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Honda市販初のV型8気筒エンジン

Honda市販製品として初めてのV型8気筒エンジンを開発

『Honda市販製品として初めての350馬力V型8気筒エンジンを開発。』
2023年9月にイタリアのジェノバで開催されていた「ジェノバ国際ボートショー2023」の会場でHondaが「BF350」の世界同時発表をすると、多くの注目を浴びました。
そうです、このV型8気筒エンジンはHondaの船外機「BF350」のために新たに開発した船外機用のエンジンなのです。 船外機とは船に搭載するエンジンのこと。Hondaがこれまで市販用としては開発してこなかったV型8気筒エンジンがなぜ今必要なのか?

船外機に対する世界のトレンド

マリン事業の商品責任者・伊藤慶太とBF350
マリン事業の商品責任者である伊藤慶太は「船外機の最大市場である北米を中心に300馬力以上の船外機市場は拡大を続けており、すでに競合の他社は600馬力のモデルも市場に投入している。しかし、Hondaでは250馬力の『BF250』が最大馬力のモデルであり、市場からは350馬力クラスのモデルの投入が待ち望まれていました」。
Hondaが「BF250」を発売したのは2011年。その後、船外機市場のニーズがは高出力化へと進む中で
「高出力モデル帯では競合他社に対して10年近く遅れた中での350馬力の開発だったので、350馬力の最後発商品として、多くの魅力を備えた船外機を目指して開発を進めました(伊藤)」。


四輪の知見がいかされたV型8気筒エンジンの開発

「今回のV型8気筒エンジンの開発に際しては、開発当初から船外機の開発者だけでなく、四輪車の開発者に協力を依頼し、Hondaの総力を挙げて取り組みました(伊藤)」。
BF350ならではの大きな課題があったと伊藤は言います。
「現在の船外機市場では複数の船外機を横に並べて搭載する『多基掛け搭載』が一般化しています。この『多基掛け搭載』を実現するためには、船外機自体を可能な限りコンパクトなパッケージにする必要があります。そのため、今回の開発では四輪車などでは一般的に90度とするV型8気筒エンジンのVバンク角を、60度という狭い角度で成立させています。(伊藤)」
Vバンク角を60度に設定することによってクランクシャフトをはじめとして各パーツには非常に高い精度が要求され、耐久性・信頼性を確保しながら、この高い要求に応えていくという難しい開発となったといいます。
「この難しい開発を実現できたのは、四輪車の開発者をはじめHondaの様々な部署の人間が垣根を超えてオールHondaでものづくりに取り組んだ成果でした(伊藤)」。
60度Vバンク角を採用してコンパクトなパッケージングとなったBF350


最後発だからこそのこだわり

「BF350」はレギュラーガソリンを採用しています。一般的に高出力の船外機にはハイオクガソリンが使用されていますが、「BF350」はハイオクの入手が難しい地域でも使用が可能なように、レギュラーガソリンで350馬力を発揮します。
この点について伊藤は「BF350のお客様のなかには、漁船や観光船といった仕事で使われる方も含まれます。個人ユーザーに比べて桁違いに航行距離の多いプロユースの場合、ハイオクガソリンよりも価格の安いレギュラーガソリンでしっかり350馬力を出せることが喜ばれますし、他社製品に対するBF350の大きなアドバンテージになります(伊藤)」。
加えて、リーンバーン(希薄燃焼)の制御や、エンジンのフリクションロスを低減する等の製造技術の追求により、燃費性能・環境性能の向上を実現。
「燃費は同クラスの他社製品に比べて15%程度優れています。1回の給油でより長い距離を走行できるで、燃料費の削減や移動時間の短縮にもつながります(伊藤)」。
そして、Hondaならではのメカニズムが、二輪と四輪でおなじみの可変バルブタイミングリフト機構のVTEC。
「BF350」は5000回転を超えるとカムシャフトがハイカム領域に切り替わり、出力が一気に向上します。
「クルージング中は大排気量ならではの出力の余裕を生かして、回転数を抑えた静粛性の高い省燃費運転を行い、ここ一番の場面でスロットルを開けて回転数が上昇するとパワフルに伸びやかに加速し、迫力のサウンドを奏でる。こうした『操る楽しさ』も体感していただけるようにダイナミック性能にもこだわりました(伊藤)」。
その他、開発チームは事前に国内と海外のユーザーからヒアリングを実施し、そこで得た課題をひとつひとつ開発に取り入れています。そのひとつがオイルフィルターのレイアウト。
「日常的なメンテナンスに関するパーツ類をエンジンの前方(船体側)にレイアウトすることでメンテナンス性を向上しました。オイルフィルターは、交換時にオイルがこぼれて海を汚してしまわないようなレイアウトを採用しています(伊藤)」。
また、現在のトレンドは高出力モデルでもエントリーユーザーが扱いやすいこと。これを踏まえ「BF350」は航行中に船外機の角度を自動調整して最適な船体姿勢に保つ"トリムサポート機能"や、一定の速度・回転数での航行を可能にする"クルーズコントロール機能"など、各種操船サポート機能を充実させたユーザーフレンドリーな350馬力を実現しています。


