OCEAN MASTER STORY

世界のプロが選んだHonda

世界で活躍するHonda船外機の
知られざるストーリー

2021.05.31
名匠一族の新たなる挑戦 27

RIGBY OTHER STORIES
(サノ31ランナバウト アザーストーリー)

剛性度を高めるために佐野造船所伝統のダブルプランキングで建造した重量のあるリグビーの艇体は、Honda船外機・BF250 D(電子リモコン仕様)を二基搭載することで、40ノットというトップスピードを得た(大人4人乗船時)。

» もしかしたら、リグビーはフィッシングボートになっていた!
» 6,200回転で高速快適クルーズ!
» BF250Dをフルチルトアップすると指一本。どういうこと?
» 建造開始が一年遅くなっていたら、インパネデザインは変わっていた!
» インパネを飾る極上のアルミ削り出しのスイッチプレートと、なぜかリールのハンドルノブ
ほか。

もしかしたら、リグビーはフィッシングボートになっていた!

リグビーはフィッシングボートになっていた可能性があった。
そう打ち明けたのは建造者の佐野造船所10代目の佐野龍也氏だ。
突然、釣りポイントにホンジュラス・マホガニー製の超豪華なボートが現れようものなら、わたしは帰りに魚屋さんに寄ることにして、自分の釣りをやめて美しい船を眺めていたと思う。

ついでに言うと龍也氏は釣りがうまく、爆釣フィッシャーマンである。
そんな彼がフィッシングボートではなくランナバウト建造に決めたのは、以前書いたが父上である9代目佐野造船所社長の佐野龍太郎氏の影響だ。
龍太郎社長も釣りが好きで、オニカサゴやユメカサゴ、さらには千葉沖で幻級の2キロ越えのアカムツなどの高級魚を淡々と釣り上げてしまうフィッシャーマン。
だから龍太郎社長の顧客に、ベテラン・フィッシャーマンの方が多いというのも合点がいく。現在建造を進める29フィートの新造船もフライブリッジ仕様のバリバリのオフショア・フィッシングクルーザーである(次回、建造風景をご紹介する予定)。

龍也氏がひとりで乗るつもりだったら、迷わずフィッシングボートにしていたと、わたしは確信している。
だが建造には「家族のために」というキーワードがあった。それはかつて龍太郎社長が22フィートのマホガニー製ランナバウトを建造した時の動機と同じだ。
「父が建造したランナバウトは美しいボートで、子ども心に感動した」
そう語った佐野造船所の10代目の龍也氏が、設計図にランナバウトを描いたのは不思議なことではなかった。

最近、龍也氏がまだ幼い11代目を完成したばかりのリグビーに乗せ、深川の桜に包まれた水路でクルージングをしている様子を目撃した。
デッキの上を大きなライフジャケットにくるまれた小さな身体が「ト、ト、ト」と走り回っている姿は、それは、それは可愛らしかった。まだマホガニーの美しさに感動するにはちょっと早いかもと思いながら、花越しに眺めていた。

6,200回転で高速快適クルーズ!

4月1日から行われたバーチャルボートショーのHondaブースで、佐野造船所関連の動画を3本同時公開した。
そのうちの一本がリグビー動画で、その撮影中に龍也氏がはじめて語ったことがある。
それはHonda船外機のことだ。
マホガニーフレームに1層目としてチーク材を貼り、2層目=外板にマホガニー材を使用した31フィートの重量のある船に、250HPのBF250Dを二基掛けしてどのような走りをしてくれるのか、納得できる走りになるのか、不安だったそうだ。

結論からいえば「さすがHonda。ぶっといトルク!」と龍也氏は納得。
巡航の4,000回転でも、トップスピードが得られる6,200回転付近でも快適性、低振動は変わらず、おまけにコックピットに響くVTECサウンドが心地良い。40ノットでステアリングを握る龍也氏は「Jet機のエンジン音のように聞こえる」と語った。
実は龍也氏は根っからのHondaファンで、愛車もVTECエンジン。

BF250Dをフルチルトアップすると指一本。どういうこと?

