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はじめに

はじめに写真1
朝霞研究所開設とともに鈴鹿から転勤してきた山中勲。子供のころからバイクが好きで、高校時代は常に「ホンダでバイク開発をしたい」と考えていた。 鈴鹿時代にも小型バイクの開発参加したことがあった山中だったが、朝霞転勤とともに念願の大型バイク開発に携わるようになる。 湧き出るアイデアは数知れず、柔軟な発想と大胆なやり方で、ホンダの耐久レース参戦のブランクを一瞬で埋めたRCBをはじめとした並列4気筒マシンや、それまでになかったV4エンジンのVFやVFRを生んだ。

はじめに写真2
RC30のような『レースに勝つための市販車』や、すべてのバイクの頂点に立つ金字塔のようなNRも、山中以外に完成させられる人間はいなかったといわれている。 長かった研究所生活にピリオドを打ち、現在は製作所で働く山中にしか書けない、ホンダのフラッグシップモデル開発ストーリーを紹介いたします。




あいさつ

あいさつ写真
“バイクへの興味”というと多くの人はバイクに乗る楽しみを指すと思うが、私は「あんなバイクを造ってみたい」という興味が湧いてきたのだから、ちょっと普通とは変わっていたのかもしれない。 もちろん自転車しかない時代に知ったバイクのスピード感や、遠くの土地までもいとも簡単に行ってしまえる乗り物には大きな衝撃を受けた。だが他の人が“よりスピードの出るバイク”を買っている間に、私は「あんなバイクを造る会社に入りたいなあ」と考え、本田技研に入社する。

だがすぐに開発ができたわけではない。入社から10年。ようやく夢がかなって技術研究所で開発に携わるチャンスが巡ってきた。 「無から有を生む」という言葉があるが、設計はなにも決まっていないところに1本の線を引くところから始まる。 1台のバイクが完成してゆく過程はとても楽しく、そしてより魅力的なバイクを…、より高性能なバイクを…、より軽いバイクを…、新しい革新的なバイクを…という未知への挑戦に終わりはない。 ひとりの担当範囲が広いバイクの開発では、自分の力量がダイレクトに製品の出来栄えに反映されるのがおもしろくもあるが、責任も大きい。

ここに書いたことは、普通のバイク好きな男が自分の夢に少しだけ執念深くこだわって、今日まで突っ走ってきた記録である。開発者が「なにを考え」「どんなことに悩む」など、これまでに紹介される事のなかった内面を知ることで、自分のバイクやそれをつくった想いを知っていただけたらうれしく思います。
山中勲
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