開催され、日本での四輪レースの歴史がはじまる。このレースの1000〜1300ccクラスに、Hondaの二輪ワークスライダー鈴木義一が出場し、優勝した。マシンはVW(フォルクスワーゲン)だった。

「鈴鹿」は本格的に始動した。この瞬間、Hondaだけではなく、日本の自動車レースの新たな時代が静かに始まったのである。

第1章 『ロードレース創世記の項』 完

(取材・文:家村浩明)

第2章 『鈴鹿から世界へ』は、こちらでご覧いただけます。



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