OCEAN MASTER STORY

世界のプロが選んだHonda

世界で活躍するHonda船外機の
知られざるストーリー

2022.08.04
名匠一族の新たなる挑戦 31

SANO 30FB Offshore Fishing Cruiser
至高の技が造り上げた日本の名艇

佐野造船所のフラッグシップ艇、SANO30FB Offshore Fishing Cruiser

Created a valuable Cruiser 走りと機能、そして美しさへのこだわり

2022年5月28日に進水式を迎えたSANO30FB Offshore Fishing Cruiserの建造が始まったのは2019年だが、その前年には佐野造船所9代目の佐野龍太郎社長と、同社の顧客でSANO23 Offshore Fishing Cruiserなど国内外の7艇のクルーザーを乗り継いでこられた荻原岳彦氏との間で、新造船の打ち合わせが始まった。長年ボートフィッシングを楽しまれてきた萩原氏は、確立したご自身のフィッシングスタイルに、より合わせることのできる船を求められていた。

初代オーナーとして乗り込まれたSANO23 Offshore Fishing Cruiserの走行性能と機能に充分満足されてきた荻原氏だが、もう少し大型でFB(フライブリッジ)仕様のクルーザーの方が現在の自分のスタイルに合うと判断され、佐野社長に相談された。
そして設計図ができあがった2019年、10代目の佐野龍也氏が建造していた”RIGBY” SANO31 RUNABOUTの隣に、船の骨格となる木製のファーストフレームが立ち上がった。

FBからデッキへと続くコーミングラインを決めるために、フレキシブルに曲線が描ける実寸現図用の木製バッテンを1mm単位で動かし、ラインを何度も見直す佐野社長

実は、数々の名艇を建造されてきた佐野社長だが、この30FB Offshore Fishing Cruiserを、お客さんからのオーダーで造る最後のカスタム艇と決めていた。
「(50年以上に及ぶ建造者人生の)集大成として納得のいくものにしたい」と語り、キャメラを向けて取材するわれわれに、こだわることの意味を教えながら建造を続けられた。

SANO30FB Offshore Fishing Cruiserを上から見る。コーミングにはホンジュラス・マホガニーが使われ、アフトデッキとサイドデッキにはチーク材が使用された。

Honda + SANO SHIPYARD こだわりのダブルネーム

船体はSANO23 Offshore Fishing Cruiserにも使われ、耐候性とソフトな乗り心地で評価が高いSANO Offshore Cruiserシリーズの船型を9m×3.2mに伸張し、船殻をマリングレード合板に7層のFRPで仕上げた。
エンジンはHondaのフラッグシップ船外機のBF250Dが二基搭載されているが、外海のうねりの中を突っ走れるパワーと釣り場で生きる低速のトルク、さらに静粛性と優れた環境性能が選ばれた理由だ。
それにHonda+SANO SHIPYARD というダブルネームは恰好が良いと思う。

12mm厚のチーク材が全面に張られたアフトデッキ

アフトデッキは高耐候性デッキコーキング材と、弾性接着シーリング材を組み合わせてコーキングされた12mm厚のチーク材が全面に張られ、ホンジュラス・マホガニーの巨大なスライドドアを持つメインサロンへと続く。
2mに届くヘッドクリアランスを持つメインサロンからギャレー(右舷側)、ヘッドルーム(左舷側)を通ってバウバースに至るまで、キャビン全体がマホガニーの深い赤茶色に包まれている。ワシントン条約により輸入が制限されている希少材のホンジュラス・マホガニーの価値は高く、華がある。

メインサロンのコントロールステーションまわりを見る。ホンジュラス・マホガニーに包まれた豪華で落ち着いた雰囲気を求めた。FB同様、フルノのNavNet TZtouch3 マルチファンクションディスプレイ TZT12F(12.1型)がダッシュボード上に装備された。その真下にオートパイロットがあり、ステアリングを挟んで反対側に、Hondaのマルチファンクションディスプレイを配置

メインとなるコントロールステーションはキャビン右舷側にあり、Honda純正マルチファンクションディスプレイをはじめ、フルノのNavNet TZtouch3 マルチファンクションディスプレイ TZT12F(12.1型)、オートパイロット、マリンVHF無線機などがマホガニー製のコンソールにマウントされた。
FBにも同様の計器類が装備されているが、興味深いのは釣り場に到着後に使われるアフトデッキにあるフィッシング・ステーションだ。計器はオートパイロットとNavNet TZtouch3のリモコンだけにとどめ、キャビン内にある12インチ画面をプロッタと魚探の二画面表示にして利用する。

オーナーズシートはマホガニー製で、オーナーさんの体形に合わせて製作された。

チークデッキから続くホンジュラス・マホガニーのサロンドア。右舷側には釣り場に到着後に使うフィッシング・グステーションが設けられた。ステアリング、エンジンリモコン、スラスターコントローラーを装備。ほかにNavNet TZtouch3用のリモコンにオートパイロットが付く

バウバース。壁面に100Vのコンセントを設置
メインサロン左舷側にコの字型のセティバース。足元にPC用の100Vのコンセントがある。内部は4連のバッテリーのほか、各種計器類のユニットを収納

写真左はメインサロンから一段降りた左舷に造りこまれたヘッドロームで、ヘッドクリアランスも広さもあって使いやすい。写真右はバウバース手前右舷側のギャレーだが舶用冷蔵庫が主役のようだ。

