OCEAN MASTER STORY

世界のプロが選んだHonda

世界で活躍するHonda船外機の
知られざるストーリー

2017.08.28
名匠一族の新たなる挑戦 13

船底1層目が完成。
見えてきた船底形状。

すでに江戸前和船には船側(せんそく)の一部である加敷(カジキ)が取り付けられているが、その加敷の上に付けられるのが上棚。上棚のために用意した杉材を、どのように伐るか確認中の佐野社長。
8月4日に佐野造船所を訪ねた時、江戸前和船の水押(みよし=舳)と加敷(カジキ)との接合部分や、加敷と船ばりとの合わせの箇所に、銅板が張られているところだった。これは、はぎ木された接合部や、打ち込まれた後に残る和釘の頭を隠すためのものだ。
仕上がりの美しさを追求した江戸時代から続く伝統だ。
ところがその銅板のほとんどは、船の完成とともに見えなくなってしまう。
写真でも紹介しているが、加敷と水押の接合部に張られた銅板は、後に張られる板子(いたご=今風に言えばデッキ)によって、完成後はまったく見えなくなってしまう。
「着物の裏地と同じで、見えないところにもこだわって造りこむのが江戸の粋」
これは佐野龍太郎社長の言葉だ。
曲線を描くために、細長い棒状の木「バッテン」を使って墨を入れる。バッテンを押さえているのは、鯨文鎮と呼ばれる錘。
水押(みよし)と加敷の接合部に銅板が華やかに張られた。
船ばりと加敷の合わせ部分にも銅板が張られているのがわかる。
一方で、銅板は和船を華やかに見せる装飾としても使われる。
8月21日には、杉から伐り出された両舷の上棚が、船体の横に並べられていた。
上棚は和釘によって加敷と接合され、船側(せんそく)が完成する。
両鍔のノミによって穿たれた釘穴に、まっすぐな和釘が打ち込まれて接合されるのだが、釘頭を隠すために「見せるための銅板」が張られ、江戸の大店の旦那衆が好んだ華やかさが演出される。
上棚に和釘を打ち込むためには、入れ頭(いれがしら)とよばれる技法が施される。
これは写真で見ていただくとわかりやすい。入れ頭というのは、定間隔でノミによって浅く掘られた、言ってみれば長方形の盆地のような形状を指し、そこに和釘が打ち込まれる。そしてその盆地の底に、銅板が張られるのである。
佐野社長によると杉は軟らかく、そこにキリッと引き締まった細工を施すためには、切れ味の良い道具が必要なのだそうだ。その話をうかがって、思わず刺身を思いうかべてしまった。プロの職人が切れる刺身包丁で切ったお造りは角が鋭い。ところが拙宅の切れない包丁で柵を切っていっても、いわゆる「ヤマ」のない、角の丸い刺身にしかならない。
加敷と船ばりの合わせの部分、さらに下部船ばりと上部船ばりとの接合箇所に、それぞれ銅板が張られていく。
真夏の作業ということで扇風機は必需品。扇風機の前に、くの字形の細長い部材が見えるが、これは「まつら」と呼ばれる補強材。今風に言うところのバルクヘッドである船ばりと船ばりの間に「まつら」を設置し、後に張られる上棚を補強する。
ところで、30尺(約9m)ある上棚を見て気が付いたことがある。船首の水押から船尾の戸立まで届く巨大な上棚が、曲線を描いていることだ。
佐野社長からは、その曲線がS字形状であることを教えられた。
考えてみれば船底材である敷の後端は、跳ね上がった艫敷(トモジキ)だ。そこに加敷や上棚を合わせていくのだから、緻密な計算で曲線を導き出さねば収まるはずがない。
そういえばRIGBYの船側2層目の前後貼りされた外板もまたS字だった。現代版のランナバウト建造の基礎は、江戸前和船の技に通ずると言ってもよい。
上棚が並べられた。向かって左側が右舷、右側が左舷に使われる。写真下が船尾の戸立、上が船首の水押方向となる。ひと目で曲線であることがわかるが、正確にはS字形状となっている。定間隔で掘られているのが、入れ頭(いれがしら)。佐野社長がノミをふるって、丁寧に造りこんでいた。
この入れ頭に両鍔ノミで穴が穿たれ、加敷との接合のための和釘が打ち込まれる。そして掘られた底の四角い部分に「見せるための銅板」が張られる。
佐野社長に加敷と上棚の接合について説明していただいた。手にしているのは、上棚を想定した仮の部材。左手人さし指が指している箇所を入れ頭と仮定し、そこから斜めに加敷に向かって和釘を打ち込むのだそうだ。そのために両鍔ノミで穴を穿つ。指先に見えるペンで書かれた斜めの線が、和釘の角度。
8月21日、江戸前和船の船体の横に上棚が置かれた。
取材協力:(有)佐野造船所(http://www.sano-shipyard.co.jp/index2.htm)
文・写真:大野晴一郎
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