マイ・ワンダフル・サーキット 浅間から鈴鹿、そして世界のHondaへ―― リキさんのレーシング日本史

第17回
最後のアサマを飾った人々


「前回で、アサマ最後のレースを採り上げて、その終焉の理由ということまで行っちゃったけど、ただ、このレースとこの時期については、俺はもう少ししゃべりたいね!」

 ……と、リキさん。おお、それはぜひ、お願いします!

「たとえば、《人》です。たしかに、北野元はこのレースでセンセーショナルなデビューを飾った。でも、このレースは、それだけではなかった。この“最後のアサマ”では、彼以外にも、その後の日本のバイク史・レース史で重要なポジションにつく人々がたくさん関わっていた……」

こう語りながら、リキさんは、自身の著書『サーキット燦々』に掲載してあるリザルト表を示し、そこに示されたライダーの名前に、アンダーラインを次々に引いていった。

1959年のアサマ最後のレースを走り、その後、今日に至るまで、日本のバイク&レースに大いなる関わりを持ちつづけている方々がいる。ではいったい、どんな先輩たちが、このレースに出場していたのか?

以下、リキさんがチェックした代表ライダーの名前を列記する。 人名のあとのカッコ内は、当時の年齢である。そう、みんな若かったのだ!

●クラブマンレース 50ccクラス:
――――――――――――――――――――――――――――
第2位 生沢徹(16)/Honda・スーパーカブ。
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●クラブマンレース 125ccクラス:
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 北野元(18)/Honda・ベンリイSS
第5位 森下勲(21)/ヤマハ。
第16位 黒沢元治(18)/Honda・ベンリイSS
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●クラブマンレース 200ccクラス:
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第1位 桑本博之(24)/Honda SS
第2位 青木格(19)/Honda SS
【順位なし】新井理男/ヤマハYC
【順位なし】安良岡健/フジモーターFB
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●クラブマンレース 250ccクラス 第1レース:
――――――――――――――――――――――――――――
第2位 野口種晴(26)/ヤマハYDS
第5位 下良睦夫(26)/Hondaドリームss
第8位 望月泰志【修】(28)/ヤマハYDS
第9位 鈴木誠一(22)/ヤマハYDS
【順位なし】真田睦明/Hondaドリームss
――――――――――――――――――――――――――――

●クラブマンレース 250ccクラス 第2レース:
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 北野元(18)/Hondaドリームss
第2位 久野実(28)/Hondaドリームss
第3位 益子治(22)/ヤマハYDS
【順位なし】久保和夫/ヤマハYDS
【順位なし】折懸六三/Hondaドリームss
――――――――――――――――――――――――――――

●クラブマンレース 350ccクラス:
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 野口種晴(26)/ヤマハYDS
【順位なし】宇野順一郎/Hondaドリームss
――――――――――――――――――――――――――――

●クラブマンレース 500ccクラス:
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第1位 高橋国光(19)/BSAゴールドスター
【順位なし】立原義次/トライアンフTR6
【順位なし】杉田和臣/ホスクDB
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●クラブマンレース 501cc以上クラス:
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第1位 吉田治(23)/BSA-A10
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●国際レース:
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第4位 砂子義一(27)/ヤマハYDS
第5位 大石秀夫(21)/ヤマハYDS
【順位なし】佐藤幸男/HondaドリームCR76
【順位なし】伊藤史朗/BMW-R69
【順位なし】島崎貞夫/HondaドリームCR76
――――――――――――――――――――――――――――



耐久レースの部
(工場レーサー&ワークスライダー、ならびに
 クラブマンレース上位3位入賞クラブマン・ライダー
 によるレース)

●耐久125cc ウルトラ・ライトクラス:
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 北野元(18)/Hondaベンリイss
第2位 鈴木淳三(28)/HondaベンリイRC142
第3位 藤井璋美(28)/HondaベンリイRC142
第4位 市野三千雄(25)/スズキコレダRB
【順位なし】松本聡男/スズキコレダRB
【順位なし】伊藤光夫/スズキコレダRB

●耐久250cc ライトクラス:
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 島崎貞夫(24)/HondaドリームRC160
第2位 田中健二郎(28)/HondaドリームRC160
第3位 鈴木義一(28)/HondaドリームRC160
第6位 田中てい助(22)/HondaドリームRC160
第7位 長谷川弘(25)/クルーザーSC
【順位なし】田村三夫/フジモーターFSC
【順位なし】野口種晴/ヤマハS
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●耐久350cc ジュニアクラス
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第1位 野口種晴(26)/ヤマハ260S

●耐久500cc セニアクラス
――――――――――――――――――――――――――――
第1位 伊藤史朗(19)/BMW−R50
第2位 高橋国光(19)/BSAゴールドスター
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※【順位なし】はリタイヤ、
 この場合年齢はリザルトから省かれている。


写真上:浅間には、後の日本の2輪/4輪レースを牽引するライダーたちが大挙して参加した。写真は、左から増田悦夫、鈴木義一、島崎貞夫、田中健二郎。右の3人は、耐久250耐久ライトイラスのトップ3。
写真下:1959年最後の浅間の250耐久クラスに優勝した島崎貞夫とHondaドリームRC160。

おお、そうそうたるメンバー! この結果表を懐かしそうに眺めながら、力さんはこう付け加えた。

「これ以外にも、谷口尚己、鈴木淳三のTT初陣メンバーや、長谷川弘(クルーザー)、花沢昭(トーハツ)、佐藤幸雄(Honda)、大関重雄(パリラ)や、練習中の怪我で本番には出られなかった神谷忠(Honda)など、その後の2輪または4輪レースの中心的役割を担うメンバーが大挙して参戦していたんです」。

これらのレースのうち、いくつかについて、リキさんは『サーキット燦々』で以下のように書いている。ちょっと引用してみよう。

まず、耐久の250ccレースについて。

レース前から、Hondaがどえらいマシンを出場させるらしいとの噂は、耐久ロードレース250ccクラスで現実のものとなる。スタート前のウォーミングアップになるや、ワンワンッ、ウオーンと、いままで聞いたことのないエンジンサウンドが高原に響き渡る。島崎貞夫、田中健二郎、鈴木義一、佐藤幸男、田中てい助とHonda・ドリームRC160の軍団である。
RC160のエンジンは、OHC並列4気筒250cc、推定40HP/14000rpmというHonda技術の粋を集めたもので(中略)身長160cmに満たない島崎は、あり余るパワーと横幅広く乗りにくい並列4気筒を力でねじ伏せ、ときには逆ハンで疾走する。
そんな5台のHonda勢に割って入り、(中略)ヤマハYDS野口種晴は、黒の革つなぎ、白のヘルメットに白のロンググローブ姿でヤマハ・サーカスを演じる。
だが野口の力走も10周あたりでエンジントラブル、(略)島崎の1位をとめることはできなかった。

そして、耐久セニアの500ccクラスについては――

高橋国光はクラブマンレースの500ccを制し、出場権を得た耐久ロードレース500ccでは、BMW−R50の伊藤史朗と、スタートからゴールまで1時間40分のデッドヒートを演じた。最終回のラップタイム5分01秒=111.8km/hは、浅間高原自動車テストコースの最高記録となり、後世の語り草となった。

もうひとつ、重要なこととして、《アサマ》がその後の日本に与えた影響があると、リキさんはつづけた。

(第十七回・了)

(取材・文:家村浩明)



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