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1988-1991 NOTE
解説文章
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第10話第10話-1
1977年12月、ホンダは「世界グランプリレースに復帰する」と宣言し、そのレーサー開発プロジェクトが動き出した。開発当初から、「エンジンはなにやらすごい4ストらしい」「どうやらピストンは円ではないようだ」などという噂が聞こえてきたが、そのレーサーがNRである。


他社のレーサーが2ストロークなのに対し、ホンダは勝利への道のりが遠くなることがわかっていながら4ストロークでの挑戦を決めた。それは“未知なるもの”や“最高のもの”を求め、他社と同じ道は歩まないというホンダの心意気があらわれたものであり、私はこの姿勢に拍手してよろこんだものだった。

しかし不利とわかっている4ストロークで勝つにはどんなことをするんだろう? すると、なんとピストンは楕円形状、その中に8本のバルブと2本のプラグが収まるというではないか。

開発時、4ストで2スト以上の馬力を出すように吸気効率を上げるには8本のバルブが必要と計算されたが、どう考えても円形シリンダーにバルブ8本は収まらない。技術者は悩んだ末に、なんとシリンダーを楕円形状にしてしまった。信号機のシグナルが収まるところが長円形状なのを見た時に「シリンダーは円形でなくてもいいんだ」と閃いたというのだから、その発想のユニークさと柔軟な思考には恐れ入る。エンジンには120年ほどの歴史があるが、往復ピストンエンジンで円形ではなく非円形ピストンが実用化されたのは世界で初めてのことだった。

そして多くの人が、開発中のNRに惹きつけられた。レース出場前から多くのバイク誌が「どんな走りやサウンドなんだろう?」「ホンダなら2ストロークに勝てるかも知れない」など、この技術を取り上げ、誌面は驚きと興味であふれていた。


もちろん私もこの未知なる技術を作り上げる「NR(ニューレーシング)プロジェクトに参加したい」と手を挙げた。過去に世界耐久レーサー・RCBの開発に参加し、17戦16勝の戦績を残していたのでレーサー開発に自信もあった。しかし「このプロジェクトは全員レース開発未経験者で構成する」と断られて「残念だけどしょうがない」と思っていたら、最初のNRプロジェクトが発足してから12年後の'90年に市販車NRの開発責任者(LPL)に任命されてしまった。願いが叶ったというよりもなんで今頃? という思いが強かった。

世の中にまだ存在しないものを考えたり創り出すことには魅力があるが、他の人たちが10年以上も研究してきたものを市販化のためにアレンジするのはそんなにおもしろいとは思えない。とはいえホンダ社外の人がNRに寄せる期待の大きさは12年前のままだし、多くの人が神秘のエンジンの市販を待っていた。こんな状況で世界初の非円形ピストンを持つ市販車開発は開始された。
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上は最初期に描かれたイメージスケッチ。下はコンセプトを引き継ぎながらほぼ完成の域まで来たファイナルスケッチ。ほとんど完成形ながら、ヘッドライトがプロジェクターのみだったり、採用されなかったサイドウイングが確認できるところがおもしろい
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量産の実現に不可欠だったのが、この正規楕円包絡線形状のオーバルピストン。レーサーNRの長円ピストンとは一見似ているが、実際はまったく違うのである

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