第三話まだ見ぬ一体感をめざして
Photo: プレリュード/ムーンリットホワイト・パール
自動車専門誌掲載広告の再掲載です。
「どうすれば、よりスポーティーなハイブリッド制御を開発できるだろうか?」
四輪開発本部でパワーユニットの性能開発に関わる前田定治は、自分自身にそう問いかけていた。
エンジン音の高まりと加速感の間に生じるわずかなズレ。一般的にラバーバンドフィール*と呼ばれるこの現象を克服するため、Hondaは有段トランスミッションのエッセンスをハイブリッドシステムの制御に組み込んだリニアシフトコントロールを開発し、ドライバーの感覚と物理的な加速度を精密に一致させていった。
それは「技術は人のため」というHondaの理念に基づくものでもあり、開発に関わった前田自身もその完成度に深く満足していた。
一方で、Honda社内でかねてより進められていた「車両のダイナミックパフォーマンスの包括的な研究」に取り組むチームは、加速時だけでなく減速時にも有段トランスミッションに似た制御を取り入れることで、クルマとの一体感がさらに高められることを突き止めていた。そういった開発テーマに関するヒントについては前田自身も承知していたが、単にダウンシフト制御を取り入れるだけで本当にスポーティーなハイブリッド制御を実現できるのだろうか。そんな疑問を抱いていたという。
自問自答を繰り返すなかで、前田は長く親しんできたバスケットボールとドライビングの相関性に気づく。
「バスケットボールのドリブルを練習していると、自然と夢中になれるんです。それって、自分が理想とするプレーに身体の動きを近づけていこうとするなかで生まれるものですが、ここで大切な役割を果たしていたのが視覚、聴覚、触覚などの五感。これらを通じて知覚される身体の動きと理想のプレーがシンクロしたときに、深い喜びが得られることに気づきました」
まったく同じことはドライビングについてもいえた。五感を通じ、現実のクルマの動きが理想の走りに近づいていると実感できれば、ドライバーはクルマとの強烈な一体感を味わえる。そして、そこに介在する五感の重要性に思い至ったとき、リニアシフトコントロールのように自然で心地よいだけでなく、「もっと積極的にドライバーの感性に訴えかけるハイブリッド制御」を開発したいという強い思いが芽生えたのである。

Photo:プレリュード/ムーンリットホワイト・パール
加速側と減速側の両方に有段トランスミッションに似た制御を取り入れる際、理想の姿としたのがバスケットボールのドリブルで感じるような“シンクロ感”だった。そして開発の過程で「いまこの瞬間に変速して欲しいというタイミングで自動変速させると、驚くほど気持ちよく感じられる」ことを前田らは発見する。
つまり、ドライバーの脳とパワートレーンが直結しているかのような自動変速を行えば、クルマと人がより深く一体となり、まさに“シンクロしている感覚=シンクロ感”を提供できるということだ。この感覚は、一体感に優れているマニュアルトランスミッションでも味わえない、ハイブリッドの自動変速ならではの、これまでにない走りの喜びだった。
また、パドルを用いたマニュアルのシフトダウン時には、現実の有段トランスミッションでは弾かれてしまう高い速度域からの操作も敢えて受け入れ、瞬間的にレブリミッターに当たる制御を組み込んだ。これもまた、ドライバーの意思をクルマが幅広く受け入れることで、クルマとの“シンクロ感”を高めるためといえる。
ところで、ハイブリッドシステムのシフトダウン制御には、ドライバーとの一体感を強める役割だけでなく、動力性能を向上させるという本質的な価値も備わっていた。
減速時にシフトダウン制御を行えば、それだけエンジン回転数を高く保つことができ、より大きな発電量を確保できる。この電力を再加速時に活用すれば、コーナーからの素早い脱出が可能になる。つまり、ハイブリッドシステムのシフトダウン制御は感性領域に働きかけると同時に、物理的なパフォーマンスの改善にも役立つのだ。
発電機の動力源となるエンジンには、シビックe:HEVとともにデビューした新世代の2.0リッター直噴エンジンを採用。従来の間接噴射式よりも高効率領域が格段に広い特性を生かすことにより、エンジン回転数を柔軟に制御しても効率がほとんど低下しない優れた燃費性能も実現した。
こうしてHondaの「五感に訴えかけるハイブリッド次世代技術」、Honda S+ Shiftの原型はできあがった。しかし、技術者たちはこれに満足することなく、ドライバーの聴覚を刺激するサウンドの研究にとりかかったのである。*エンジン回転数とともにエンジン音が先に上がり、車速が後から追いついてくる現象