フラッグシップモデルにふさわしい振る舞い

「BF350」にはHondaのフラッグシップモデルにふさわしい華やかさと存在感を持たせました。デザインに関して伊藤は「スタイリッシュなプレミアムクルーザーにも調和するラグジュアリー感を持ちながら、エコロジーも感じさせるようなスタイリングを目指しました。船外機後方のブラックのパネルも大きな特徴ですが、Hondaエンブレムをクロームパーツで仕上げるなど、これまでにない高級感を目指して作り込んでいます(伊藤)」と、当初からの狙いを語ります。
デザインに込めたのは「水中を進むものとしての機能の融合」「さまざまな種類の船艇との一体感」「多様な自然環境との調和」の3点。これらの要素をシンプルなワンモーションフォルムで表現したことが高く評価され、2023年のグッドデザイン賞に輝きました。
Hondaロゴはクロームパーツで仕上げられている
「このクラスの船外機に求められるのは、ラグジュアリーさとパワフルさです。BF350はデザインやエンジンのフィーリングも含めてトータルで格調の高さと上質感、優れたパフォーマンスがもたらす高揚感を表現できたと思います(伊藤)」と胸を張ります。


IT技術も取り入れて少数精鋭でフラッグシップを作り上げる

「BF350」を製造している静岡県浜松市の浜名湖畔の細江船外機工場では、さまざまな種類の船外機をひとつのラインで生産していますが、高さが2mを超える「BF350」は既存のラインでは対応できません。そこで、新たに少数の作業者が組み立て工程を完成まで受け持つセル生産方式の専用ラインを導入しました。
組み付ける部品点数が多く、一人の作業者が受け持つ範囲が広くなるセル生産方式を円滑に実現するために導入したのが、若手のエンジニア達が主導して作り上げた作業支援システムです。
例えば、品質に関わる部品の締め付けトルク管理においては、モニターに表示された規定のトルク値を外れているとNG表示が出て次の工程に進めない仕組みになっています。
こうした生産工程での新しいチャレンジも「BF350」に対する意気込みの高さと言えます。

編集後記

今回、浜名湖を疾走するBF350搭載のボートを、我々が乗る150馬力船外機搭載のボートで追いかけながら撮影をする機会を得た。
湖面に美しい航跡を残して走るBF350は、実に美しいものだった。
撮影したBF350はホワイトボディのモデルだったこともあり、後ろから見るその姿は、まるでタンチョウ(丹頂鶴)が飛び立とうとしている瞬間のように優雅。それなりにスピードは出ているのに、まるでそれを感じさせない余裕をもった走りであるのが、外から見ても明らかだった。
撮影は任せっきりで、すっかり見とれてしまっていたところ、フォトグラファーから「並走してください」とのリクエストが入る。150馬力船外機を搭載する我々のボートは大きくスロットルを開けてBF350の横に並ぼうとするものの、これがなかなか追いつかない。我々の動きを察知したBF350搭載艇が少しスロットルを緩めてくれたおかげで並走することができたが、「350馬力の余裕」を見せつけられた瞬間だった。
力強さと優雅さを兼ね備えたBF350。工場で見た時の印象とは違い、水面を走るBF350は実に生き生きとしていた。