リアルな造形美――Hondaの船外機BF350がプラモデルに
船外機のBF350は、Honda市販モデルで唯一V型8気筒エンジンを搭載したフラッグシップモデル。 その精密なディテールを再現したプラモデル「みのりwith Honda船外機BF350」の発売が、2025年3月に開始されます。 なぜBF350をプラモデル化したのか。 プラモデルメーカーの株式会社マックスファクトリー(以下:マックスファクトリー)で開発を担当した高久裕輝さんに、お話を伺いました。
日本有数のフィギュアやプラモデルメーカーであるマックスファクトリー。同社が展開する「プラマックス ミニマムファクトリー」シリーズは、アニメやゲームキャラクターを20分の1スケールで再現する人気のシリーズです。
マックスファクトリーとHondaパワープロダクツのコラボレーションは、2018年5月に発売された「みのりwithホンダ耕運機F90」から始まりました。
「『プラマックス ミニマムファクトリー』シリーズはまず、フィギュアあっての商品です。キャラクターが、いかに日常の世界観を表現するか、というのがテーマで、たとえばクルマやオートバイが傍らにあると、世界観が広がりますよね。でも、クルマやオートバイは、先行の他社さんがたくさんやっておられるので、なにかほかのメカを組み合わせたいな、と思っていたところに、2015年の東京モーターショーで偶然Hondaの耕うん機を見たんです」と話すのは、マックスファクトリーの高久裕輝さん。
高久さんが見たのは、Hondaが1966年に発売した耕うん機「F90」。東京モーターショーで展示されていたF90の造形美に魅了されたのが、プラモデル化のきっかけでした。
「フィギュアの傍らに耕うん機があることで、畑や土といったシチュエーションが自然に思い浮かぶ。そんな世界観の発想から製品化を思いついたんです」。 このF90とみのりちゃんのプラモデル「ミニマムファクトリー みのり with ホンダ耕耘機F90」は評判を呼び、販売も好調でした。
さらに、ネット上には完成したプラモデルをジオラマとともに撮影した写真が数多く投稿され、その世界観が広がっていきました。
その広がりをさらに発展させる形で、2023年5月には「冬」をテーマにしたHonda除雪機HSS1170nを題材とした「みのり with ホンダ除雪機 HSS1170n」を発表しました。 こうして、春を象徴する耕うん機、冬を表現する除雪機が揃い、「四季を感じられるシリーズ」としての世界観が確立されていきました。
すると自然に、「では、夏の情景は?」と考えるようになったのです。
「次のプラモデルの企画をHondaの担当者の方と検討している際に、Hondaのパワープロダクツで夏と言えば船外機と意外と簡単に意見が一致しました。確か、2023年の静岡ホビーショー(5月)の会場だったと思います。」(高久)
しかし、この時点でHondaの担当者が驚いたのは、船外機を船に装着せず、単体で成立させるという提案でした。
「フィギュアの“みのり”と船外機を組み合わせるなら、船外機をメンテナンスする“みのり”というコンセプトにすれば、より夏をイメージできると考えました。
Hondaの担当者に話した際は驚かれましたが、すぐに理解していただき、『これでいこう』という話になりました」(高久さん)。
こうして船外機のプラモデル化という方向性が決まり、いよいよ情報収集と試作作りへと進んでいきます。
2023年5月の時点で、Honda船外機の最高峰モデルはV型6気筒エンジンを搭載した250馬力のBF250でした。そこで、高久さんは、まずBF250のプラモデル化を進めるため、Hondaに申請書を提出。3Dプリンターで簡易モデルを制作し、協力を得るためにHondaのマリン事業部を訪問しました。
しかし、そこで意外な提案を受けます。「BF250ではなく、新製品のBF350でプラモデル化できませんか?」と、Honda側から逆に打診されたのです。
「内心、めちゃくちゃ嬉しい反面、すごいプレッシャーを感じました」と、高久さんは当時を振り返って笑顔で答えます。実は、Hondaのマリン事業部を訪問する3か月前の9月、イタリア・ジェノバでBF350が発表されたことは知っていました。
そのため、BF250の申請書を用意しながらも、心の中では『BF350の方がやりたい』と思っていたので、提案を受けた瞬間は “よっしゃ” という気持ちでした」(高久さん)。
こうして、2023年12月にBF350のプラモデル化が正式に決定しました。
BF350のプラモデル化が決定し、いよいよ本格的な開発が始まりました。
「最初に製造工程を確認したとき、その構造に驚きました。また、開発者の方に取材した際、V型8気筒エンジンが縦に収納されシリンダーの挟み角が60°になっている理由や、排気管のレイアウト、クルマには必須のラジエターが不要なことなど――驚くことばかりでした」。
今回のBF350の製作に関しては、これまでの耕うん機や除雪機以上に、Hondaの開発者の協力も大きな支えとなったそうです。
「なにしろF90は約60年前に発売されたモデルで、図面やサービスマニュアルなどは残っていませんでした。そのため、プラモデル化するにはHondaのコレクションホールにあった実機をもとに図面を起こすところからのスタートでした。しかし、今回はHondaの開発の方々が大きく協力してくれたことで、より忠実な再現が可能となりました。これは、プラモデルとしての完成度を高める上でも大きなポイントでしたね」(高久さん)。
こだわりは、単にメカニズムの再現だけではありませんでした。
「BF350の造形美やデザインの魅力を忠実に再現することはもちろんですが、プラモデル化することで、普段は見ることのできないエンジンの構造やメカニズムを楽しんでもらうことも大きなポイントでした。」
「一般的に、船外機の内部を見る機会はほとんどありません。でも、このプラモデルを作ることで、V型8気筒エンジンがどのように収められているのか、Hondaのエンジニアたちがどんな工夫をしているのかを、自分の手で組み立てながら理解することができる。まるでHondaのエンジニアになった気分を味わえる。それこそがプラモデル化する意味なんです」(高久さん)。
「僕は、世の中のものがなんでもプラモデルになったらいいのに、って思う性格なんですが(笑)、模型として面白いもの、驚くもの、メカニズムを形作れるものの方がやりがいがあるし、やってみたい。だからBF350はぴったりだったんです」。
BF350のプラモデルは、基本的に本機に忠実にスタイリングやディテールが細部まで精密に設計されています。
実機の【HONDA】のメタルエンブレムも、水転写デカールやカッティングシートを使用するのではなく、敢えてメタルインレットで再現する徹底ぶり。これは、高久さんが「実物のHondaエンジンの凄みや、船外機の美しさを表現したい」と強くこだわった部分でした。
また、「Hondaの開発の方々もプラモデル好きが多く、モデラー視点とエンジニア視点の両方でプラモデル開発に協力いただきました。『ここまで再現できたのか』と驚いてもらえて、すごく嬉しかったですね」。
耕うん機、除雪機、そして船外機――「みのり」シリーズは、意外な製品がプラモデル化されています。しかし、そこにはパワープロダクツの魅力をフィギュアと組み合わせることで生まれる「世界観」が確かに存在しています。
「BF350という製品の再現性やメカの魅力はもちろんですが、それ以前に『形がそもそもカッコいい』ということも伝えたいですね。見ているだけでカッコいい、美しいと思える船外機があるなんて、僕も初めて知りました」(高久さん)。
マックスファクトリーは、日本のフィギュア、玩具などの企画・制作を行っているメーカー。アニメやゲームのキャラクターを20分の1スケールで再現する『プラマックス ミニマムファクトリー』という人気プラモデルシリーズを制作している。