第15戦 イタリアGP レビュー  9月18日(火) レポート:柴田久仁夫





 イタリアGP直前に起きた、アメリカの同時多発テロ。その影が、そこかしこに感じられるグランプリでした。
 関係者がパドックに顔を揃えた木曜日には、「米フォードが親会社であるジャガーは、ここから不参加になるのでは?」とか、あるいは決勝日の朝には、「HondaとブリヂストンがアメリカGPは欠席する」などといった噂が一人歩きしていました。もちろんこれらは根拠のない誤報だったのですが、そんなデマが流れるような雰囲気だったわけです。
 その木曜日、チームオーナーが緊急ミーティングを開いて、「今後3戦の予定通りの続行」を確認しました。しかしドライバーの中には、特にアメリカGP開催に異議を唱えるものもいた。シューマッハ兄弟がそうでした。特に兄ミハエルは、少年時代からの憧れの国が、アメリカでした。そのアメリカがテロ攻撃を受けたことに、大きなショックを受けていたようです。この週末、シューマッハのコース上の走りはまったく精彩がなかった。そしてパドックや会見の席でも、沈うつな表情をしていました。

 そんなシューマッハの憂鬱に追い打ちをかけるような事件が、週末にふたつ起きました。まずミカ・ハッキネンの「1年間休止」発表。マクラーレンは代わりにザウバーのキミ・ライコネンを大抜擢しました。チームもハッキネンも「必ず戻ってくる」と言ってはいますが、このまま引退してしまう可能性が大きいのではないでしょうか。シューマッハにとっては、ほとんど唯一とも言えた好敵手が、姿を消してしまうわけです。モンツァのハッキネンは、どこか安心してしまったような、シューマッハの次に元気の感じられない走りでした。
 そしてもうひとつは、アレックス・ザナルディの大事故です。同じ週末に、ドイツで開催されていたカート選手権レース中での悲劇でした。幸い一命は取りとめるようですが、両足は切断。出血多量だったこともあって、今も重体が続いています。
 この事故には、もちろんシューマッハのみならず、ドライバーや関係者全員が大きなショックを受けました中でもアレックスと非常に仲のいいフレンツェンは、日曜日には本当に憔悴した表情でした。

 そうした状況下、日曜日のドライバーズミーティングでシューマッハは、「イタリアGPの中止を申し入れよう」と仲間に呼びかけます。何人かのドライバーは賛同したようですが、結局受け入れられませんでした。すると今度は、「せめてスタート直後の1、2コーナーは追い越し禁止にしよう」と提案しました。昨年のイタリアGPでのマーシャル死亡事故、そして今回のザナルディの事故などを念頭にした発言でした。これはほぼ全員の同意を得られたのですが、チームオーナーが納得せず、結局通常通りのレースとなりました。
 シューマッハはレース直前のグリッドで一人一人のドライバーたちに、「残念だがレースはふつう通り行なわれる。でもくれぐれも気をつけて走ろう」と声をかけていました。ドライバーたちの先頭に立って安全に腐心する彼の姿は、どこか94年のセナを思い出させました。

 レースは幸い、さしたる事故もなく終了しました。ホアン・パブロ・モントーヤがF1史上初めてコロンビア人の勝者となり、Honda勢ではジャック・ビルヌーブが6位入賞を果たしました。2位に入ったルーベンス・バリチェロは、文句なく今年最高の走りを見せてくれました。もし給油トラブルがなかったら、優勝はほぼ間違いなかったでしょう。

 イタリアGPは見ごたえのある展開を見せてくれつつ、無事に終わりました。しかし週明け現在、アメリカGPが予定通り開催されるかどうかは不確定です。チームやFIA(国際自動車連盟)、そしてインディアナポリスは開催を決めていますが、膨大な資材の輸送や通関の問題があります。あるいはテロ事件が局地紛争に発展した場合で、はたして予定通りGPが行なわれるのかどうか。21世紀最初のF1は、国際情勢に翻弄されることになってしまいました。