第二話技術は人のために
Photo: プレリュード/ムーンリットホワイト・パール
自動車専門誌掲載広告の再掲載です。
「ここまでやるとは思わなかった」
ハイブリッド開発で先行する自動車メーカーのエンジニアにそう言わしめたSPORT HYBRID i-MMD。パワフルな2モーター構成で圧倒的な熱効率と動力性能を実現しただけでなく、モーター駆動による滑らかなEV走行も可能にしたHonda渾身のハイブリッドシステムは、2013年発売の9代目アコードに搭載されてデビューするやいなや、世界各国から賞賛の声が届けられた。
しかし、高負荷時にはエンジン音の高まりと加速感が一致しないこともあり、これをi-MMDの弱点として指摘する向きもあった。ハイブリッドでしばしば話題になるラバーバンドフィール*と呼ばれる現象である。
ラバーバンドフィール自体はクルマの燃費や動力性能の妨げとなるものではない。しかし、人間の感覚と走りがマッチしていなければ、Hondaが掲げる「技術は人のために」という理念に反する。技術者たちは、i-MMDの改良に着手した。
エンジン音の高まりと加速感の関係を研究するなかで、様々な発見があった。
初期のi-MMDはモーターの鋭いレスポンスを最大限活用するため、発進時にはまずモーターの駆動力で走り出してからエンジンを始動して電力を追加していく制御を行っていた。しかし、これだと必然的にエンジン音と加速感の乖離が大きくなってしまう。
そこで技術者たちは、発進直後からエンジンによる発電を積極的に活かし、加速に応じてエンジン回転数をリニアに上昇させるプログラムを作成して試作車に組み込んだところ、エンジニアが想定していた以上に、ドライバーは強い加速度を感じることが判明。エンジン音の高まりといういわば主観的要素を、加速度という物理量の変化とマッチさせることが、人間の感性にプラスの影響を及ぼすことを突き止めたのである。
この発想から誕生したのがリニアシフトコントロールだった。リニアシフトコントロールは、ハイブリッドシステムの制御に有段トランスミッションのエッセンスを組み込むことで、加速中はエンジン回転数が高まっては下がり、高まっては下がることを繰り返すもの。似たような技術は他社からも製品化されているが、Hondaのリニアシフトコントロールが独創的だったのは、加速度をエンジン音の高まりという聴覚の情報としてドライバーにもたらそうとした点にあった。

Photo:プレリュード/ムーンリットホワイト・パール
ドライバーをサポートするためにエンジン音を伝えるのであれば、ギミックは許されない。技術者たちは現実の有段ギアボックスを再現するかのような緻密なソフトウェアをハイブリッドシステムに組み込み、速度の高まりをエンジン回転数の変化によって忠実に表現してみせたのである。
こうして完成したリニアシフトコントロールは2020年モデルのフィット e:HEVに初採用。2023年モデルのシビック e:HEVにも搭載され、クルマとの一体感を改善する技術として高い評価を得ることになった。
いっぽう、Hondaではリニアシフトコントロールの誕生よりも早く、車両のダイナミックパフォーマンスを包括的に研究する取り組みが始まっていた。
このプロジェクトは、操安性に関わる部門だけでなく、シャシーやボディー、さらにはパワートレーンの担当者まで巻き込んだものだったが、ここで様々なクルマへの試乗を通じ、彼らは加速時だけでなく減速時にもエンジン音とのシンクロを図ることが一体感や官能性の向上に役立つことに気づく。
ダイナミックパフォーマンスのプロジェクトを推進する立場にある四輪開発本部 完成車開発統括部の森 達也が当時を振り返る。
「2代目NSXを含むいろいろなクルマに試乗したり、プロトタイプの試作車をつくって走らせることで、減速時のシフトダウンによってクルマとつながっている感覚がより強まることにあらためて気づきました。操舵もステアリングを切り込む方向だけでなく、ステアリングを戻す方向のリニアリティーを高めると一体感が格段に高まる。それと同じことをハイブリッドシステムの制御でも行おうとしたのです」
これこそHonda S+ Shiftの核となる発想だった。
ただし、リニアシフトコントロールと同じように、シフトダウン制御もドライバーに情報を伝達するための重要な“ツール”と位置付けるのであれば、リアリティーとリニアリティーには徹底的にこだわる必要がある。さらには、シフトダウン制御が動力性能の向上に役立つことも判明。深く掘り下げれば掘り下げるほど、Honda S+ Shiftの可能性は無限に広がっていったのである。
技術者たちの長い挑戦の日々が、いま始まろうとしていた。*エンジン回転数とともにエンジン音が先に上がり、車速が後から追いついてくる現象

