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選手インタビュー

アスリートの
Real Voice”

【ホンダアスリートクラブ】

Hondaが特例子会社「ホンダ太陽」「ホンダR&D太陽」とともに取り組む「ホンダアスリートチーム」。所属する荒力選手(ホンダ太陽)と河室隆一選手(ホンダ太陽)、佐矢野利明選手(ホンダR&D太陽)は、夢と情熱を胸に、充実した日々を駆け抜けています。

荒 力
Ara Chikara

「ホンダ太陽株式会社」製造部第2製造課所属。車の部品製造を担当。気持ちを高めるスイッチは「ビール」。
勝負メシは「麺類」。

Real Voice

佐矢野 利明
Sayano Toshiaki

「ホンダR&D太陽株式会社」事業部設計・開発課所属。CAD業務を担当。気持ちを高めるスイッチは「好きな音楽を聴くこと」。
勝負メシは「ウィーダーインゼリー」。

Real Voice

河室 隆一
Kawamuro Ryuichi

「ホンダ太陽株式会社」製造部第2製造課所属。障害者職業生活相談員。車の部品の組み立て作業を担当。気持ちを高めるスイッチは「レースの動画を見ること」。
勝負メシは「焼肉」。

Real Voice

「スポーツは楽しい」 純粋な想いが原動力
〜トライアスロン・荒力選手〜

ホンダアスリートクラブが創設されたのは1999年。その以前から、荒選手は「ホンダ太陽」で働きながら、水泳(平泳ぎ)に取り組んできた。2000年のシドニーパラリンピック、2004年のアテネパラリンピックに日本代表として出場。2016年からはトライアスロンに挑戦中。右腕に障がいのある荒選手がスポーツを始めたキッカケを聞くと、答えは驚くほどシンプル。「泳いだら楽しかったから」と笑う。
「私が『ホンダ太陽』へ入社したのは22年前。当時は仕事が終わる夜7時頃から練習を始めていたので、時間は短く、バタバタとした練習になっていました。しかし、会社は私たちアスリートの要望に細かく応えてくれて、さらにホンダアスリートクラブができてからは、昼まで仕事をして午後から練習するという好環境を整えてくれました。本当に感謝しています」。

「ホンダアスリートクラブに入りたい」
努力して夢の舞台に立った
〜陸上短距離・佐矢野利明選手〜

荒選手の存在に刺激を受けているのが、ホンダアスリートクラブ最年少で、競技用車いす「レーサー」を使った陸上短距離走のアスリート・佐矢野選手。「パラリンピック出場は、私の大きな夢。パラリンピックを経験された荒選手の考え方や取り組み方に触れられることは、私にとって大きなプラスになっています」と力強く話す。
生まれつき足に障がいがあり、運動への苦手意識を持っていた佐矢野選手。ところが、学生時代に理学療法士からリハビリの一環として陸上を薦められると、その楽しさに魅了され、没頭。リハビリセンターで出会ったホンダアスリートクラブ代表・渡辺習輔選手(ホンダ太陽)に連れられ、さまざまな車いす陸上競技大会へ参加するまでに。
「渡辺選手に出会って、将来は競技と仕事を両立したいと思うようになりました。まずは『ホンダ太陽』『ホンダR&D太陽』への入社を目指し、養護学校を卒業後は職業訓練学校へ進んで製図のスキルを習得。『ホンダR&D太陽』入社後は1年間仕事に集中し、2年目から陸上の練習にも力を入れ始め、3年後に念願だったホンダアスリートクラブへ入部することができました」。

「マラソンを続けたい」 迷いなくアスリートの道へ
〜車いすマラソン・河室隆一選手〜

河室選手は車いすマラソンのアスリート。持ち味はパワーとスタミナ、そしてとことん前向きな考え方。チームのムードメーカー的な存在でもある。
河室選手はゼネコンに勤めていた7年前に建築現場で事故に遭い、車いす生活に。しかし、ここからの気持ちの切り替えが、彼のすごいところ。
「以前からマラソンが趣味で、大分出身だったので地元で『大分国際車いすマラソン』が開催されていることも知っていました。“だったら、出るしかないよね!”と思って、すぐに出場を決めました。引きこもるより、外に出るタイプなので」。
とはいえ、最初は車いすをこぐのにも苦労し、競技用車いす「レーサー」になると、なおさら難しかったと河室選手は振り返る。
「でも、健常だった頃から“マラソンは練習しただけタイムが伸びる”ことを経験していたので、諦めることなく練習しました。大きな転機は、2年前のホンダアスリートクラブへの入部。それから徐々に練習する時間が増えたことでタイムが向上してきました」。

