佐野龍也氏が新たに設計した30フィート・カスタムシリーズ。
ステムからトランサムに向かって広がる滑らかな船底曲線には、
佐野造船所の走りの血統が埋め込まれていた。
BF350用の燃料タンクは600リッターに。
船型に受け継がれる走りのDNA
2023年11月末、Hondaウエルカムプラザ青山でBF350が展示された。
Honda船外機初となるV型8気筒350馬力の大型エンジンを搭載するフラッグシップ船外機だ。
舟艇の大型化は特に欧米で顕著だが、それに合わせてより高馬力の船外機を求める声が多く、BF350はそのニーズに合わせて開発された。
展示初日、佐野造船所の佐野龍也氏の姿があった。
搭載を決めたBF350を前に、自身が設計した30フィート・カスタムシリーズの1号艇となるウォークアラウンド艇(以下30WA)の、完成後のフォルムをイメージしている様子だった。
龍也氏の新設計となる30WAは、全長9.1mに対し最大幅は2.8mとやや細身。
特徴的なのは寝かせ気味のステムと大きめのフレア、そして鋭いフィンキールと幅広チャインだ。特にボトムは造波抵抗に気を使う佐野造船所の船らしく、無駄な抵抗物は排除している。
8代目故・佐野一郎氏に続き、江東区の無形文化財に認定された9代目の佐野龍太郎会長が50余年の建造人生の中で確立された船型は、高い剛性度と、ずば抜けた走行性能を誇る。それこそが佐野造船所の「走りの血統」で、30WAの船型にもそのDNAが確実に受け継がれている。
2022年に龍太郎会長が進水させた30FB Offshore Fishing Cruiserのように、30WAもまた波のあるオフショアを走り切るポテンシャルを予見させる。
燃料タンクは600リッターに
船体基礎が完成した後、燃料タンクがアフトデッキ下に納められた。何リッターのタンクを積むのか気になっていたのだが、今回は600リッターと教えられた。
釣行を含めたデイ・クルージング主体の乗り方をするということを龍也氏がヒアリングし容量が決まった。
参考までにBF250Dを二基掛けし、東京湾でのファミリークルーズに使われるSANO31 RUNABOUT ”RIGBY”の燃料タンクは650リッターで、沖釣り中心のSANO30FB Offshore Fishing CruiserもBF250を二基掛けして、760リッターの燃料タンクを積んでいる。
BF350一基掛けに対して600リッターのタンク容量というのは、30フィート・カスタムシリーズの基準値になるだろう。
曲線で構成するデッキとキャビン
デッキアレンジに関しては「曲線を活かして欲しい」というオーナーさんの意向を反映したデザインとなった。ご自身の考えは粘土によるスケールモデルの作製や、図を書くことなどで龍也氏に具体的に説明された。
その結果、デッキフロアからバウへの立ち上がりとモーターウエルと接するデッキ後端が曲面仕上げとなり、デッキ全体を俯瞰で見ると楕円形に近くなっている。
また龍也氏の設計上のこだわりのひとつが、バウからトランサムにかけて緩やかなS字を描くシアーライン形状だ。キャビン付近で僅かに下がるシアーラインは、トランサム付近で軽く跳ね上がってハルのスポーティさを強調している。
デッキのセンターに造りこまれるキャビンの高さは、フロアからルーフのキャンバートップまで1.8m確保しているとのことなので、ヘッドクリアランスは充分。このキャビンルーフの前・後端も曲線となるのに加えて、BF350が載る予定のモーターウエルも半円状となる。
曲線多用の建造に対応するために龍也氏が考え出したのが、ベース材として用いる9mm厚のマリングレード合板にスリットを入れる工法だ。
スリットの深さは板厚に対して2/3程度というから6mmほどになる。それを2~3センチ幅で全面に入れていく。すると堅いマリングレード合板が、ユラユラと波打つように揺れる板になるから面白い。
スリットを内側にして曲げると綺麗な曲面となるが、逆にスリットを外にして曲げてしまうと強度不足で割れてしまうそうだ。このスリット工法はあくまでもベース材のためのものなので、積層するFRPに隠れて見ることはできなくなる。
そういえばホンジュラス・マホガニーの美艇、31フィートのランナバウト”RIGBY”の建造では、ダブルプランキング1層目のチーク材を幅約15cm、長さ約150cm、厚み約1.2cmに製材し、タンブルホーム船型に合わせて大きく曲げる工程があった。特にトランサム付近の曲げ率が大きく、何十本もの細長いチークの部材をどうやって曲げていくのか、難問にしか思えなかった。
これに対して龍也氏は、板厚の半分の6mmのところに入れた鋸(のこ)で板長の半分の75cmほどの所まで切り込み、曲がりやすくなったところでクランプに固定。実にあっさりと解決してしまった。
そしてもう一つのオーナーさんからの要望が、ヘッド(トイレ)をキャビン外に設置して欲しというものだった。設計上、綺麗に収めるためにキャビン前のフォアデッキが選ばれ、入り口もバウ側に別途設けるということになった。上部構造物の建造はこれからだが、どのようなヘッドになるのか楽しみが増えた。
ヨットや大型クルーザーのトイレがヘッドと呼ばれるようになったのは、15世紀半ばごろに世界の海を走り回った帆船のトイレが、船首付近にあったことに由来するという説がある。それを踏まえると30WAのトイレはまさにヘッドだ。
文・写真:大野晴一郎