総監督としてチームアジアを率いる玉田誠さん
玉田さんは1995年に18歳でMFJ全日本ロードレース選手権にデビュー。2001年にHRC(株式会社ホンダ・レーシング)と契約し、日本開催のFIMスーパーバイク世界選手権では4戦に参戦して3勝を飾るなど華々しい結果を残して、FIMロードレース世界選手権MotoGP(以降:MotoGP)の最高峰クラスであるMotoGPクラスに2003年から参戦を開始。MotoGPクラスで通算2勝を挙げている世界トップクラスのライダーでした。
そんな玉田選手が、なぜチームアジアを率いているのか。その原点は玉田さんがライダーを引退した2013年に遡ります。
当時のHonda二輪車の販売の中心はヨーロッパやアメリカからアジアに移行しつつありました。そのアジア地域を統括するタイのアジアホンダモーターカンパニー・リミテッド(以降:アジアホンダ)は、ヨーロッパやアメリカのように、アジアのレースシーンにおけるHondaのレベルの向上を図ることで、Hondaブランドの向上を目指していました。
そこでアジアホンダが目を付けたのが、最高峰の現場で戦ってきた玉田さんだったのです。アジアホンダが中心となりアジア7か国のHonda現地法人が費用を捻出する形で誕生したのが「チームアジア」です。アジアホンダから玉田選手に課せられた課題は2つ。世界最高峰の舞台で戦えるメカニックとライダーの育成でした。こうして、玉田さんがチームマネジャーを務める「チームアジア」が2014年にスタートします。
「レース環境のレベルが違うので、最初のころはイライラしっぱなしでした。こんなことがなぜできない?と思うことの連続でしたが、育ってきた環境も違えば、国の文化も違う、もっと言えば言葉も生活習慣も違う人たちだから、これはしょうがないことだ、と割り切りました」(玉田さん)
MFJ全日本ロードレース選手権に参戦していたチームアジア
「チームアジア」は、MFJ全日本ロードレース選手権やFIMアジアロードレース選手権に参戦を開始し、日本にも拠点を作って2018~19年には全日本ロードレースの最高峰JSB1000クラスにフル参戦。玉田さんがチームを率いて鈴鹿8耐に参戦したのは2018年からで、世界最高峰の舞台でのメカニックとライダー育成の挑戦がはじまりました。
メカニック経験のないトップライダーがメカニックを育成する
玉田さんは最高峰で戦ったレーシングライダーのため、メカニックの経験はありませんが、ライダーとして、どういうメカニックが優秀なメカニックなのかは熟知しています。
玉田さんが最初にメカニックに求めたのは、ライダーがピットに帰ってきてから、次に出ていくまでに実施することでした。ライダーがピットに戻ったらすぐにタイヤウォーマーを巻き、カウルを外して走行ダストを取り、パーツのゆるみがないか、ブレーキ圧やタイヤの空気圧を確認して、走り出す数分前にはエンジン暖機をする。レースメカニックの常識から徹底させたのです。
チームアジアの鈴鹿8耐参戦マシンを整備するメカニック達
総監督としてチームスタッフへ指示する玉田さん
しかし最初の頃は、水分が厳禁な電気系統を水洗いしたり、両手で持たないと機能しない工具を片手で操作するなど基本的な部分でミスが多発しました。しかし、技術的な専門領域になると玉田さんでは対応できません。そこは遠慮なく周りの先輩やメカニック、HRCやHondaの研究所のスタッフに教えと助けを乞う。玉田さんは「教えてくださいと人に頼むことは苦ではなく、むしろ得意かもしれません。ライダーの現役時代にも先輩や違うチームの人にも判らないことは色々と聞いて回って自分の成長に活かしていましたから」と言います。
鈴鹿8耐は「チームアジア」の実力を測る最高の舞台
チームアジアが鈴鹿8耐に参戦したのは2012年から。玉田さんがチームマネジャーとして初めて参戦したのは2018年。玉田さん以外のスタッフはすべてアジアからの参加、というスタイルを続けています。
参加するメカニックはアジアの各現地法人からの選抜で、それぞれの国でもスキルは高いものの、やはり鈴鹿8耐という世界レベルの舞台では戸惑うことも少なくありません。
FIM世界耐久選手権シリーズで唯一のアジア開催である鈴鹿8耐
