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第11話第11話-5
真夏の'96年7月末、南フランスのポールリカール・サーキットで、ついに完成したCBR1100XXの発表試乗会を実施した。ほとんどのバイクの試乗会は秋から冬にかけて開かれるが、我々は真夏を選んだ。…というよりもエンジンの再設計にともなって開発が遅れてしまい、6月に量産開始、試乗会は真夏の7月にせざるをえなかったのである。

各国からのジャーナリストたちはホテルに着くなり我々にさまざまな質問を浴びせかけ、明日初めて乗る最高性能バイク・XXへの期待で興奮しているように感じられた。また我々もバイクの出来に自信を持っていたのでコートダジュールの夕日を見ながらの談笑では「期待を裏切らない」という確信があった。

ポールリカールには1.8kmの直線コースがあり、XXの性能を試すにはうってつけ。世界中から集まった腕自慢のジャーナリスト全員が最高速に挑戦し、事前の噂が本当であるか試していたし、スピードレコーダーを持ち込んでメーター読みでない真の速度を測定する人たちもいた。そして試乗後は異口同音に最高速を含む性能の高さを評価してくれ、専門誌での扱いは例外なく大きく、さらにXX特集号なども発行されるほどだった。

バイクは春先にいちばん売れる季節商品なので、通常であれば秋から冬にかけて量産が開始され、同じ時期に各社の試乗会が開かれる。過去を振り返ってみても夏に発表したのはこのCBR1100XXだけだったが、試乗会ラッシュの時期からずれたことで、結果的に各誌の力も入ったともいえよう。また雑誌の発売と時を同じくして各地でモーターショーが開かれ、記事を読んだ読者がすぐに実車を見ることができたこともあいまって、発売開始より爆発的に売れてくれた。


XXの開発は初期に若干のつまずきがあるなど順調とはいえなかったが、そのリカバリーとしてこれまでの開発経験を生かしてあらゆる方面に心配りしながらのバイク造りができた。XXはいうまでもなく世界を代表するホンダのフラッグシップであり、同時に「山中勲の集大成」とも呼べる1台ともいえよう。まさに20年の開発経験のすべてをつぎこんだバイクであるし、逆にここまでさまざまなことに配慮しながら多くの人に支持されるようなバイクを開発するには、20年程度の経験が必要なのかもしれない。
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横浜での発表会。中央に立つ私(山中)の向かって右に責任者代行の萩原、ひとり置いて少し離れて立つのがデザインの岸。私の左に足まわりの豊田、ひとりおいてエンジンの加藤…。チーム全員がすべての力をつぎこんだからこそ完成したのがXXなのである
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ポールリカールでの試乗会に用意されたたくさんのCBR1100XX。試乗会はのべ5日間にわたって行われた
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ピットからよゆうで試乗会をながめる。キャップやTシャツはXXオリジナルのものだ

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