汎用エンジン編
Vol.03
世界標準モデルとHondaパワーユニットの未来
1983年、ZE(ジリオンエンジン ジリオン=途方もない数、未知数の意)を目指して発売が開始されたGX型エンジン。この商品が、発売と同時に世界各国で高い評価を獲得し、Hondaパワープロダクツ事業を支える基幹商品へと成長します。
GX型エンジンが特に評価されたのは、耐久性が高く、誰にでも扱いやすい軽量コンパクトさに加え、さらに低燃費が示す経済性や、使う人のメンテナンス負担を大幅に軽減した点でした。
GX型エンジンの特徴は、それ以前のG型エンジンの基本構造であるSV(=サイドバルブ)から、さらに高出力で低燃費、そして静粛性を併せ持つOHV(=オーバーヘッドバルブ)を採用したことです。SVエンジンよりも少ない部品点数を達成し、製造・販売コストの低減を実現しました。
また、エンジンの基本性能についても、エンジン始動を容易にするメカニカルデコンプレッションや、メンテナンス性に優れたポイントレスのトランジスタマグネット点火に代表されるような、多くの新機構を採用。さらに、エンジンの搭載適合性についても、開発時に目標としていたサイズよりも約30%の小型化を実現できたことで、従来のエンジンを搭載していた完成機にそのまま搭載を可能とする開発目標も達成しました。これらの新しい技術への挑戦が、GX型エンジンを「汎用エンジンの業界スタンダード」とまで言われるほどの評価を得ることにつながったのです。

GX型エンジンは発売と同時に販売台数を伸ばし、年間300万台という目標にもあと一歩というところまで迫り、最大市場の北米や欧州に加えて、東南アジアでも高い評価を得ることになります。
しかしその反面、GX型エンジンの基本構造である「OHV機構の傾斜シリンダー」という商品コンセプトを、世界の汎用エンジンメーカーが採用したことで、Hondaは競合他社と、新たな競争を迫られることになりました。そこで、製品の改良を継続して性能を向上しながら、コストダウンも図り、東南アジアやアフリカの新興国への対応も実現しました。
Hondaの新興国への対応では、農村や漁村でサービスキャラバンというサービスを展開。定期的に修理や調整を実施する、アフターサービスという概念を新興国に普及させました。
調子が良くない製品は調整し、トラブルがあった製品は修理するというアフターサービスの考え方は、販売価格の安さを重視している競合他社では対応できない展開でした。特に、当時急速に力をつけていた、低価格のみを売り物にする新興メーカーでは、商品にトラブルが発生した場合は、新たに商品を購入しなおすことができる価格設定とし、購入段階で壊れやすい部品は同梱するような販売方法を取っていたほどです。
その結果、Hondaの商品は耐久性が高く、部品の供給も早く、サービス体制も充実しているという評価がHondaのブランド価値を高めました。このアフターサービスという思想は、創業以降継続してきた、Hondaの二輪や四輪の考え方を踏襲したものでした。
GX型エンジンの評価は他メーカーに汎用エンジンを供給するOEM販売にも影響を与えました。一般的にOEM販売においては、競合他社へ自社製品を供給することはありませんが、Hondaは、自社と競合関係にあるメーカーに対しても汎用エンジンを供給しています。草刈り機や除雪機、水ポンプ、耕うん機などの様々な製品をHondaは販売していますが、同様の製品を製造・販売する競合メーカーにも、汎用エンジンも供給しています。


これにはHondaのパワープロダクツ事業が持つ思想が影響しています。それは、Hondaが単独でパワープロダクツの完成機を販売しても、それを購入したお客様だけしか幸せにできませんが、OEM販売を介して、Hondaの汎用エンジンを搭載した商品が増えることで、より多くの方々を幸せにする可能性が高まります。この思想こそ、「技術で世の中の役に立ちたい」という創業者・本田宗一郎氏の信念に繋がっています。
また、Hondaの汎用エンジンは、建設業界で使用される建設機械の動力として様々な建設機械メーカーに採用され、結果として世界におけるHondaのOEM販売台数は、パワープロダクツ事業の約70%弱を占め、現在のHondaのOEM供給先は世界50か国、2000社を超えるまでになりました。

そして、Hondaの汎用エンジンは今、新しい時代に向けて動き出しています。それが、環境性能やカーボンニュートラルなど、新たな時代への適合です。
Hondaでは、2005年に世界初※1となる新開発の電子ガバナーシステム(=エンジン回転数電子制御技術)を搭載したiGX型エンジンを発表。これは、Hondaが新たに開発した、バッテリー不要の回転数電子制御技術で、エンジンの回転数とスロットル開度を常時監視し、エンジン出力を一定に保持するものです。たとえば草刈り機を使用中に、回転刃に草が絡まり、エンジン負荷が増して回転数が低下するような局面でも、設定されたエンジン回転数を維持する技術です。
※1 2005年Honda調べ:単気筒汎用エンジンとして

このiGX型エンジンは、世界で最も厳しい排出ガス規制であるEPA(=アメリカ環境保護庁)規制値と、CARB(=カリフォルニア大気資源局)規制値を約30%も上回る排出ガス低減を実現し、アメリカのみならずカナダ、EU、オーストラリア、中国等の厳しい排出ガス規制をクリアする等、世界最高水準の環境性能を達成。さらに競合メーカーの製品と比べて、1時間あたりの燃費を約15%向上させ、騒音においても約4dBの低下を実現しました。
※燃費に関してはEPAモード運転、騒音に関してはEU騒音規制・発電機測定モードです。
さらに、カーボンニュートラルに関しても、Hondaはバッテリーとモーターの組み合わせで動力を得る「eGX」の商品化と販売を実現しました。精密な電子機器を搭載するバッテリーとモーターの基本構造を、エンジンより高いレベルで冷却し、本来は厳禁の粉塵や振動にも耐えられる構造としたことで、「排出ガスゼロ」を実現し、来るべきカーボンニュートラル時代への第一歩を踏み出しました。

eGXは2021年6月より、完成機メーカーに対してOEM販売を開始し、2022年にはリースを開始。2022年3月にはeGXを搭載したコマツの電動小型ショベルカー「PC01E-1」が発表されるなど、今後様々な導入が進むことで、騒音や排気ガスが課題の住宅街工事や夜間作業などで、課題解決の一助となることが期待されます。

もちろん、自動車やオートバイと比べて環境負荷も高くない小型建機や農機具が、すぐに厳しい排出ガス規制を受けるとは考えにくいとも言えますが、Hondaは「その日」に備えて準備を整えています。
Honda創業から5年後の1953年に、農業噴霧機用として開発した初の汎用「H型エンジン」から70年以上。今ではHondaの汎用エンジンは、Hondaの完成機に留まらず、世界中の農業機械や建設機械などの動力源として様々な作業機械に搭載されています。時代の流れとともに、動力源はエンジンから電動などのパワーユニットに変化していくと思われますが、「技術で世の中の役に立ちたい」というHondaの信念は今後も様々な形で人々の生活を支えていきます。