障がい者スポーツを通して得たもの

「自分の殻を破れた」。
体を動かすことに対して苦手意識があり、積極的になれなかった自分を、スポーツが変えてくれたと話す佐矢野選手。その一生懸命に陸上へ取り組む姿を、河室選手は「くそがつくほど(笑)真面目」と親しみを込めて表する。
一方で、河室選手に対して「こんなに自分を追い込めるアスリートは、あまりいない」と敬意を表する佐矢野選手。「だから、自分を追い込んで練習したい時は、河室さんと合同練習を行うんです」。
河室選手は、自身を追い込む理由について「走るのが好き、みんなと競い合うのが好き、練習で自分を追い込んで吐いたりするのも好き(笑)。とにかく車いすマラソンの全部が好きなんです」と話す。さらに「私がスポーツを通して得たのは“生きがい”。走っている時の自分が、いちばん輝いていると思いますから」と言葉を続ける。
荒選手は、どこまでも自然体だ。「スポーツは生活の一部になっているので、スポーツを始めたことで何かが大きく変わったという印象はありません。ただ、現在の素晴らしい環境は、間違いなくスポーツがキッカケになって生まれています。毎日が楽しく、打ち込めるものがある。切磋琢磨できるチームメートがいる。その状況を周りの人や会社に応援してもらっている。本当に幸せです」と微笑む。

3人が描く、アスリートとしての夢、社会人としての夢

河室選手のアスリートとしての目標は、自身の成長によって周りに良い影響を与えていくことだ。
「アスリートとしては、とにかく自分が速くなることが目標です。タイムが伸びれば、もっと応援してもらえて、自分のモチベーションもさらに上がる。すると、周りもさらに応援してくれるはず。そういう良い循環が生まれれば、環境は変わり、さらにたくさんの人たちに障がい者スポーツを知ってもらえるはずです」。
さらに社会人としては、障がい者スポーツの発信活動にもっと力を入れていきたいと話す。
「『ホンダ太陽』『ホンダR&D太陽』では、小学校を訪問して、車椅子体験やバスケットボールなどを子どもたちと一緒に行う活動を年に数回行っています。今後はその機会を増やすとともに、活動自体をもっと発信していきたいですね」。
佐矢野選手の最大の目標は、2020年東京パラリンピック出場。「自分の集大成にしたい」と語気を強める。そのうえで、次世代の育成にも貢献していきたいと話す。
「車いすマラソンや陸上は、とてもお金がかかります。現役の選手たちは、以前に使っていた競技用車いす『レーサー』を後輩へ譲るなど、できるだけ多くの人が取り組めるように努めていますが、それだけでは足りません。環境を整えていくために、私もできることをやっていきたいと思っています。また、養護学校に通う人たちをはじめ、障がいのある人たちに競技のことを知ってもらう機会も増やしていきたいですね」。
荒選手も2020年東京パラリンピックを見据えている。
「パラリンピックに出場できたことは、とても幸せなことでしたが、やっぱりメダルを獲得しないと意味がない。東京パラリンピックでは、メダル獲得を目指します」。
一方で、アスリートとしてベテランの域に達してきた荒選手は、未来を担うアスリートがホンダアスリートクラブから輩出されることにも期待している。
「佐矢野選手のような若い人が障がい者スポーツに取り組んでいることは、長く競技に取り組んできた私としても嬉しいですね。私たちが活躍することでホンダアスリートクラブを広く発信し、多くの人に興味を持ってもらいたい。そうすれば、障がい者スポーツに取り組む人たちは、きっと増えていくはずです」。