数々の世界的なライダーを輩出した聖地 サーキット秋ヶ瀬

埼玉県さいたま市、秋ヶ瀬公園に隣接するのが、全長608mのサーキット秋ヶ瀬。このサーキットは、フォーミュラ・ニッポン(現在名称:全日本スーパーフォーミュラ選手権)で4度、全日本GT選手権とSUPER GTで3度シリーズチャンピオンを獲得した、本山哲選手のご両親が、1981年に本山選手をはじめとした子供たちのために開業したミニバイクとカートの専用サーキットです。このサーキット秋ヶ瀬は、FIMロードレース世界選手権MotoGP™(以降:MotoGP™)で活躍した加藤大治郎選手や阿部典史選手など、多くの世界的なライダーを輩出した名門サーキットです。現在MotoGP™で活躍している小椋藍選手も、幼いころにサーキット秋ヶ瀬でポケットバイクを走らせ、オートバイレースのキャリアをスタートさせました。

世界で活躍するライダーの登竜門として開発された74Daijiro

世界で活躍した多くの日本人ライダーたちが、オートバイレースのキャリアをスタートさせたのがポケットバイク、通称ポケバイ(以降:ポケバイ)です。

そして現在、ポケバイのレースで主に使用されているのが「74Daijiro」。2004年に販売を開始したレース専用の二輪車で、エンジンはライダーの体重によって、40ccまたは50ccの2ストロークエンジンを搭載。全長93cm×全高54cmで、主に身長120cm程度の子どもから使用が可能なマシンとなっています。
この「74Daijiro」は、2003年にレース中の事故で亡くなった加藤大治郎選手の遺志を引き継ぐ形で、世界を志す子どもたちのために加藤選手の父親が中心となって開発されたマシンです。その名称も加藤選手のゼッケンの74と名前を組み合わせた「74Daijiro」となりました。

現在、サーキット秋ヶ瀬で開催されているDaijiro Cupをはじめ、千葉県・千葉北ポケバイコースや茂原ツインサーキット、大阪・生駒サーキット、京都・近畿スポーツランドで「74Daijiro」を使用したレースが年間25戦ほど開催されているほか、「74Daijiro」で参戦可能なポケバイレースは全国各地で開催されています。

現在、MotoGP™で活躍する日本人ライダーの中にも、「74Daijiro」出身の選手が数多くいます。2026年に日本人ライダーとして22年ぶりに最高峰のMotoGP™クラスで優勝した小椋藍選手や、Moto2™クラスに参戦している古里太陽選手、佐々木歩夢選手、Moto3™クラスに参戦している三谷然選手も「74Daijiro」の出身ライダーです。

「74Daijiro」を駆ってレースに参加するライダーたちは、革製のレーシングスーツに身を包み、好きな選手のレプリカヘルメットを被り、グローブとブーツなど安全装備を身につけてレースに挑みます。小さなマシンと小さな身体に纏った装備は、まるでMotoGP™そのものです。

気分は既にMotoGP™のポケバイライダー達

MotoGP™ライダー加藤大治郎選手が創設したDaijiro Cup

サーキット秋ヶ瀬で「74Daijiro」を使用して開催されているのがDaijiro Cup。このレースは、MotoGP™に参戦していた加藤選手が、自らの原点であるポケバイによる二輪ロードレースの裾野の拡大を目的として、2003年に創設したものです。このDaijiro Cupに参戦する子どもたちの参戦理由は様々です。

MotoGP™日本グランプリを観戦した際に、モビリティリゾートもてぎの子ども向けバイクアトラクション「モトレーサー」に乗ったのがきっかけでバイクに興味を持ち始めたのは小学6年生の永島碧人君。

HRCカラーのゼッケン68を駆る永島碧人君

「普段、なかなか自分からなにかをやりたいと言わない子なので、モトレーサーに乗った後、試しに74Daijiroの試乗会に連れて行ったら『本格的にやりたい』と言い出して今日に至っています」と話すのは父の翔太郎さん。子どもの“やりたい”を全力でサポートしています。

永島碧人君は走行後に真剣な表情で両親とミーティング

お父さんの幹久さんがオートバイに乗っていて、よく後ろに乗ってツーリングに出かけていたという小学3年生の加來虎ノ佑君は、4歳の頃に自分から乗りたい、と言い出したそうです。

