釣った魚は、美味しく食べたい。
そのために昔から行なわれているのが、“魚を締める”という作業です。
何のために、どんな作業をするのか、今回はそのお話をしましょう。
まず、魚を美味しく持ち帰るには、以下の3つが大原則になります。
せっかく釣れた魚も、放置しておくと簡単に味が落ちてしまいます。
魚は暴れたりストレスを感じる状態が長く続くほど、身の中にあるATP(魚のエネルギー源で旨味の元にもなる成分)が消費されます。ATPが減少し“疲れた身”になってしまうと、人間が食べても不味いのです。
また、暴れて体をあちこちにぶつけると、身割れやうっ血も起こり、これらも身の美味しさを損なう要因になります。
そして、魚に限らず、生きものの体の中に残った血は腐敗や臭みの元になります。
大型の魚になるほど、美味しく食べるにはしっかりとした血抜きが必要で、魚の心臓がまだ動いているうちに、太い血管を切って海水に入れる必要があります。完全に死んでしまった(心臓が止まってしまった)魚は血抜きができないため、釣った魚を放置しないというのは、血抜きの点でも重要なのです。
あとは腐敗しないように保冷して持ち帰るというのが大原則ですが、この時、必要以上の冷やしすぎは、美味しく食べるには逆効果な面があるなど、奥が深い要素も含んでいます。
現在、釣り人の間で行なわれている魚の締め方は、主に「氷締め」「活け締め」「神経締め」の3つです。
「氷締め」は最もシンプルな締め方です。釣れた魚を冷たい潮氷(海水に氷を入れたもの。海水氷ともいう)に入れて凍死させ、そのまま腐敗も抑えて持ち帰るという方法です。堤防釣りでイワシなどの小魚がたくさん釣れた時などはこの方法が一番。他の魚でも活け締めする余裕がない時は、ひとまず氷締めにすれば最低限の鮮度は保たれます。
「活け締め」は、刃物を使ってしっかり即死させ、血抜きもする魚の締め方全般を言います。魚により、作業の手順が多少違ったりしますが、基本的なノウハウは以前当コーナーで紹介した「釣った魚の保存方法|鮮度を保つために実践したい用意と工夫」を参考にしてください。締めたあとは身に直接氷を当てないようにするのも大切なポイントになります。
氷締めと活け締め。ひとまずはこのどちらか(特に活け締め)をしっかり行なえば、多くの魚は美味しく食べられます。
最近注目を集めている第三の魚の締め方が「神経締め」です。神経締めも、生きた状態の魚をしっかり処理して美味しく持ち帰る方法なので、大きくは活け締めの一種なのですが、違いは即死させ、しっかり血抜きする作業に加えて、「ワイヤー状の専用器具を使い、魚の中骨上部に沿って走っている神経束(脊髄)を破壊する」という特徴的な作業をすることにあります。神経締めをするための道具は、自作する人もいますが、最近は釣具店でも売っています。
なぜ神経締めをするのかというと、直接的には脊髄まで壊すことで、前述のATPの減少を防ぐとともに、死後硬直が始まる時間を先延ばしできるからです。
魚の死後硬直は必ず起きるものであり、それ自体は悪いことではありません。ATPが分解されて旨味成分に変わる、いわゆる熟成は死後硬直のあとに始まります。いわゆる“寝かせて旨味を出す”という状態です。
神経締めした魚は、従来の方法で締めた魚に比べて鮮度が長続きします。目安として、血抜きしただけの魚は4~10時間すると死後硬直が始まりますが、神経締めした魚は24時間くらい死後硬直が始まりません。その理由は、脊髄には脳が死んだあともATPを独自に消費する性質があるのですが、脊髄が働かなければATPも消費されないため、「魚の身が元気な状態」がより長く続くためだといわれています。結果として、神経締めした魚は、死後硬直が始まる前(=熟成による旨味成分の増加は起こっていない状態)に食べても美味しく感じられます。ただ、死後硬直には急激に冷やすことによる筋肉の収縮でも促進される性質があります。そのため、神経締めした魚でも、たとえば持ち帰る時に氷でキンキンに冷やしてしまうと、その効果は消されてしまいます。
実は釣り人の間でも、“魚の身が一番美味しいのはどの状態か?”については、今なお百家争鳴です。たとえば「神経締めして、冷やしすぎずに持ち帰り、死後硬直が始まる前のその日のうちに食べるマダイの刺し身が身の弾力も旨味もあって一番!」という人もいれば、「なるべく長い時間熟成させ、旨味が最大になったところで食べるメジナの味が最高!」という人もいます。もちろん、大きな魚を神経締めすれば、タイミングよく食べることでその両方を味わうことも理論上はできますが、旨味重視の人、歯応え重視の人、味覚は十人十色なので“正解”はないのです。
とはいえ、魚になるべくストレスを与えず、きちんと締めた魚が美味しいことは間違いありません。今なお探求が続く「美味しい魚を食べたい!」という釣り人の欲求。締め方へのこだわりは、その奥深い世界への入り口なのです。