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定年後、無農薬野菜づくりを楽しむ
ほんとうの時代 2004年2月号

ほんとうの時代
2004年2月号
取材・文●編集部 
写真●高橋章夫
ほんとうの時代
人生の円熟期を迎える世代に対し、ゆとりと充実の生き方を提案し、働き盛りの世代の生き方と健康を考え、夢と励ましを送る実年ライフ情報誌。
●月刊誌 18日発行
●定価520円
●(株)PHP研究所
 〒601-8411
 京都市南区西九条
 北ノ内町11番地
 http://www.php.co.jp/

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田村さんと体験農園のみなさん
定年後に土いじりをしたいと考えている熟年世代は多い。
京都市伏見区在住の田村真理子さんは、父から受け継いだ農地で無農薬野菜の栽培を成功させただけでなく、農地を通じて地域の人たちとのふれあいを楽しんでいる。

なす 二つの畑をどうやって管理するか
「父が遺してくれた畑を守り続けることが私の目標です」とさわやかに語ってくれたのは、京都市伏見区在住の田村真理子さん(五十六歳)。田村さんは、四年前に父親が亡くなったことで、二百五十坪、百十坪の二つの畑を相続することになった。
「父は高校教師だったのですが、五十五歳で定年退職してからは、野菜づくりに魅せられ、七十八歳で亡くなるまでに二つの畑を耕していました。農家の家系でもないのに、父の親戚には家庭菜園を趣味にしている人が不思議なほど多く、盆暮れに親戚同士が集まると、必ずと言っていいほどその年の野菜の出来映えが話題の中心でした。また、父は余った作物を近所の人たちに配る際、迷惑にならないように、栗、すもも、柿など日持ちのする果物もつくっていました」
ぱぷりか突然父が亡くなり、畑を相続することになった田村さんは困った。いままで農作業の経験は、ほとんどなかったからである。
一人娘だった田村さんは、結婚後、五十一歳まで幼稚園の先生を務め、二人の娘を育て上げた。実家の父親が定年後、野菜づくりに凝っていたのは知っていたが、せいぜい収穫期に野菜を分けてもらいに行く程度。父親が七十歳で腎臓ガンの手術をした際、子どもたちを連れて手伝いに行ったこともあるが、それも一時的なものだった。さらに、田村さんは、当時、義母の介護を抱えていた。
「農作業経験のない私が、広い畑を一人で管理するなんて不可能です。といって父親が大切に耕してきた畑を手放す気にもなれず、ほんとうに困りました。当時はそんなわが家の事情をどこかで聞きつけた不動産業者が、毎日のようにマンション建設の話を持ってきていましたね」

とうがらし
ボランティアの手を借りて畑を耕す
田村さんはご主人に相談したところ、「せっかくお父さんが長年大切にしてきた畑だから、なんとか残す方向で知恵をしぼったらどうか」とアドバイスされ、農業にくわしい近所の藤井純郎さんとご主人の旧友の横山正樹さんを紹介してもらった。
田村さんから相談を受けた藤井さんは、二つの畑の管理を手伝うことを承諾した。藤井さんはすでに定年して時間にゆとりがあり、多少、農業の経験もあった。さらにほかにも手伝ってくれる人たちが数人集まってくれた。全員ボランティアである。
田村さん「一時は途方にくれていただけにほんとうに助かりました。でも、ボランティアではこちらの気持ちがおさまらないので、収穫物はみなさんで分けていただくことにしました」
そして、やっと二つの畑の管理が軌道に乗った頃、それまで他人に管理を任せていたもう一つの三百坪の畑が戻ることになった。そこで、古くからつき合いのある住宅リフォーム会社の「リファイン桃山」の植道悠二さんに知恵を借り、二十数区画に区切って体験農園として、地元の人に貸し出すことにした。体験農園は募集したとたん、希望者が殺到した。
青菜「相続段階で気づいたのですが、父は私への相続が発生した際、一人娘が広大な畑の管理で困らないように、三つのうち二つは、わざと高い固定資産税を払って農地ではなく宅地扱いにしてくれていたようです。でも、そんな父のやさしさを思うと、余計に残さなくてはいけないという思いにかられました」
さっそく、田村さんは農作業を始めた。ただし、ご主人はまだ現役で働いており、田村さんにも義母の介護があるため、週末を除いて平日のほとんどは、藤井さんたちボランティアの方々に協力してもらった。

新しい機械を積極的に取り入れる

父親の時代は備中鍬一本ですべての畑を耕していたが、田村さんは必要に応じて小型耕うん機などの最新の農機具も取り入れた。
「お手伝いしてくださる皆さん全員、農作業の心得があるとはいえ、プロではありません。ご好意でやっていただけるのは大変ありがたいのですが、無理をして体調を崩されたらそれこそ申し訳ないですし、亡くなった父にも叱られてしまいます。ですから、できるだけ皆さんの体に負担がかからないよう工夫しました。とくに小型耕うん機は、素人の私でも簡単に操作できるので大変重宝しています。また、地元の農機店の人がときどき機械のメンテナンスを兼ねて指導にきてくれるので助かっています」
田村さん 多くの人たちの協力を得たことで田村さんの畑はみるみる様変わりしていった。
「大根、レタス、白菜、ブロッコリー、落花生、じゃがいも、さつまいも、小松菜、ほうれん草、キャベツなど、ありとあらゆる野菜をつくっています。もちろんすべて無農薬栽培です。京都という土地柄、壬生菜(みぶな)や九条ねぎなどの京野菜もあります。畑の一角には、ビオトープをつくり、昨夏はスイレン、ハス、ホテイアオイが咲き、近所の人たちにも楽しんでもらえました。メダカも泳いでいるんですよ。とにかく一年を通して畑に花が咲き、野菜や果実が収穫できるのが理想です」
そら豆や里いもは、前年に実った作物から種をとってそれを植え直す作業を行う。田村さんの話では二代目の種でつくった作物のほうが、種苗販売店で購入したものよりも出来映えがよく美味しいらしい。
採れたて野菜「理由はよくわかりませんが、二代目の種は一代目よりもその土地の気候に合ってくるのでいいみたいです。胡瓜なんて水で洗ってそのまま何もつけずに食べると、とても甘味があって美味しいんですよ」
さらに体験農園を始めたことで、人づきあいの輪も広がっていった。
「一昨年は畑でとれたレモングラス、ローズマリー、葛のツタなどを使ってクリスマスリースをつくったり、稲穂を使った正月飾りをつくる会を開き、体験農園の人たちと楽しみました。自分たちが汗を流してつくった作物で食事会を開くのは、ほんとうに楽しいですね」
そして、昨年十月に義母を看取ったあと、田村さんは本格的に農作業に取り組み出した。また、今年はご主人が定年を迎えるため、今後は夫婦でゆっくりと野菜づくりを楽しむ予定だ。
大根「いま唯一心配なのは、私が亡くなったあとの畑の管理です。私も主人も何歳まで畑に出られるかわかりません。娘が二人いますが、それぞれの家庭の事情もあるでしょうから、無理に継がせるというわけにもいきません。でも、亡くなった父の思いを考えるとなんとか続けてほしいという気持ちはあります」
全国の山間地では後継者難で農業をあきらめる農家が増えているなか、田村さんのように、地域の人たちの生きがいづくりを巻きこんだかたちでの新しい農地の管理に学ぶべき点は多いのではないだろうか。
田村さんと体験農園のみなさん
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