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第5話第5話-2
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ラスベガスに向かう途中。あまりにも広大な砂漠には驚くばかりだ
'80年頃は2位メーカーの新車が次々とヒットし、1位のホンダと2位メーカーのシェアが拮抗。社内は異様な緊迫感に包まれていた。そんな時、2位メーカーのトップが「ナンバー1になる見通しがついた。トップメーカーになるつもりだ」と宣言。これに対してホンダも『世界一は絶対に死守』と受けて立ったわけだ。

このとき研究所の組織なども大幅に変更され、開発システムもシンプル化。効率よくニューモデルを生み出すために全員攻撃の臨戦体制が敷かれ、スクーターから大型モデルまで、全領域ですさまじい勢いの開発がはじまったのである。これをホンダ社内では『GOGO作戦』と名づけたが、社外では『HY戦争』と呼ばれていた。

そのGOGO作戦における大型車の第1弾がVF750である。アメリカでの新エンジン検討は、まだ開発チームが発足する前の出来事であり、まさにホンダのバイク開発史における大きな変換期の最初の1ページというわけだ。

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