右舷側のシート下には、ドメティック製舶用エアコンが収まる。太いダクトが印象的だ。

Top speed in test run is 36 knots VTECが引き上げる最高速

ベスト・パフォーマンスを求める佐野造船所らしく進水式直前までエンジンセッティングが続けられる中で、プロペラはPitch16も試されたが、最終的には3枚翼のDiameter:15 1/2 Pitch17に決定。試走では1~2ノットの向かい潮、4~5mの向かい風、すべてがアゲインストの中で排水量5トンの艇体は6,000回転近くで36ノットをマーク。クルージングスピードとしては4,200回転付近で24~25ノットが目安となるだろう。一連のエンジンセッティングには千葉浩市氏(エムエスエンジニアリング)が参加し、佐野社長と密な連係を取りながら作業を進められた。

プロペラはベストパフォーマンスが得られる3枚翼(Diameter:15 1/2 Pitch17)に決定。エンジンのセッティングは千葉浩市氏(エムエスエンジニアリング)が行った。エンジンと電装のスペシャリストだ。

エンジンのセッティングに関しては海外メーカーの国際メカニックライセンスも所有し、様々なノウハウを持つ千葉氏だが、同時に電装に関しても国際規格に沿った艤装を施せるスペシャリストで、今回はAmerican Boat&Yacht Council(ABYC)が定める規格に準拠し、カラフルなマリングレードケーブルを使用した。

これが配電パネルの裏側。黄色のケーブルはDCマイナス用、赤色はDCプラスだ。

例えば12V、24VのDCマイナスに関しては黄色、逆にDCプラスは赤色、燃料タンク内のセンダーユニットから燃料計に続くケーブルはピンク色など、使用機器類に応じた配線色を使用。配電パネルを外すと黄色と赤色のケーブルが目に飛び込んでくる(写真参照)。しかも誤結線を防ぐための工夫も見られる。

こだわり艤装のひとつがこのメインコントロールスイッチ。従来のバッテリーに繋がるメインスイッチとは別回路で主電源のオンオフができる。手前から、スラスター、ポートエンジン、ジェネレーター、スターボードエンジン用各スイッチ。このスイッチをオンにしてエンジンキーを回すだけでエンジンスタートが可能。端にはUSB充電ソケットがあり、12.9とあるのは電圧だ。

FBには、Hondaのマルチファンクションディスプレイを中心にNavNet TZtouch3 とオートパイロット、マリンVHF無線機などが装備された。このFBでもホンジュラス・マホガニーが使われている。佐野社長らしいこだわりだ。

上から見るとキャプテンシートとベンチシートのレイアウトがよくわかる。ゲストが快適に座れるだろう。

アフトデッキには清水・海水対応のフィッシング・ギャレーが装備される。チークトップで23 Offshore Fishing Cruiserと同じ仕様。またトランサムにはホームポートの桟橋が右舷付けということで、トランサムゲートが右舷側に用意された。ガンネルをまたがないで乗船できるように、オーナーご自身のためでもあるし、ゲストへの気配りでもある。

Insistence and smile 造り終えれば、そこに笑顔がある

「お互い納得の行く船が出来上がった」と笑顔の荻原岳彦オーナー(右)と佐野龍太郎9代目社長(左)
佐野造船所の伝統にのっとり、進水式でエンジンをお清めする荻原岳彦オーナー

建造中、何度も佐野造船所に足を運ばれていた荻原氏は、
「構想段階から考えると4年の時間がかかった」と笑いながら、「佐野さんがこだわりを持って、時間をかけたいだけかけて(笑)建造してくれたわけです。結果、佐野さんもわたしも納得できる船が出来上がったと思っています。200年以上の歴史を持つ造船所の9代目社長に船を造ってもらえたのは願ってもないことです。でもこれで完成ということではなく、ようやくスタート台に立ったということで、乗り込みながら手を入れるべきところは手を入れ、わたしにとってより使い勝手の良い船にしていくつもりです。ねじ一本でも気にくわないと、すぐに直したくなるような強いこだわりを、佐野さんもわたしも持っていますから(笑)」と語られた。
さらに佐野造船所で船を建造することについて、ユーザーと造り手がものすごく近い距離にいるので、ユーザーにとって大きなメリットがあると強調された。

今後は自分がのんびり楽しむための船を考えたいと言う佐野社長

世界中が揺れた新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)という逆風下での建造を見事乗り切った佐野社長が、桟橋に舫った船を前に語った。
「わたしにとってお客様からの注文を受けて建造する最後のカスタム艇となりましたが、こだわり抜いて造ることができ、納得のいく船ができたと思っています。走りに関しては、計算通りの波切りの良さを見せてくれましたし、VTECの力を借りて排水量5トンの船で、ランナバウトのような加速を実現しました。あらためてHondaのエンジンとのマッチングの良さを感じましたね」
今後は自分がのんびり楽しめる船を建造したいそうだが、同時にシェイクダウン真最中のSANO30FB Offshore Fishing Cruiserのメンテナンスを担当される。
自分が造った船は最後まで責任を持つ。これが江戸時代から受け継がれてきた佐野造船所の伝統であり、職人魂である。
それを知る荻原氏は「(船の状態をチェックするために)必要があればすぐに乗りに来てくれますから」と言って笑顔を見せるが、それこそが「ユーザーと造り手がものすごく近い距離にいる」と言われた理由だ。

2022年8月より、佐野造船所のカスタム艇建造は10代目の佐野龍也氏が担うことになる。

取材協力:(有)佐野造船所(http://www.sano-shipyard.co.jp/index2.htm)
文・写真:大野晴一郎