MENU

HONDA

検索
Honda Face Top > CASE36:(株)本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンター EPISODE-1

Face (株)本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンター Face Top Face Top

Hondaの小型ジェット機用新世代ターボファンエンジン「HF120」

Hondaの小型ジェット機用新世代ターボファンエンジン「HF120」

HondaJet認定試験用初号機(シルバー)と3号機(赤)

HondaJet認定試験用初号機(シルバー)と3号機(赤)

航空機エンジンの型式認定を取得。夢の実現に向けたカウントダウンが始まりました。

 2013年12月、Hondaが長年開発を進めてきた小型ジェット機用ターボファンエンジン「HF120」が、米国連邦航空局(FAA)による型式認定を取得しました。これは航空機エンジンの安全性を米国の公的機関が認定するもので、民間航空機用エンジンの開発における大きな関門の一つです。この関門を通過したことで「HF120」の開発は一段落し、今後は市販に向けた量産体制の構築が進められることになります。
 一方、この「HF120」を搭載することが決まっている「HondaJet(ホンダジェット)」も、同時期に機体としての型式検査承認を取得しました。この後、最終的な認定試験飛行を経て、2015年にはお客様へのデリバリーが開始される予定です。
 航空機産業において、エンジンはエンジン専門のメーカーが、機体は機体専門のメーカーがそれぞれ開発するのが一般的です。機体メーカーは自社の機体に最適なエンジンをチョイスし、エンジンメーカーからその供給を受けて1機の航空機ができあがります。
 しかしHondaは、1社でエンジン開発と機体開発の両方を手掛ける、航空業界では極めて珍しい存在です。つまり、1社の中に「機体メーカー」と「エンジンメーカー」の2部門を持っている航空機メーカー。よって、HondaJetという小型ビジネスジェット機を製造、販売するだけでなく、自社開発した航空機エンジンを他の機体メーカーに販売する「航空機エンジンビジネス」も展開していく構想を描いているのです。

Hondaの航空事業

(株)本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンター 野田悦生 上席研究員/企画室室長

(株)本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンター
野田悦生 上席研究員/企画室室長

創業者本田宗一郎の宣言から50年、Hondaは「空への夢」を追い続けました。

 「いつかは空へ羽ばたきたい」
 航空事業への参入は、Hondaにとって創業時からの夢でした。1962年、まだ四輪車を手掛ける前のオートバイメーカーだった頃、創業者本田宗一郎は早くも航空機産業への参入を宣言しています。自身が追求する「自由にどこへでも行ける」パーソナルモビリティーとして、飛行機はまさに理想の乗り物。「誰もが手に入れることができる飛行機」を理想に掲げ、その夢を忘れずに想い続けるために、「いつかは空へ」を、当時、宣言したのです。
 とは言え、夢の実現に向けた動きが具体化するには、それから20年以上の時間を要しました。ようやく「空」への動きを具体化したのは1986年のこと。「基礎技術研究センター」を設立し、航空機の研究開発に着手したのです。
 目指したのは、空を自由に移動できる究極のモビリティー、小型ビジネスジェット機の開発でした。より速く快適で経済的で、環境的にもすぐれたHondaらしい理想の小型ジェット機を追求するためには、すべてをゼロから作り上げる必要がありました。そのためにHondaは、業界の常識から見れば異例とも言える、機体、エンジン両方の自社開発という道を選択しました。
 航空機の世界では、機体とエンジンはそれぞれ別の専門メーカーが開発を行うのが一般的であるにも関わらず、機体・エンジン共に自社開発するという困難な道を選択したのはなぜなのか。当時から開発チームに参加し、後の航空機エンジンR&DセンターでHF120エンジンのLPL(ラージプロジェクトリーダー:開発責任者)となった野田悦生上席研究員はこう語ります。
 「これまでに無いまったく新しい飛行機を思い通りに創るには、全て自社で開発するしかない。それに、『全ての技術を自分の手の中に』というのがHondaの基本理念です。航空機の基幹技術を全て自社の中で創りあげたい。そんな技術者の想いとか欲求が根底にあったんだと思いますよ」