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Beach Cleaner  開発秘話Beach Cleaner  開発秘話 Hondaビーチクリーナーに込められた技術者たちの熱いストーリーHondaビーチクリーナーに込められた技術者たちの熱いストーリー

汚れた砂浜をきれいにしたい
―Hondaビーチクリーナー開発のきっかけ―

「Hondaビーチクリーン」開発の原点は1999年にある。
当時、Hondaの技術者は、日本におけるATV(all-terrain vehicle:全地形対応車) の市場性を探るため各地を転々としていた。ATVが得意とするフィールドは、牧場や山間地、砂漠、砂浜など。
そして、ある浜辺で技術者たちは衝撃的な光景を目の当たりにする。

―なんでこんなに汚れているんだ。

そこにはゴミが散乱する砂浜があった。
ペットボトルや発泡スチロールなど漂着する人工物、弁当の容器、釣り糸、釣り針、タバコの吸い殻、花火の燃えカス、ガラス片など、大きなゴミから小さなゴミまで所狭しと散乱している。

海に囲まれた日本にとって、砂浜は自然がくれた貴重な財産だ。その砂浜がこれほどまでに汚れていることに、言葉を失った。
そんな技術者にある想いが湧き上がってきた。

―これは問題だ。Hondaの技術者として何かできないだろうか。

“「人」と「技術」で世の中に役立つモノをつくりたい”
これは、Hondaで働く世界中の仲間たちが、常に心の底に持っている“想い”だ。

Hondaには砂地での走行を得意とするATVがある。モノをつくりだす技術力もある。これらで、きれいな砂浜を取り戻すための画期的なアイテムを生みだせるのではないか。
だがATVを使った砂浜の清掃は、今まで誰もやったことがないチャレンジでもある。

ターゲットは、小さな小さなゴミ

悲惨な砂浜の現状を知り、ビーチクリーナー開発計画に名乗りをあげたのが、「Hondaビーチクリーナー」の3代目開発リーダーを務めていた本田技術研究所・主任研究員の木村嘉洋だ。

「砂浜がきれいになれば、ゴミを捨てようとは思わなくなる。ビーチクリーン活動は有意義に違いない……」
木村たち技術者は、通常業務の合間に時間をつくり議論をし合った。ときには昼食の時間にカレーライスをかきこみながら……。

「ATVを牽引役にして、それ以外の動力は使わずに機材を引っ張ろう」
「大きいゴミは重機を使えばいいし、ペットボトルサイズのゴミも、人の手で回収できる。でも小さなゴミは、広い砂浜で見つけて拾うのは大変だ。こういうゴミこそ機械で取るべき」
「じゃあ、“小さなゴミ”をメインターゲットにしよう」
目指すコンセプトは、徐々に固まっていった。
しかし設計部門には、アイディアを現物にする、試作の設備も要員もいない。

「それなら、やってくれそうなのが試作部門にいるじゃないか」
“巻き込まれた”のは、本田技術研究所・主任技術員の橋本泰次だった。

まさか、1mも動かないなんて……

ある日、開発部門の数名が試作部門の橋本を訪ねた。
「ATVで牽引して砂浜のゴミを取りたいから、なんかつくってよ」
「ゴミって言ってもいろいろあるよね。一体どんなモノを取りたいの?」
「コーヒーに付いてくる、ミルクの容器が回収できればいいから」

――えっ? 砂浜にミルクの容器!?
これが試作機に関する開発部と橋本の最初の打ち合わせの内容だった。

やや疑問を感じながらも依頼を受けた橋本は、まずはゴミを手に入れることにした。
これから環境にやさしいことをするのに、使いもしないミルクをムダにするわけにもいかない。そこで向かった先は会社の社員食堂のゴミ箱だ。
周囲からの容赦ない好奇の視線を浴びながら、ゴソゴソとゴミ箱をあさりミルク容器を回収すると、それを嬉しそうに試作室に持ち帰った。

この“怪しげな”行動が、後に“敏腕ビーチクリーナー製作者”となる橋本のビーチクリーナー開発に関する最初の実作業となった。メンバーが橋本に取りたいゴミのターゲットを「ミルクの容器」と伝えたのは、つまり同じような大きさの「小さなゴミ」を取りたいという意味だったのである。

そしてプロジェクト発足から間もない、2000年に入ってすぐ。橋本は枠部にピアノ線を籠状に張り、砂浜の表面をすくうように牽引していく試作機のミニチュア版を完成させた。

