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Daijiro Kato
 
 
加藤大治郎選手の逝去について
(2003年4月20日 12:00)
加藤大治郎選手
 
RC211Vを駆る加藤選手

2003年4月6日、MotoGP世界選手権シリーズ第一戦 日本GP決勝レース3周目にシケイン手前左側防護体に衝突し、意識不明の重体のまま、2週間にわたり治療を続けて参りました加藤大治郎選手は、2003年4月20日午前0時42分、脳幹梗塞のため、26歳の若さで亡くなられました。

たくさんのファンのみなさまとともに、加藤大治郎選手の一日も早い回復を祈って参りましたが、誠に残念なことに、帰らぬ人となりました。加藤大治郎選手のご冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、ファンのみなさまのご声援に感謝申し上げます。

「日本を代表する世界のトップライダーのひとりである加藤選手の訃報に接し、深い悲しみでいっぱいです。世界選手権250ccクラスチャンピオン獲得や、MotoGP世界ランキング7位という輝かしい功績でファンに夢を与えてくれた加藤選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。」
(本田技研工業(株)取締役、(株)ホンダレーシング社長 金澤 賢)



ファンの皆様

皆様すでにご存知のように、加藤大治郎選手は、2003年4月20日午前0時42分に入院先の三重県立総合医療センターで亡くなられました。

2003年4月6日に鈴鹿サーキットで行われたMotoGP開幕戦日本GP決勝レースで、加藤選手は、3周目にシケイン手前左側防護体に衝突し、意識不明のまま同医療センターに運ばれました。事故直後の診断では、脳と頚椎部への重度の損傷が診断されました。その後、加藤選手は一時回復の兆しも見受けられましたが、4月20日未明、脳幹梗塞のため他界されました。

その間、加藤選手の一刻も早い回復を願うメッセージが当サイトや他のサイトに世界中から寄せられました。詳しい症状等に関してのお問い合わせもありましたが、Hondaとしてはご家族の気持ちに配慮して、報道を差し控えさせていただきました。ファンの皆様や関係者・Hondaの願い、それはみな同じでした。

生前、「夢は日本人初のMotoGPチャンピオン獲得、今年はとりあえず一勝することが目標です」と語っていた加藤大治郎選手。加藤選手はその夢をかなえることなく、26歳という若さで逝ってしまいました。無念の思い、そして、喪失感は、世界中のファンの皆様、そして関係者にとって共通のものです。

事故の原因に関しては、4月20日現在まだ究明されておりません。しかし、Hondaとしては、今後も調査を続け、事故原因究明に全力をあげて参ります。

加藤大治郎選手のご葬儀は、4月21日(通夜18:00〜19:00)、4月22日(告別式13:00〜14:00)に、東京都台東区上野の寛永寺輪王殿で執り行われます。また、ファンの皆様のために、5月中旬にHonda青山ビルにおいて「加藤大治郎選手 お別れの会」を開催する予定です。お別れの会に関する詳細につきましては、追って本サイトでご連絡申し上げます。

加藤大治郎選手が与えてくれた数多くの夢と感動。世界中のファンは、そしてHondaは決して忘れません。

今、Hondaは皆様と共に加藤選手のご冥福を心よりお祈りいたします。

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