コース脇でお父さんからアドバイスを受ける加來虎ノ佑君

「私の後ろだけじゃなく、自分でバイクに乗りたいというので、神奈川のサーキットで開催されていた74Daijiroの体験会に連れて行ったのがきっかけです。レースを始めてからはやめたいと言ったことはありません。ポケバイに来ると、学校の友だちとは違う遊び相手がたくさんいるのも、本人が熱中している理由だと思います」とは、父の幹久さん。

小学4年生の小川和樹君の場合は少し異なります。父親の能弘さんがバイク好きで、和樹君の兄二人は全日本ロードレースに参戦する現役のライダーのため、自然とポケバイを始めることになったといいます。

自然とポケバイを始めることになったという小川和樹君

「和樹はおなかの中にいるころからバイクの音を聞いていたくらいバイクが身近な存在でしたから、生まれてすぐ興味を持っていたし、初めて74Daijiroに乗ったのは3歳の頃ですね。上のふたりの兄もバイク、じゃあ和樹も、というくらい自然なスタートでした」というのは、お母さんの加奈子さん。

小川和樹君とお母さんの加奈子さん

このように、ポケバイのレースに参戦するキッカケや目的は様々ですが、レースが始まると皆がゴールを目指して全力で走る姿は、サッカーや野球に心血を注ぐ子どもたちと同様に、本人だけでなく、メカニックやサポートを担う保護者にとっても、熱くなる瞬間なのです。

「74Daijiro」卒業生の次のステップはミニバイクレース

Hondaの100ccレース用マシン「NSF100」でミニバイククラスに参戦している小学5年生の菅原汐恋奈さん。「74Daijiro」では、サーキット秋ヶ瀬と大阪のスポーツランド生駒でシリーズチャンピオンに輝いてミニバイククラスにステップアップしました。

ミニバイクにステップアップした菅原汐恋奈さんとご両親

「汐恋奈は4歳、幼稚園の年中さんの頃から74Daijiroに乗っていますが、今年から乗り始めたNSF100では少し苦戦しています。でも、NSF100が大きくて重いなら練習すればいいんです。甘やかさない、それが汐恋奈のためです」というのはお母さんの明香さん。
「74Daijiro」でレースをはじめて、卒業後にはNSF100などのミニバイククラスへ。そして、その後250ccや600ccのロードレース用のバイクにステップアップして全日本や世界選手権を目指す。多くの先輩たちが通ってきた道を、汐恋奈さんも目指しているのです。

子どもたちを全力でサポートする保護者のコミュニティ

レースを戦う上で重要な要素となるのがマシンの整備。しかし、レースをはじめた段階でマシンの整備ができる保護者は少数派です。そこで重要となるのが同じ目的を共有する保護者のコミュニティです。

走行が終わると、次の走行に向けて保護者はマシンの整備を始めます。その際に、工具の貸し借りや、マシン整備のアドバイスなど、経験のある保護者が未経験の保護者を支える光景が、隣り合わせに停めたトランスポーターの作業場では多く見られます。
この光景こそ、ポケバイやミニバイクのレース独特の保護者のコミュニティです。保護者がコミュニティを形成することで、自分の子供だけでなくレースに参戦する全ての子供と保護者がひとつの家族のように皆を支える構図ができあがり、保護者がレースを継続できる大きな要素になっているのです。

保護者同士で助け合いながら子供たちをサポート

「74Daijiroの世界は、子どもだけでなく保護者の社会もあります。レースを始めたばかりの保護者には、先輩である保護者が声をかける。レースに必要なものから、マシンの整備、練習の仕方など教えあっていきます。家族ぐるみで楽しくやってほしい、みんなが長く続けてほしいですから」とは、小川和樹君のお父さん、能弘さん。

子どもたちの未来を全力でサポートするHondaパワープロダクツ

チームのテントやトランスポーターの脇にはHondaの発電機

レース開催日や練習日には、ピットとなる各チームのテントやトランスポーターの周辺には、ライダーや保護者用に、夏にはスポットクーラーや扇風機が、冬には電気ストーブやファンヒーターが置かれています。また、ポケバイでもレース前にタイヤウォーマーでタイヤを温めています。
子どもと保護者が熱中するポケバイのレースでは楽しさと厳しさが同居しますが、快適な環境と和やかな雰囲気もレース参戦の継続には重要な要素です。そのための電化製品やタイヤウォーマーですが、テントやトランスポーターから電気を供給することは難しい。
そこで多くのチームに使用されているのがHondaの発電機EU9iやEU18iです。携帯型のHonda発電機がポケバイやミニバイクのレース場で様々なものに電気を供給することで未来のMotoGP™ライダー達を全力でサポートしているのです。