「よし、これなら十分行ける!」
畑での実験で手ごたえを感じた橋本は、実際のサイズへ拡大した初期モデルを製作。

開発スタッフは、それを持って意気揚々と砂浜へと向かった。しかし、実際にATVで牽引してみると砂に潜って動かなくなってしまった。砂の抵抗力もあり、1mも動かすことができない。開発スタッフは現場に行かないとわからないことがあると痛感する。

技術者の前に立ちはだかる壁、解決のカギは意外なところに

「進めている開発が、何らかの理由でダメになったときに備え、常に別の案を考えておく」というのは、今も昔もHondaの技術者たちに浸透している開発姿勢だ。

開発チームが取り入れたのは、牧場などで使われる熊手のオバケのような“レーキ”という農具だった。

初期モデルとはがらりとカタチを変えたレーキ型クリーナー1号機は、金属製パイプで組んだイカダの下にゴミを絡め取るためのピンを多数配置している。これをATVで引き回すと、砂の上に散乱した空き缶やペットボトルなどの大きめのゴミや、砂に埋まったロープやビニール袋などがピンに引っかかり、効率良く回収することができたのだった。

さらに、これに加えて集めたゴミを回収する「ターミナル」も開発された。

絡め取ったゴミは数人がかり持ち上げて回収をしていたが、当時のレーキは40kg以上。レーキを持ち上げるためにブリッジ状のレールを置くことで作業者の身体的負担を軽減できると考えたのだ。このターミナルはのちに「ゴミ回収ステーション」へと発展することになる。

このようにして現在のサンドレーキの原型とも言えるクリーナー1号機が完成したのだった。

生物へ配慮した新たな機能

ところがこの“成功”が、新たな課題を生むことになった。
「ひょっとして、作業前よりも砂の上のゴミが増えている……?」
レーキをかけると砂の下に埋もれていたゴミが表面に現れるため、かける前よりゴミが増えて見えたのだ。

橋本はしゃがみ込み、しげしげと砂浜を観察した。

「何度も繰り返しレーキをかければ、小さなゴミもある程度は取れる。しかし、それでは効率が悪い。どうやってこの小さなゴミを集めるか、それが課題でした」と橋本。
開発メンバーはさまざまな案を試したが、すべて失敗……。

ある日のレーキがけ作業中、もともとフラストレーションを溜めていることも手伝って、ATVの速度を上げて走らせる輩が出てきた。
「Hondaの人間は根が走り屋ですから、ゆっくり走っていると飽きてくる。で、ついついATVのスピードを上げてしまうんです。そのとき、レーキのピンから砂が勢いよく飛んでいることに気がつきました」と木村は語る。

―砂が上に飛ぶなら、一緒にゴミも飛ばされているはず。砂とゴミが落ちてくる場所に網を置けば、砂だけ下に落ちてゴミは網の上に残るんじゃないか。

開発チームは、さっそくレーキの上に網を敷いてみた。

「乾いた砂であればどんどん飛ぶし、小さなゴミもきれいに取れました。大きなゴミはレーキ(熊手)で取って、小さなゴミはスクリーン(網)でふるい取るという、一つのシステムとして成立すると思いました」と木村。

こうして、レーキの他に“砂とゴミを一緒に飛ばして網でフルイにかける”「スクリーン方式」のクリーナーも開発された。

また、「レーキ」は砂の中を掻くピンの長さを改良した。

15cmでは抵抗が大きくなり、補強を入れてもピンが曲がってしまう。また同時に、生態系など環境への影響を考慮する必要がある。だからといって、5cmでは短すぎて、砂の中からゴミをしっかりと回収できない。

そうした中、砂浜の生物について調べたところ、その多くが地表から10cmより深い場所にいることがわかった。ウミガメの卵なども50cm前後の深さにあり、ピンが到達する心配はない。その事実を踏まえ、たび重なるテストを繰り返した結果、最終的にピンの長さを10cmと決めた。

どんな砂にも対応できるクリーナーを目指せ

ビーチクリーナーの開発が軌道に乗りはじめると、チームは大きなトラックに全国各地の砂浜へテストに出かけるようになる。
現場で試し、現場で考える。日々実践だった。
問題点を洗い出し、メンバーはああでもないこうでもないと議論しながら、ビーチクリーナーを少しずつ進化させていったのである。

ただ2001年初旬の段階では、細かい課題はまだまだ山積みであった。中でも開発チームを悩ませたのは、浜ごとに違う砂質がビーチクリーナーに与える影響だった。
ひと口に砂浜と言っても、砂の粒子が細かいサラサラの砂浜や、土のように固い砂浜、小石が多く混ざった砂浜など、千差万別だ。