本当に指一本分しかない。
どういうことかというと、二基搭載したBF250Dのフルチルトアップした時の間隔、というよりも隙間が「指一本分しかない」のだ。写真でみていただくとわかりやすいが、できるだけ詰めてセッティングしたかったそうで、そのために緻密な計算をして搭載位置を割り出していたはずだ。
フルチルトアップして指一本。こだわりが凄すぎる。

二基の心間(芯間)をできるだけ詰めてセッティングしたかったという龍也氏だが、そのためには綿密な計算が必要だったはずだ。あらためてフルチルトアップした状態のエンジンに「指一本」の隙間しかないのを見て「よく、こんな載せかたができた」と嬉しそう。
チルトダウンすると詰めて載せたという印象は薄くなる。右の写真は4,000回転から6,000回転オーバーまで一気に回したときのもの。

美し過ぎるテーブルに缶ジュースが置けない!

マホガニーの鏡面仕上げの芸術的な仕上げのデッキテーブルに、「ものが置けない」と誰かが言った。傷が付けばペーパーをかけて削って幾らでも修正が可能な、実はもっとも実用的なのが木製の家具。だがリグビーのデッキテーブルは美し過ぎた。だれも傷をつけた最初の人になりたくはなかった。
結局、テーブルの上に置かれるドリンクホルダーがマホガニーで作製され、今年の夏には活躍するはずだ。

今年に入り、新たに追加されたのがマホガニー製のデッキテーブル(部分的なアクセントにチークと檜が使われている)。見事な鏡面仕上げ。
しかし...、「傷が心配で缶ジュース、置けない」という声が。対策としてテーブルの上に、後付けのマホガニー製ドリンクホルダーを置くことになった。

コの字型のベンチシートを覆う特注の革製クッションを外すと、マホガニーで組まれたベンチが現れる。トランサム寄りの背もたれ部分にメインスイッチボックス、その真下のベンチ部分にバッテリー収納スペースがある。撮影した2020年9月の段階では、まだテーブルは設置されていなかった。ベンチもクッションもないのも恰好良いと思う。

もし一年建造開始が遅くなっていたら、インパネデザインは変わっていた!

本当は回転メーターなど、クラシックな銀縁メーター類でインパネを飾りたいと思っていた龍也氏だったが、高機能なマルチファンクションメーターにすることを決断した。
その瞬間、頭に描いていたデザインが消え、悩み始めた。
インパネの仮組などを繰り返した末、2019年春にイタリアへ渡り、新旧のイタリアデザイン艇を見て回った。結果、海外でトレンドとなっているシンプルデザインに行きつき、マホガニーという貴重な素材の木目を前面に押し出すことに決めた。それがリグビーのインパネだ。
もし建造開始が一年遅くなっていたら、コロナの影響でイタリアへは行けなくなっていた。そうなるとインパネのデザインはどうなっていたのか、それはそれで興味が湧く。

ところでマホガニーにシルバーがよく合うことはわかっている。
そこで走り出すとスルスルとダッシュボードにせり上がってくるGPSプロッタをステンレスフレームで囲ってみた。綺麗にモニターを飾ったフレームだったが問題が発生。
GPSプロッタ本体の上部に隠れたセンサーを邪魔してデータを拾わなかったのだ。対策としてステンレスフレームの上部の一部を切り取って解決。もしリグビーを見る機会があったら確認してみると面白い。センサー取り付け位置がよくわかる。

龍也氏はリグビーの建造途中にイタリアへ行った。地中海に浮かぶ様々な船を見ることで、自身の船のインパネ周りは極力シンプルなものにし、マホガニーの木目を前面に押し出すデザインを決めた。
考えてみればリグビーの建造スタートが一年遅くなっていたら、コロナの影響でイタリアには行けなかった。絶妙のタイミングだった。