「始めた当初はどれだけブチ切れたことか(笑)。身なりも態度も考えられないものでした。使い終わった工具がそのまま置かれていたり、飲んだペットボトルも適当に置いておく。それでも、育ってきた環境も違うし、経験数も違う。能力ではなくて、文化や環境の違いだということを少しずつ理解できてきたのでアドバイスを続けました」(玉田さん)。
今では初期に参加した「チームアジア」のメカニックがMotoGP参戦中のHonda LCRにメカニックとして参戦するなど、少しずつアジア人のレベルも世界最高峰の場で認められ始めています。
鈴鹿8耐では、玉田さんが指揮を執りはじめた2018年と2023年に7位入賞を果たすなど確実に上位で結果を残しています。Hondaやヤマハなどのメーカー主導のチーム(ワークスチーム)や世界耐久選手権シリーズに全戦参戦しているメーカー系のチームが参戦している鈴鹿8耐で、常に上位の結果を残している「チームアジア」は、すでに世界のトップチームのひとつに名乗りを上げていることと同じなのです。
灼熱の鈴鹿8耐で奮闘するチームアジア
2人目の元MotoGPライダーの登用
活動を開始して10年以上が経過しましたが、玉田さんの自己採点は、まだ30点程度の完成度だといいます。そんな玉田さんは2024年に、もうひとりの元MotoGPライダーに声をかけます。2023年に現役を引退した高橋裕紀さんです。
高橋さんは2000年に15歳でMFJ全日本ロードレース選手権に参戦を開始。2004年にはGP250クラスで全日本チャンピオンとなり、2005年からはFIMロードレース世界選手権GP250クラスにフル参戦し、2009年にはMotoGPクラスへの参戦も実現しました。
2024年からチームアジアでアシスタントマネージャーを務める高橋裕紀さん
そんな高橋さんを、玉田さんはチームアジアの運営に誘ったのです。
「引退してすぐに、玉田さんに『一緒にやらないか』と誘っていただいて、アシスタントマネージャーとして合流しました」(高橋さん)
高橋さんはまず、タイでのジュニア世代育成レースであるタイ・タレントカップ(=TTC)を担当。鈴鹿8耐には2024年に初めて合流しますが、チームアジアはわずか7周でリタイヤ。参戦準備から関わってきた高橋さんは、自分のレースでは泣いたことがないのに、涙があふれたといいます。
アシスタントマネージャーとして自身の経験をもとにスタッフに指示する高橋さん
高橋さんは2026年の鈴鹿8耐ではアシスタントマネージャーとして玉田さんを支える役割を担いました。玉田さんは意識して一歩引き、高橋さんを前面に押し出します。
玉田さんは、将来的には鈴鹿8耐のチームアジアでの活動は高橋さんに任せて、自身はチームアジアの活動を、MotoGPにつなげたいと考えています。チームアジアでメカニックを育成して、それをMotoGPの世界に橋渡ししていきたいというのが玉田さんの目標です。
鈴鹿8耐参戦の「チームアジア」を支えているHondaパワープロダクツ
鈴鹿8耐に参戦する「チームアジア」のピットの裏にはHondaの発電機EU55isが陣取っています。EU55isに接続された電源コードはロードレースには欠かせないタイヤウォーマーへと繋がっています。
勝敗のカギを握るタイヤウォーマー専用に用意されたHonda発電機EU55isがチームを支える
「現在のロードレースにおいてタイヤの温度管理は最も重要な作業のひとつです。特に何度もタイヤ交換をする耐久レースではタイヤウォーマーの重要度は上がります」(玉田さん)
ピットにはコンセントがあって電気も来ていますが、多くのチームが大量に電気を使用するサーキットのピットでは、電気の供給に過不足が生じてしまいます。
「万が一、電気が落ちてしまうと、タイヤウォーマーが機能しなくなるので、走行できなくなるのと同じです。だから我々はタイヤウォーマー専用でHondaの発電機を使用しています」(高橋さん)
耐久レースにとって重要なタイヤの温度管理にHondaのパワープロダクツが貢献しているのです。
走行直前のタイヤウォーマー用としてHonda発電機EU9iもチームを支える
世界最高峰のレースシーンを経験した2人の日本人が、その経験を活かしてアジアのレースシーンのレベルを押し上げ、その教え子たちが世界の舞台で活躍している姿を見るのも、それほど遠いものではないのかもしれません。
そんな人たちを陰で支え続けて欠かせないのがHondaパワープロダクツなのです。