「日本全国の砂浜で使ってもらうのなら、どんな砂質にも対応できるモノにする必要があるな」
開発チームは“どんな性質の砂でも力を発揮できるクリーナー”を実現すべく、南は沖縄、北は北海道まで、全国を回って改良を続けていった。

更に良いものをと改良に改良を重ねた結果、開発開始から約1年半が過ぎた2001年中旬。ついに、「レーキ」「スクリーン」、「ターミナル(ゴミ回収ステーション)」からなる、ビーチクリーナーの基本仕様が完成した。これに、ATVとクリーナーを積んで運ぶトレーラーとを合わせて、「ビーチクリーンセット」となった。

進化するHondaビーチクリーナー

「雨でも使えるように!」進化するHondaビーチクリーナー

2003年後半、ビーチクリーン活動に転機が訪れる。
これまで自主的に続けてきたビーチクリーナー開発と砂浜の清掃活動が、会社の正式な取り組みとして認められたのだ。2006年には「Hondaビーチクリーン活動」という名称で社会活動の一つとしてスタートし、その性能を広く発揮していくことになった。

だが開発は「Hondaの社会活動」へと発展したことで、新たな課題が出てきた。
現場からたびたび、雨天でも使える機材を望む声が上がってきたのだ。
「サンドスクリーン」は砂が濡れていると網目が詰まりやすく、フルイの効果を十分に発揮することができない弱点があった。これまでは雨が降ったら使わなければ良かったが、地域の人々が関わるようになった今それでは済まなくなってきた。せっかく集まってもらった皆さまを前に、少々の雨で中止するわけにはいかない。

課題解決へと動き出すきっかけは、何気ない会話の中から見つかった。

「そんなもんは、こうやって網をバタバタすれば砂が落ちるじゃないか」

あるとき、湿った砂を相手に苦戦している開発チームの姿を見たビーチクリーン活動のボランティアのひとりが、さも簡単じゃないかという顔をしながら「サンドスクリーン」の網部分を持ち、上げたり下げたりしてみせた。

その光景を見た開発者たちは、さっそくATV以外の動力を使わずに網をバタバタと振動させる方法について議論を始めた。

「それなら、カムを使ってみたらどうだろう」
「スクリーン後方にタイヤを装着し、車軸に取りつけよう。タイヤの回転をカムに伝えて、バタバタとスクリーンを振動させればいい」

カムとは、回転運動を往復運動に変えるメカニズムの総称だ。

さまざまな検証の結果、4枚のカムを使い湿った砂でも作業ができる「振動式スクリーン」、通称「バタバタ」が2009年に誕生。

地域の人々が楽しみながら取り扱える新たな機材誕生

2009年にはミキサー車をヒントにしたドラム型のトレーラーと「一体」となった装置「回転式スクリーン」を開発した。

これは、ターミナル周りにこぼれたゴミの回収や、波打ち際の濡れたゴミの除去を目的に作られ、清掃の負荷を軽減することに成功。ぐるぐると回るその姿から通称「ぐるぐる」と呼ばれる。

この「ぐるぐる」の導入によって、地域の人々はドラムに砂混じりのゴミを投入したり、人力で牽引したり、手でドラムを回すなどの作業に参加できるため、機材に触れ、楽しみながら清掃活動ができるようになった。

またシニア層をメインターゲットとした運転免許のいらない四輪車「モンパル」でビーチクリーン活動を行う「ビーチモンパル」も開発された。

ATVの代わりに「モンパル」を使うと、講習を受けていない方や免許のない方でも、気軽にHondaのビーチクリーナーを扱うことができる。

この機材の誕生には、「より多くの人たちに、Hondaのビーチクリーナーに直接触れていただき、楽しみながらビーチクリーン活動を体験してほしい」という、技術者たちの願いが込められている。

夢はビーチクリーナーのいらない世界

素足で歩ける砂浜を目指して

ビーチクリーナーの開発は挑戦の連続であった。

改良を重ね続け、現在のビーチクリーナーは全国300箇所以上の砂浜の清掃活動を支えている。

しかしそうなった今でも尚、わたしたちHondaにとって変わらないビーチクリーンへの想いがある。

それは「ビーチクリーン活動をすべて機械任せにすべきではない。」ということ。

機械はあくまでサポート役。参加者一人ひとりが自分の手でゴミを拾うことがなにより大切であり、
そうすることで「砂浜をきれいに使おう」という気持ちが育まれる。

“人”の力をHondaの“技術”が助けるこの活動は、今後も進化を続けていく。
いつの日か、すべての人に“環境を美しく保とう”という心が根づき、
素足で歩ける砂浜が当たり前になることを願って――。