リグビーに搭載されたBF250 DはDBW(電子制御リモコン)仕様。ワンレバーで二基の回転をコントロールできるなど、扱いやすさに注目が集まっている。
指で指しているところは、二基別々のエンジンスタート用のプッシュスタートボタン。右が右エンジン。その左となりが左エンジン用だが、さらにその左となりに独立しているのが二基同時スタートのスイッチ。
その下には、左右別個にエンジンのチルト操作ができるトリム&チルトスイッチがあるが、これは主に走行中に船のバランスを見てトリム調整を行う時に重宝する。リモコンレバーの上部に、二基同時に動くトリム&チルトスイッチがある。エンジンスタート時や、高速走行中の操作に超便利。

インパネを飾る極上のアルミ削り出しスイッチプレートと、なぜかリールのハンドルノブ

「恰好良い!」
文字が刻まれたアルミの削り出しスイッチプレートがインパネに付くのを見た時、思わずそう言ってしまった。斜め三連と二連の二列のスイッチが建造者・龍也氏のこだわりだ。
面白いのはGPSプロッタの昇降スイッチ。Honda純正のマルチファンクションディスプレイの横下についているのだが、どこかでみたことのあるような形状だった。話しを訊いてみると「それ、リールのハンドルノブ」という答え。
建造者の遊び心だ。

Honda純正のマルチファンクションディスプレイは何度となくご紹介してきたが、今回はその右側にあるスイッチに注目いただきたい。これはダッシュボードに収納されているGPSプロッタの昇降スイッチなのだが「さすが」とうなってしまった。このスイッチ、釣りに使うリールのハンドルノブ。釣り好きの龍也氏らしい逸話だが、そのリールは高校時代からの友人、青山剛大(たけひろ)氏が製作したもので、それを譲り受けた。青山剛大氏はリグビーのインパネに付くスイッチプレートをアルミで削り出した凄技の持ち主だった。

アルミ削り出しのスイッチプレートが、青山剛大氏の作品。青山氏は父上の青山宏氏が社長を務められる(株)青山輪工社に所属。同社は試作エンジンなどの主要パーツをアルミなどの金属で削り出す技術集団で、その精度の高い技術は世界中の自動車、バイクメーカーから注目されている。

(株)青山輪工社の前で。左から龍也氏、青山宏社長、青山剛大氏。

マホガニーに組み込まれたアルミ製のネームプレートも青山氏の作品。文字の周りがバックライトで照らされる。ちなみに白い円形のスピーカーと、その上にドリンクホルダー兼スマホ置き、そしてその右側にBluetoothレシーバーが見える。つまり、スマホから音楽をスピーカーに飛ばしてクルージングを楽しむということだ。

佐野造船所が建造するヨットでもランナバウトでも、神業のごとく組み上げる木製のグレーチングが艇体の一部に必ず組み込まれる。龍也氏が手にするのはマホガニーフレームにチークで組まれたグレーチングで、リグビーのキャビン降り口のフロアに組み込まれた。濡れたカッパのしずくはボトムに流れ落ち、ビルジポンプで排出される。

リグビーのスイミングプラットフォームは、マホガニーの枠にチークを組み込んだ仕様になった。

この写真も何度となく掲載してきたサノ24ランナバウトとリグビーのツーショットだが、今回はスイミングプラットフォームを見ていただきたい。24ランナバウトはマホガニーで組まれたグレーチング。一方のリグビーはマホガニーとチークのコンビネーション。

初公開の写真がこちら。船尾航海灯の設置方法には、結構長い時間悩んでいた。
可倒式も考えたそうだが、寝かされたマストを嫌って着脱式に決定。
マストを寝かすことで、せっかくのマホガニーのサイドデッキやアフトデッキが隠れることを嫌った。

上前方から見るとトランサム付近がグッと絞り込まれているのがよくわかる。
さらにBMAXがステアリング付近にあることも見て取れる。

リグビーはBF250Dを二基搭載することにより、納得のいくスピードを得た。
6,200回転付近のトップスピードで心地よくもスポーティなVTECサウンドに包まれるコクピットで、龍也氏は「Jet機のようなエンジン音」と語った。

上からトランサム形状を見ると、サノブランドのランナバウトらしく伝統のタンブルホームであることがよくわかる。

取材協力:(有)佐野造船所(http://www.sano-shipyard.co.jp/index2.htm)
文・写真:大野晴一郎